第42話
『魔物の解体(軽)』のクエストを終えたリゼは、『利き手を逆にして生活する』を受注する。
『期限:一時間』だ。
自分の都合で、クエストを受注出来ることの重要さをリゼは、改めて感じた。
保留にする事で、ギルドから受注するクエストに関係するクエストに絡めて、受注すれば効率が良い。
リゼは、「左手」と頭の中で意識しながら、細心の注意を払って行動する。
そして、出来る限り手を使わないようにしていた。
しかし、リゼは『罰則』の恐怖が忘れられないので、クエストを保留に出来る事で、クエスト受注に対して、消極的になっている事に気付いていない。
強くなりたいと思う一方で、それに反する気持ちも徐々にリゼの心を侵食していた。
陽が落ちるのには、まだ時間はあるがリゼは『兎の宿』に戻る。
そして、今日クエストで得た銀貨を、受付にいたニコルに渡す。
「追加の宿代ですね」
「あっ、違います。ヴェロニカさんにお渡し頂ければ、分かります」
「お母さんに?」
「はい」
ニコルはヴェロニカから事情を聴いていないので、この銀貨を受け取るか悩んだ。
「お母さんを呼んでくるので、少し待っていて下さい」
ニコルはリゼの返事を聞く前に、奥へと引っ込んでいった。
リゼは直接渡さないと駄目だったのか? と考えた。
「おかえり!」
ニコルがヴェロニカを連れて戻って来た。
リゼはヴェロニカの言葉に返す言葉が出て来なかった。
果たして、「ただいま」というべきなのだろうか……。
「じゃあ、行くか?」
「ん、行くって何処に?」
「あぁ、デニスとファースの店だ」
「デニスおじさんと、ファースおじさんの店? ……あぁ、なるほどね!」
ニコルは、リゼが渡した銀貨の意味が分かったようだ。
「お母さん。あんまり、おじさんたちを虐めないでね」
「私はいつも、優しいぞ」
「……はいはい」
ニコルは呆れるように返事をする。
そして、ヴェロニカはリゼを連れて、デニスの店へと歩き始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
デニスの店の扉を開けると、デニスがヴェロニカを待っていたかのように座っていた。
「よう、出来ているか?」
「あぁ、勿論だ。それより……」
昨日、ファースがデニスの店を訪れて、靴を無料に提供していたら経営が成り立たなくなると、注意をしに来たそうだ。
最初は、何を言っているのか分からなかったデニスだったが、ヴェロニカがファースに何か言ったのだと、すぐに気づき話を合わせたそうだ。
「まぁ、ファースはリゼと面識があったし、銀翼のメンバーと知り合いという事で業績が上がったと言っていたからな」
「そんな事は、どうでもいい。それより、俺が無料で提供した事になっている事だ」
「あぁ、それは成り行きだ。きちんと、銀貨五枚は払うから、安心しろ」
「いいや、それは受け取れん。ファースに無料で提供している事になっているんだろう」
「だから、それは言葉にアヤだって言っているだろうが!」
「俺は弟であるファースに、嘘を付くような男にはなりたくない」
「それは悪かったが、あくまでも交渉の材料に使っただけだ」
ヴェロニカとデニスの口喧嘩は収まりそうになかった。
リゼは、何も出来ずに二人を見ているだけだった。
「分かった。しかし、無料だとリゼが納得しないだろう」
ヴェロニカはリゼに意見を求めてきた。
「そうなのか?」
デニスもヴェロニカの言葉でリゼを見て尋ねる。
いきなり、会話を振られたリゼは、言葉が出て来なかった。
黙っているリゼを見て、本人のおいて議論をしていた事に、ヴェロニカとリゼは気付く。
「無料だと気が引けるなら、その履いている靴を下取りする事でいいか?」
「はい……」
リゼは返事をする。
下取りというよりも、あの家から買い与えられた物は全て処分したいと思っていたからだ。
「これで契約成立だ。ヴェロニカも文句無いよな」
「あぁ、勿論だ!」
ヴェロニカの返事を聞くと、デニスは立ち上がりリゼの靴を持って来た。
「最終調整だ。履いてみてくれ」
「はい」
リゼはデニスに言われた通り靴を履き、少し歩いたり屈んだり跳ねたりした。
「痛い所とかは無いか?」
「はい、大丈夫です」
足の形には合っているが、痛い所等は特に無かった。
「じゃあ、そのまま履いていろ。これは下取りとして受け取るからな」
リゼが履いていた靴を手に取る。
「はい、ありがとうござました」
デニスに頭を下げて、リゼは礼を言う。
「何かあれば、いつでも来いよ」
「はいっ!」
リゼは靴を手に入れた事が嬉しくて、少し裏返った声で返事をしてしまった。
その声を聞いたヴェロニカとデニスは、笑みを浮かべていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「待っていたよ」
ファースは笑顔で、リゼを迎えてくれた。
「早速、着てみてくれるかな」
「はい」
リゼは今、着ている服の上から防具を着用する。
「胸がきつく無い?」
「はい、大丈夫です」
「籠手も違和感無いかな?」
「多分……大丈夫だと思います」
「うーん……ちょっと待ってて!」
ファースは気になる事があったのか、店の奥へと歩いて行った。
「良く似合っているぞ」
「そうですか……」
ヴェロニカに褒められたリゼは照れる。
「そこの鏡で、自分の姿を見てみろ」
ヴェロニカに言われて、自分の姿を鏡で見る。
リゼは自分の姿に見惚れた。
冒険者の格好だからだ。
防具や靴の色も、リゼに似合っている。
何度も恰好を変えながら、リゼは自分の姿を見続けていた。
「お待たせ。防具の下に来ている服だけど、これに着替えてくれる? 防具との色合いを考えるのであれば、この色の方があっていると思うよ」
ファースは服とズボンを持って来た。
リゼは思わず、ヴェロニカの顔を見る。
「着替えて来な」
ヴェロニカは笑顔で答えた。
ファースに言われて、店の一角にある布で囲われた場所で、リゼは着替える。
ズボンは少し丈が大きかったが、靴に入れるので問題無かった。
驚いたのは、ズボンの後ろに小太刀を取り付けるような細工がされていた。
そして、腰袋も取り付けれるようにもなっていた。
まるで、この防具に合わせて製作されたような服とズボンだった。
「着替え終わりました」
「うん。やっぱり、この方が似合うね」
「ファース、あの服とズボンは?」
「あれは、防具に合わせて作った服なんだよ。服の仕上がりが早くて防具と合わせる為に一旦、僕の店に納品されたんだ。結局、僕が依頼を途中で断ったから、この服とズボンの代金も僕が支払ったんだよ。さっき、着替え終えた姿を見た時に、服とズボンがあった事を思い出したんだよ」
「そういう事か。悪いな、服とズボンも追加で貰って」
「……まぁ、ヴェロニカならそういうだろうと思ったよ。着替え用にと、もう一着あるけど、銀貨一枚でどう? 勿論、今度でいいよ」
「相変わらず、守銭奴だな」
「ちっ、違うよ。真っ当な商売だよ。逆にお値打ち価格だよ」
「私、払います!」
リゼが叫ぶ。
これ以上、自分の意見を言えずに流されるのは駄目だと感じた。
防具をまとった事で、冒険者としての自覚が強まったことも影響していた。
「ほら、リゼの方がヴェロニカよりも話が通じるよ」
「ったく!」
ヴェロニカはバツが悪そうだった。
「幾つかクエストをこなしたら一度、店に来てね。防具の痛みや体との当たりなどを確認するから」
「分かりました」
「じゃあ、ヴェロニカ。お支払いを!」
「分かっているよ」
ヴェロニカは、ファースに支払いをする。
リゼは、その光景を見て申し訳ない気持ちで一杯だった……。
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