デュッセルドルフで花束を
@midorikamemushi
第1話 『Re:花そして転校生』
はな【花・華】美しい色やよい香を有する、高等植物の繁殖をつかさどる器官。
引用:岩波国語辞典第七版新版
風の中にいた。空も地面もとても青々としていた。風は僕の真ん中と脇を通り抜け、後ろの木の小屋に吸い込まれていく。小屋の正面にあるドアが半開きの状態でバタバタと音をたて、何か喋っているようだった。というか喋った。
「オキロ、アサダ、ガッコウニチコクスル」
「わよ、あんたいつまで寝てるつもりよ、もう。高校生にもなってだらしがない。そんなんだから彼女の1人や2人も出来ないのよ。」
母親の声で起きる朝がこの世でもっとも不服な朝である事は間違いない。かのナポレオンは言った。いや、言ってない。
「うるさいな。まだ、7時じゃん。まだまだ寝足りないお年頃なんだ。もう少し寝かせてよ。」
少し強めの口調で僕が返すと、母親はすかさず布団をひっくり返し、こう言った。
「あんたの大好きなフレンチトースト焼いてあるよ」
フレンチトーストという単語を三半規管がキャッチした8秒後には台所のテーブルに着いた。
「あんたそれ食べ終わったらお店の花に水をあげてきて頂戴。この時期のお花ちゃんは今のうちに水をあげておかないとね。冬場と違って春は日中ぐんぐん気温上がっちゃうんだから。」
「へいへい」
ろくに指令も聞かず、テレビのリモコンに手をやる。フレンチトーストの油がリモコンにつかないようティッシュペーパーで手を拭き電源を入れた直後、ニュースキャスターが丁度新しい原稿を読み上げるところだった。
「次のニュースです。昨夜未明、ドイツ連邦共和国の都市、デュッセルドルフで、留学中であった10代の日本人女性が交通事故にあい死亡しました。現地では在住する日本人から多くの献花が寄せられており…」
母親の琴線に触れたのか、怪訝な表情を浮かべ喋りだす。
「可哀想にねえ。まだ10代だってよ。あんたも昔、デュッセルドルフに行って迷子になった事あるのよねぇ。本当、あんたも自動車には気をつけなさいね。」
「へいへい」
(しかしながら、デュッセルドルフで迷子とは初耳である。何かそれらしき事があったような気がしなくもないのだが。)
フレンチトーストを食べ終わると、指令である花の水やりを行う。朝の日課にもなりつつあるが、植物に水をやるという行為は、1日の始まりとして悪くなかった。
それから程なくして、僕は高校に向かった。
始業のベルが鳴り終わった直後、担任のSが具合の悪いドアを乱暴にゆっくりと開けた。
「授業を始める前に転校生を紹介する。お前ら耳かっぽじってよく聞け。でないとケツの穴に指突っ込んで奥歯がたがた言わすからな。」
高校教諭の言うそれではない。パワハラをはじめとするありとあらゆるハラスメントの臨界点を200パーセント振り切っている。ハラスメントなんてなんのその、何それ食えんの状態である。
「入ってきていいぞー」
S氏が転校生に合図をする。
「失礼致します」
S氏と違い、具合の悪いドアを素早く丁寧に開ける。
姿が見えたその瞬間、皆に電流走る。
簡潔に言うと入ってきた転校生は美少女だった。簡潔に言わないと、
「自己紹介頼む」
S氏が転校生の肩にポンと手をやる。
「気安く触るな」
と言ったのは転校生。ん、転校生ちゃん大丈夫?いや転校初日に教師に気安く触るなは、だいじょばないよね?!
僕は己の耳を疑った。
しかし、その発言は凛とした立ち振る舞いから放たれた間違いない転校生ちゃんの一撃で、S氏も困惑を隠せていないようだった。
転校生ちゃんは、一連のやりとりがなかったものとして、自己紹介を始めた。
「はじめましましー!我が名はマーガレット。花から生まれた地球外生命体でーす。この度は、人類の自然植物に対する意識調査を目的として私が抜擢されました。人間の皆さん、宜しくでーす。」
頭の中で、思考が停止する音がした。
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