第7話 遠征⑷ 祈り
「悪い予感が当たってしまったな」
ジェミニコフ一行は少し離れた木の陰から様子を伺っている。
そこはこの森には珍しく、開けた場所で木漏れ日が差し込み、周りを囲む闇とは対照的に明るく、神秘的な雰囲気すらある。
その陽の光に照らされ、そのままの輝きを反射するようにキラリと光る鎧こそ、そこに立つ彼らが何者なのかを物語っている。
白銀に輝き縁は荘厳な文様が彫り込まれているフルプレートに身を包み、タバード──鎧の上から着る布地──には聖王国の信奉する神を象徴した紋章が刺繍されている。手には同じ紋章が掘られた分厚く大きい金属盾と、豪華な装飾の施されたグラディウスが握られている。
ファーラン聖王国の聖騎士達である。
広場外にも隊列は続き、部隊規模の全貌は確認できないが、指揮官と思われる人物が広場に集結しており、神官もいるため大凡は推測出来た。
「敵指揮官、神官それぞれ十数名……二個中隊300人以上の編成と見るべきか。」
「偵察に切り替えて正解でしたね。もしそのまま遭遇していたら全滅のところでした。」
「ああ、だが非常にまずい。恐らく城塞都市奪還のための強襲部隊だろうが、防衛戦力の一時帰還命令が出て、今は守りが手薄な状態だ。早急に対策が必要だろう。」
そう言って横にいる通信兵に合図を送ると、通信兵は頷き念話で兵士長に状況の報告を行う。
状況の確認、報告を終え撤退しようとしたしたちょうどその時、広場で動きがあった。
複数人縄に縛られ連れて来られたのである。
「……あれは!」
ジェミニコフは思わず声を漏らしてしまった。しかし、気付かれた様子は見られなかった。
「先遣隊の者達だ!くそっ!」
目の前にいるのに手出しを出来ないことに苛立ちを覚える。
彼等は一人の神官の前につれて来られると乱暴にそこに跪かされた。
その神官は特に豪華な装飾を施された僧衣を纏っており、部隊の中で最も高位の者だということが分かる。
「世に災厄をばら撒くドブネズミ共がまんまと罠にかかったようですね。あなたのお仲間は後何匹いるのでしょうか?」
まともな答えが返って来ないことを分かっていながら嘲笑気味に、囚われの兵に問いかける。
「くっ!誰が貴様らなどに!」
囚われの兵は吐き捨てる。
「残念ですねぇ。正直に話して頂けたなら、あなた方の罪は慈悲深き主によって軽くなったかも知れませんのに。まぁ……どちらにしろ死んでは頂きますが」
「ふざけっ!」
兵たちが怒りに掴みかかろうと試みるも、ギシッとキツく縛られた縄が軋んだ音を立て、縄が余計に深く喰い込むだけだった。
「おやおや、怖いですねぇ。まぁ、なんにせよ。これ以上の情報を引き出すのは引き出せそうにありませんし……。噛みつかれる前に殺してしまいましょう」
「お待ちを!」
近くで待機してた聖騎士とは装備が異なる兵が、その神官へ駆け寄り跪くと不敵の笑みを浮かべ言葉を述べる。
「その役、ぜひとも我々に!」
「そういえばそうでしたね。あなた方にこれらの処理は任せる約束でした」
「はっ!我らが同胞が受けた苦しみをコイツらに味合わせる機会を頂き、幸甚の極みにございます!」
跪いたまま目を伏せ感謝の意を述べる。
「感謝は我らが主へと返しなさい。我らが主のご慈愛は敬虔な信徒になら、誰にでも降り注がれるのですから。顔を上げなさい」
ニコリと優しい笑顔で微笑みながら手を差し伸べる。
「有り難き幸せ……!信じる神にも見捨てられ、ただ蹂躙されるがままであった我らを救ってくださり、そして本物の神にも出会わせてくれた奇跡に言葉もございません!」
それを聞いた神官は、天を仰ぎ目を閉じながら恍惚の表情を浮かべ祈りの言葉を紡ぎ出す。
「おお、全知全能の神よ。我らが主よ。あなたの導きにより悪魔の使いを捕え、この世に貴方様の正義の鉄槌を下す代役が出来る機会を与えてくださり、そして新たに敬虔なあなたの仔羊が生まれたことに感謝申し上げます!」
「主よ……」
祈りに同調するように聖騎士の中から声が漏れる。
「そしてこれから立ち向かう闇にもあなたの光を持って導いてくださり、あなたの御加護がいつまでも我らの上に降り注がれますように。ファーラン聖王国光教枢機卿ドナルド・シュワルツの名によってお祈り申し上げます。……アーゲン」
「「アーゲン」」
シュワルツの結びの言葉を聖騎士、残党達がこだまするように呟く。
「これだ……」
ジェミニコフは、途中怒りに身を震わせたりしたが、一部始終を黙って見守っていた。
「神官の祈りに同意の意を示すことで、賛同者全員が加護や奇跡と呼ばれる不思議な力の恩恵を受ける。いわば集団魔術に似た効果を得る……。これが非常に厄介だ」
探知を魔力探知へと切り替えしていた兵も、祈りの同調者の身体を見えない光が包むのを確認していた。魔導兵が聖騎士に手こずる要因の一つである。
「とんだ茶番だな」
囚われの魔導兵が鼻で笑いながら呟く。
その罵倒を聞き逃さなかったシュワルツは怒りに歪ませた表情で首だけを動かし声の主を睨みつける。
「今なんと……?」
「いや、なに。この前まで違う神を崇めいて簡単に鞍替えするような……そんな敬虔な信心者にも等しく、恩恵を施されるあなた方のいう神というものは、随分と節操がないんだなと思いましてねぇ」
すぐさまシュワルツの平手打ちが飛ぶ。
囚われの魔導兵は、叩かれたことで口の中を切って滲み出た血を侮蔑の念を込め吐き出し、歯を赤く染め上げながら「へっ」と不敵な笑みを浮かべた。
「我らが主への冒涜……万死に値する。殺しなさい!」
「はっ!」
敗残兵が剣を抜き構え、語りかける。
「祈っても守ってくれない神より、力のある神を俺達は選んだまでさ。……俺たちを敵に回したことをあの世でせいぜい後悔することだな!」
言い終わると刃が空を切る。
そして頭が体と永遠に別れを告げた。
ジェミニコフは今にも飛び出しそうになる衝動を必死に堪えていた。金属製の杖を握る手は白くなるほど強く握り締めるあまり感覚がない。
「懸命です。ジェミニコフ殿。ここで事を起こせばすぐにでも追手が放たれ、後ろの若い命も危険に晒すことになりますから」
「ああ……撤収するぞ」
同胞の亡骸が転がる忌むべき場所から離れようとしたその時、後方から声がかかった。
「もう行かれるのですか?」
振り向くと笑顔でこちらを見るシュワルツと目が合った。
「気付かれた!」
武器を構えるよりも早く横から影が現れ、それを確認したジェミニコフは後方へと飛び退く。
隣にいた通信兵が切り捨てられ崩れ落ち、もう一人、探知兵は右腕を負傷した。
「油断した……」
ジェミニコフは歯ぎしり悔しさを顕にする。
「気付いてないと思っていたのですか?滑稽ですね。あなた達は始めから罠の中にいたというのに」
「何を……!」
「残党狩りと油断しきっていたあなた達の寝首を掻き、戦力を分散し削ることも計画の一部だったのですよ。今頃は無様にもしっぽを巻いて逃げているネズミ達も、我らが騎士達に討ち取られていることでしょう」
「なっ!」
「行かせませんよ!あなた達はここで死んでもらいます!殺りなさい!」
シュワルツの号令とともに二人の聖騎士が迫ってきた。
探知兵は剣を抜き構え、それに対し聖騎士は盾を突き出してくる。勢いのついた突進に加え、利き手でない剣で受けたため、あえなく左手は弾き返され無防備な胴体を晒す。詠唱を試みるが透かさず聖騎士の剣が鳩尾を下からから突き上げた。声の代わりにゴポッと血が口から吹き出し、その場に崩れ落ちる。
横ではジェミニコフが聖騎士の初撃を杖で受けきって後ろへ飛び退き、体勢を整えると反撃に出ていた。
ジェミニコフは何事かを呟いて、鋭い突きを聖騎士の喉元目掛けて浴びせようとする。が、盾がそれを弾く。
だがその瞬間、聖騎士に電撃が迸り、身体が硬直し呻き声が漏れる。
「自分の意志とは別に身体が反応する感覚はどうだい。電撃を浴びることなんてそうそう無いだろう」
──大の男でも昏倒ししばらく目覚めない強さのはずだが、やはり祝福の効果か……。
想定はしていたが、いざ聖騎士の奇跡による魔術耐性に直面すると、ジェミニコフがこれまで戦場で培ってきた絶対の自信が揺らぐ思いがした。
相手が硬直してるうちに棒術と呼ぶにふさわしい体捌きで数発杖を叩きつける。
さらに鎧は帯電し痺れが増すことで聖騎士は硬直し悶え続ける。
すると横から同胞を葬ったもう一人の聖騎士が突進してくる。
ジェミニコフは杖を地面へ突き立て、迫り来る聖騎士に指を突き出し呪文を唱える。
「《雷よ。大地より我が身を介し、指先へ集え。その先の空気を貫き電荷の海へと帰着せよ。》サンダーボルトショット!」
すると指先から青い稲妻が迸り、槍のように聖騎士を貫く。
聖騎士はその場に糸が切れた人形のように崩れ落ちる。
「うおおお!」
硬直の解けた聖騎士が雄叫びを上げ斬りかかってくる。
「お前の仕込みは終えてある。安らかに眠れ。《雷よ》」
ジェミニコフは再度、杖を地面へと突き刺し、半歩下がり構える。
すると雷が杖の先端に纏い、さながら雷槍と呼ぶに相応しい様相を呈する。
そして一歩踏み出し、振り下ろされる剣を身を翻しながら紙一重で避け、そのままの勢いで力強く杖を突き出す。
杖の先端が騎士の身体に触れるや否や、騎士の身体全体を鋭い閃光が包み込む。
騎士の体は直立ししばらく痙攣したあと崩れ落ちた。
後に残るのは肉の焦げる匂いだけだった。
「私の攻撃を受けた時点で君は負けていたのだよ」
追加の騎士が駆け寄ってくる前に来た道に向かって走り出す。
後方からは大声が聞こえた。
「見よ!我らの声は聞き届けられ、主は御使いをお遣わし為さった!今こそ聖なる炎の剣が正義を現し、悪を貫いて闇へと葬り去るだろう!」
何を言っているか不思議とはっきり聞こえたが気にしてる余裕などなかった。
「奴らの方が重装備、このまま行けばなんとか逃げ切れ……」
刹那、背中から腹部へと刃が貫く。
「ぐはっ……やられ……みな……ぶ……で……」
言い終わる前に刃から白き炎が噴き出し、瞬く間に身を灼き尽くした。
ジェミニコフ絶命した。
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