第46話
朝、いつものようにギルド会館に顔を出す。
リゼを見つけるなり、アイリとレベッカが駆け寄ってきた。
「リゼちゃん、大丈夫だった!」
「変なことされなかった!」
「えっ!」
アイリとレベッカの勢いに、リゼは面食らう。
二人はどうして、自分の心配をしてくれているのかが分からなかった。
それはアイリとレベッカだけでなく、近くにいた冒険者も同じように心配そうな目でリゼを見ていた。
「あ、あの、どうしたのですか?」
リゼはアイリとレベッカを交互に見て、自分を心配してくれる理由を尋ねた。
「昨日の夜に、リゼちゃんとシトルさんが街で話をしていて、話の途中にリゼちゃんが泣きながら走って逃げたと、見ていた人たちから聞いたのよ」
「そうそう、本当に変なことされなかった。シトルさんが酔っ払っていたとも聞いたから。もし、変なことをされたなら黙っていないで正直に教えてくれる」
大きくは間違っていないが……。
アイリとレベッカの熱量は、女性の敵への感情だということにリゼは分かっていない。
リゼは昨夜のことを、正直に話す。
しかし、決してシトルをフォローするようなことは無かった。
「そう、良かった」
「安心したわ」
話を聞いたアイリとレベッカは安堵の表情を浮かべる。
同時にシトルへの嫌悪感が増す。
「私たちからも、シトルさんには注意しておくからね」
「はい、ありがとうございます」
リゼは二人に礼を言うと、スライム討伐のクエストを受注して、オーリスの街から出立した。
リゼと入れ違うように、元気のないシトルが顔を見せる。
人の噂とは怖いもので、尾ひれがつきシトルがリゼを買おうと交渉していたとか、弱みを握って脅していたとか、冒険者や町の人たちの話題になっていた。
シトルも弁明をしていたが、日頃の態度のせいか信じて貰えなかった。
冒険者いや、人間としての信用もガタ落ちになり、困り果てたシトルはレベッカに、リゼに自分の誤解を解いてもらえないかと相談する。
「それは指名クエストですか?」
レベッカは相談に対して、笑顔で返す。
「指名クエスト?」
「はい、冒険者に依頼をするのであればクエストですよね。しかも相手を指定するということは、指名クエストになります。そうですね、リゼさんはランクCですので、指名クエストの相場は……一日当たり銀貨五枚と銅貨五枚ほどになりますね」
「銀貨五枚以上だって!」
シトルは驚く。
銀貨五枚と言えば、少ない時の一日の収入とほぼ同じだ。
受付嬢であるレベッカが言うからには、それなりに正しい相場なのだろうと、シトルはレベッカを疑っていなかった。
しかし、レベッカの言葉は半分嘘だった。
ランクCの冒険者に指名クエスト等、皆無に等しい。
だからこそ、相場などない。
ランクCでの一番収入のいいクエストは「スライム討伐」になる。
そのクエスト報酬銀貨三枚に指名料を足したものが、レベッカの提示した報酬だ。
当然、ギルドの手数料も入るので、リゼの手元には銀貨五枚になる。
シトルが受付にいるレベッカに相談したのだから、レベッカとしては受付の仕事をしただけだ。
普段から、セクハラまがいのことをしているシトルなので、レベッカの私情が入っているのは、間違いないだろう。
シトルは頭を掻きながら考える。
銀貨六枚の支出は、とても痛い。
しかし、自分の評価が下がったまま、いや下がり続けることを考えると今、手を打っておかないと取り返しのつかないことになるかも知れないと、葛藤していた。
「どうしますか?」
悩むシトルを急かすように、レベッカは優しく話す。
「何日あれば、俺の疑いは解けると思う?」
「そうですね……そもそも、達成条件をどのように設定するかによって変わります」
「というと?」
「シトルさんの達成条件と、リゼちゃ……リゼさんの達成条件が異ることも考えられます」
「確かに、そうだな」
「とりあえずは、日数を決めてみたら如何ですか?」
「でも、リゼが適当にしていても、報酬は発生するんだろう?」
「そうですね。しかし、指名クエストの場合、そういった冒険者の適正も含めた上で発注するクエストになります」
「そりゃ、そうだが……」
指名クエスト等、冒険者になって一度も受注した事の無いシトルだが、それくらいの知識は持っていた。
「私の主観ですが四日でどうですか?」
「その根拠は?」
「街に不在していたり、リゼさんがシトルさんの誤解を解く活動などをした場合、街の人たちの多くに届くのには、それくらいの期間が必要だと思っただけです。最終判断はシトルさんになりますので、別に一日でも構いませんが、シトルさんの思うような効果は出ないかも知れませんね」
「四日か……」
シトルは呟き、考える。
四日だと、銀貨二十二枚だ。
(明日から暫くは禁酒だな……)
シトルは思った事を考えずに口に出す事で、トラブルになったことも今迄は何回もある。
その度に、陰口などを叩かれていたが、「勝手に言っていろ」と思っていた。
しかし、今回は今迄とは状況が異なる。
暴漢に襲われて大怪我を負い、なんとか体を動かせるようになったリゼを街の人々は「可愛そうに」と憐れんだり、「良かった」と見守ったりしていた。
そこへリゼに絡み、泣いて逃げたという噂が広まったことで、シトルは住み慣れたオーリスの街で肩身の狭い思いをしていた。
当時、酔っていたので記憶も曖昧の為、リゼとどのような会話をしたかも、あまり覚えていない。
だからこそ、反論も何も出来ない。
「明日から三日間で頼めるかな?」
「ん~、難しいですね」
「えっ、どうして!」
「先程、スライム討伐のクエストに出たので、早ければ明日の午後以降、遅ければ三日後になります」
「なんてこった!」
シトルは自分の不運を呪う。
遅ければ遅いほど、悪い噂が広まってしまう。
しかし、この街にいないリゼには頼めない。
リゼが少しでも早く戻ってきてくれることを願うしかない。
シトルは、大きなため息をついて、力のない言葉で一言だけ話した。
「リゼの戻り次第で頼むよ」
「はい、承知致しました」
レベッカは対照的に大きな声で言葉を返す。
勿論、営業的な笑顔も忘れない。
「では、契約書を作りますので、暫くお待ちください」
「分かった」
「因みに、リゼさんが銀貨十六枚と銅貨五枚でも、クエストを受注しない場合はどうされますか?」
「えっ!」
レベッカの質問は受注しない場合、クエストそのものを破棄するか、報酬を上げてでも発注するかだった。
危険を伴う指名クエストの場合、割に合わない報酬であれば断ることも可能だ。
報酬を上げられるから、最初から低い報酬にしておくと、冒険者から不評を買ってしまう為、ギルドがある程度の適正報酬を設定している。
「指名クエストって、そんな仕組みなのか!」
冒険者がクエストを発注することは珍しい。
基本的に受注する立場だからだ。
シトルが詳しい仕組みを知らないのも当然だった。
「これ以上は……」
いくら、背に腹は代えられないとはいえ、これ以上の支出は厳しい。
「じゃあ、一日銅貨五枚追加で頼む」
「はい、三日で上限銀貨十八枚と、銅貨二枚ですね」
「えっ!」
シトルは驚く。単純に銀貨十七枚と、銅貨五枚だと思ったからだ。
「ギルド手数料が一割加算されます」
「手数料か……」
項垂れるシトルを無視して、レベッカは慣れた手つきで手元の用紙に必要事項を記入すると、別の受付嬢に書類を渡した。
ギルマスの承認印が必要になるからだ。
受付嬢が戻って来たが、ギルマスは来客中だと伝えた。
「問題無ければ、本日中に承認はおりますので明日以降の発注は可能だと思います。念のため明日、もう一度受付に来てもらえますか?」
「あぁ、どうせ此処には毎日来ているからな」
「その時に、報酬をお持ち下さい」
レベッカは笑顔で、寂しそうなシトルの後姿を見送った。
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