第44話

 リゼは苦戦していた。

 相手はスライムだ。

 上手く魔核に攻撃を当てる事が出来ない。


「……どうして」


 スライムの生息地域まで移動する間も、スライムへの攻撃をシミュレーションしていた。

 最弱な魔物といわれているスライム。

 リゼも簡単に倒せるだろうと思っていた。


 動く相手に攻撃を当てるのが、これほど難しいとは思わなかった。

 スライムも体液を飛ばしたり、体を伸縮させて攻撃をしてくる。

 リゼも、事前にスライムの攻撃は知っていたので、避けることは出来る。

 攻撃を避けてからの攻撃。

 これがリゼには出来なかった。

 避けて距離を取ると、攻撃が出来る距離ではない。

 攻撃できる距離までつめて、攻撃を仕掛けるが避けられて、同じように攻撃が届く距離ではない。

 何度も同じことの繰り返しだった。

 

 リゼは考えた。

 スピードは自分の方が上だ。それなのに、距離を詰め切れないのは、余分な動きがあるのだろう。

 よく考えれば、他の冒険者の戦い方を見た事が無い。

 リゼは自分の知識から、戦い方を思い出す。


(そうだ、円を描くような足運び!)


 孤児部屋で読んだ『冒険者初級職業別解説本(盗賊編)』の内容を思い出す。


(よしっ!)


 リゼは冷静になり、スライムに攻撃を仕掛ける。

 スライムに向かい走ると、スライムは体液を吐き出して反撃する。

 リゼは最小限の動きで、攻撃を避けてスピードを緩めることなくスライムに向かっていく。

 そして、魔核に小太刀を突き出す。

 魔核に小太刀が触れた瞬間に、原形を保てなくなったスライムは、水のように地面に広がった。

 スライムのように弱い魔物は、魔核に触れただけで絶命する。

 必要以上の力を加えると、魔核が破壊される。

 リゼの今の攻撃は、偶然とはいえ理想に近い力加減だった。


(やった!)


 リゼは魔物初討伐に喜んでいた。

 冒険者になったのだと、実感をしていた。

 そして、これから何匹もの魔物を討伐する事になることを思い描きながら、記念すべき一体目の魔物の魔核を拾った。

 リゼは手の中の魔核を見ながら、笑顔になっていた。

 

(あと、二匹!)


 リゼは周囲を見渡すと何匹もスライムが居る。

 仲間が攻撃を受けていると、距離を取るだけで助けようとする行動を起こさないので、協調性は無いのだと感じた。

 本にも、団体で行動はするが、基本的には単独行動を好むと書かれていたことを思い出す。


 要領を掴んだリゼは、簡単に二匹倒した。

 しかし、リゼは物足りなかった。

 もう少し、手ごたえのある魔物と戦いたいと思ってしまったのだ。

 そのリゼの気持ちを知っていたかのように、一匹の色が異なるスライムがリゼの視線にはいる。


(あれは、ポイズンスライムだ!)


 ポイズンスライムが現れた。

 そして、脳裏にアイリの言葉が過ぎった。

 しかし、リゼは「倒せる!」と根拠の無い自信で、ポイズンスライム討伐に挑んだ。

 ポイズンスライムも攻撃は、スライム同様に体液を飛ばすだけだった。

 当たれば毒に犯される可能性もあるので、スライムの時よりも避ける事に集中した。

 それでも、リゼのスピードの方がポイズンスライムよりも上回っているので、簡単にポイズンスライムの攻撃をくらうことはなかった。

 リゼが「倒せる!」と思い、攻撃を仕掛ける。

 ポイズンスライムは、体の一部を槍のように変化させてリゼに攻撃をする。

 不意を突かれた、なんとか攻撃を回避する。

 スライムも同じように体を変化させて攻撃をしてきた。

 上位個体であるポイズンスライムが、スライムの攻撃をしなかったのはリゼを油断させるためだったのだ。

 ポイズンスライムの攻撃で、リゼは今迄以上に緊張していた。

 スライムとは違い、攻撃を受ければ毒に侵される危険があるからだ。

 ポイズンスライムの攻撃を受ければ、必ず毒に侵されるわけではない。

 しかし、毒という存在にリゼは恐怖していた。


(考えろ!)


 リゼはポイズンスライムと対峙しながら、何をしたらよいかを考えていた。

 ポイズンスライムもリゼを警戒してか、動こうとせずに、その場に留まっている。

 膠着状態が暫く続いていたが突然、ポイズンスライムが何もない草むらに体を伸縮させた。

 リゼは警戒したまま、その様子を見る。

 ポイズンスライムの体の中に、野ネズミの姿を発見する。

 どうやら、野ネズミを敵と判断して攻撃をしたようだ。


(そういえば……)


 リゼは『魔物図鑑(前編)』でスライムについて書かれていたことを思い出す。

 スライムは視覚が無い為、聴覚に似た器官で動物などを捕獲して食す。

 つまり、音を立てなければ攻撃をされないし、わざと音を立てれば注意がそちらに向くという事だ。

 しかし、音を立てずに攻撃をするなど、今のリゼには不可能に近い。

 リゼは一旦、ポイズンスライムから距離を取る。

 ポイズンスライムも追ってはこなかった。

 リゼは一旦、小太刀を仕舞うと、しゃがんで足元から小石を幾つか拾う。

 両手に小石を握りしめて、ポイズンスライムとの距離を縮める。

 そして、右手に握っていた小石をポイズンスライムの上空に投げると同時に、小太刀を握った。

 小石が地面を叩く音にポイズンスライムは反応していた。

 リゼは左手に持っていた小石をポイズンスライムに向かって軽く投げる。

 利き手では無い為、全力で投げることが出来ないからだ。

 ポイズンスライムは地面の小石と、投げられた小石全てに反応していた。

 リゼは、少しだけ横に移動してポイズンスライムに攻撃を仕掛けるが、リゼの攻撃が一番大きな音なのか、ポイズンスライムはリゼの攻撃を最優先にして、リゼに反撃する。


「……駄目か」


 リゼは、上手くいくと思っていた攻撃を回避された事に落胆する。

 たかがスライム。されどスライム。

 ポイズンスライム一匹も、まともに討伐出来ない自分の不甲斐なさが情けなかった。


(長い棒であれば、魔核を攻撃できるのに……そうだ!)


 リゼは名案を思い付いたかのように、ポイズンスライムを警戒しながら周りを見渡す。


(あった、あれだ!)


 リゼはポイズンスライムから逃げるように走り出した。

 そして、地面に落ちていた二メートル程の木の枝を手に取り、振り返る。

 ポイズンスライムは、リゼを追ってこなかった。

 多分、リゼが行動する音が聞こえる範囲外になったことで、警戒対象から外れたのだろう。

 リゼは木の枝を前に突き出しながら、ポイズンスライムへ進む。

 ポイズンスライムと一定の距離になったところで、ポイズンスライムが攻撃態勢になったのか、体をもの凄い勢いで動かす。

 リゼは先程のポイズンスライムとの距離を思い出しながら、少しずつ距離を詰める。

 そして……ポイズンスライムが体液を飛ばしてきたので、リゼは避けながら更に距離を詰めて、持っていた木の枝をポイズンスライムの魔核に向けて突き出した。

 ポイズンスライムも同時に、体を変化させてリゼに反撃する。


 結果は、ポイズンスライムを討伐する事は出来ずにリゼは、毒に侵された。

 討伐出来なかった理由は、木の枝は微妙に曲がっていたため、力が上手く伝わらずに魔核に触れた瞬間に折れてしまったのだ。

 リゼはポイズンスライムから離れて、すぐに毒消し薬を取り出して、一気に飲み干した。


「……やっぱり、無理なのかな」


 リゼは悔しい気持ちだった。

 しかし、リゼは肝心な事に気付いていなかった。

 ポイズンスライムの毒は防具で防げること。

 直接、皮膚に攻撃されなければ、毒に侵されはしない。

 仮に衣類の上からでも、すぐに脱げば大事には至らないのだ。

 このあたりの知識は、経験や実体験を聞いたりしなければ分からない。

 本には書かれていないからだ。


 リゼはポイズンスライムの討伐は諦めて、本来の目的である『スライム討伐』のクエストを終えて、オーリスの街へと戻ることにした。

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