第4話 遠征⑴ 出発
アルフィーは煌々と照りつける暑い日差しを受けながら、魔導国正門の外に立っていた。
ここ魔道国は砂漠の真っ只中建立され、見渡す限り砂の海が広がる。
加えて結界によって少し離れると蜃気楼のように消え去り、何も無いように見える。そのため自然とここに辿り着くのはほぼ不可能である。
更に強固な外壁に囲まれるという万全な構えとなっている。
この国は、かつて大魔術師としてこの世に魔術をもたらしたと言われるアイザック老とその高弟十名により、外部からの干渉なく魔術の深淵を探求するために、人の立ち寄らない砂の海のど真ん中に、漂流するように建てられたと伝えられている。
国民は伝承によってこのことを伝え知っており疑問を持つことはなく、難攻不落で歴史ある自国に誇りの念を抱いている。
アルフィーは視界に広がる立派な門構ええを眺めながら建国の伝承に思いを馳せる。
──かつて暴威を振るい悪事の限りを尽くしたという魔王とその配下である魔人やデーモンを討ち滅ぼした七英雄が一人アイザックが建てた国……。
アルフィーは戦争孤児として連れてこられ五年しか経たないが、拾い育ててくれたことに大きな恩を感じており、自国に対する誇りは魔導国出身者のものと遜色ない。
しかし、外部から連れてこられた自分は、責められこそしないがよそ者である自覚はあった。
そのため初めての魔道兵としての任務。やっと、拾ってくれたこの国に恩返しができ、認められる機会が巡ってきたことに、期待に胸を膨らませていた。
「この国の英雄として七英雄の威光すら霞むほどの戦果を立ててこの国の英雄として凱旋してみせる!」
グッと拳を見上げる形で突き出す。
普段口にしないようなことをつい口走ってしまったことに気付き、ハッと正気に戻り焦る。
「何しとんの?」
透かさず後ろからツッコむ女性の声が聞こえる。
振り返るとそこには茶髪のポニーテールに緑の瞳を持つ女性が、目を爛々に輝かせ顔を覗き込むようにして見ている。
授与式で見た水晶を湛えた杖の持ち主だ。
「稀代の大天才くんも案外可愛いとこあるんやなぁ。」
ニヤニヤしながら目を離さない。そんな目に耐えきれずアルフィーは目線を逸らす。
「べ、別にただの独り言だよ。」
──最悪だ……。
「そーなん?別にええと思うよ。アタシもなんだかワクワクしとるし、気持ちが大きくなるのも無理ないわぁ。」
とフォローしたつもりだろうが、目はまだ笑っていた。
「そこまでにしとけよ。ルーシー。男の夢を笑うもんじゃねーぞ。」
ブロンド短髪でタレ目の長身の男が立っていた。
「すまんな。悪気はないんだ。許してやってくれ。人をおちょくって反応を見るのが好きなんだこいつ。」
肩を竦める彼の手には赤い宝石の嵌った金のブレスレットが日の光をさらに強目て、反射したかのようにキラリと輝いていた。
「えー。そんなことないよー。ま、気を悪くしたならごめんねぇ。ウチら同期ということで、親睦を深めようと思って声をかけるタイミングを探っててな。そしたら、あない面白いことが……プクク」
ゲンコツが女の頭にめがけて振り下ろされる。
「やめい。お前のせいで天才くんに嫌われたくないわ。」
キッとその女性はタレ目の男を睨みつけるが意に介さず話し続ける。
「俺はユーマ。このバカと同い年で、この前の授与式で君と同じく魔道兵になったばっかさ。よろしくな!」
女性も視線をアルフィーに戻し、にこやかに話す。
「こいつが言ったバカは誰のことかよー知らんけど、アタシはルーシー!よしなに頼むでー!天才くん」
アルフィーは呆気に取られてた。というのもあまりこういったやり取りは訓練兵の同期とはしてこなかったからだ。
魔術過程を早々と修了した彼は、あまり周りと接点を持つ機会がなかったのもあったからだ。
「あ、あの。その天才くんって言うのやめてくれませんか?俺にはアルフィー・ワーズという名前があるので……」
その2人の男女は顔を見合わせる。
そして再びアルフィーの方に目を向けたその顔はにこやかな表情を浮かべていた。
「よろしく!アルフィー!」
「よろしく!アルくん!」
慣れないあだ名呼びをさりげなくされたことに戸惑いつつもアルフィーは応える。
「よろしくお願いします。ユーマさんにルーシーさん。」
「そんな畏まらんとウチら呼ぶ時はタメでええでー。歳は上かもしれんけど、同じ任に就く同期やからね!」
「そうそう」
アルフィーは初めて対等に話し合える仲間が出来た気がした。
「そ、そう…か。ありがとう。ルーシー、ユーマ」
「ふふーん。可愛いなー。チミー」
相変わらずにやけ顔のルーシー。
「なっ…!」
反論しようと口を開こうとするがユーマの声が遮った。
「補給品が全部揃ったみたいだぞ。遠征部隊出発だ。ほら行った行った」
「ちょっ!自分で歩けますー!」
アルフィーとルーシー二人の背中をユーマが押す形で部隊が集まる方へと向かう。
アルフィーはなんだかおかしな気持ちになって思わず微笑んだ。
・
帆船が砂上を滑るように航行している。
砂上船は砂漠を移動するのに欠かせない輸送手段であり、魔導国が砂漠にあっても遠征部隊を送り込める理由の一つであった。
帆は自然の風と魔術で誘導した風を掴み猛スピードで移動しているが、目的地までは夜を越してもまだまだ遠い。
途中で砂上船をおりて、平原に出たら荷馬車に切り替えて移動するため、目的地まで二日はかかるだろう。
船上では皆が思い思いに過ごしている。ポーカーをするもの。楽器を弾くものや、昼寝をするものまで様々だ。
そんな中、アルフィーとユーマ、ルーシーは普段目にしない国外の様子に興味をそそられ甲板の上で眺めていた。
しかし、いつまで経っても広がる砂の海に飽きが来たのか堰を切ったように叫ぶ。
「砂ばっかやないかー!」
そう言いながらルーシーは大の字に倒れ寝転ぶ。
「暇やー。ユーマ、なんかおもろいこと言ってやー。」
そんなルーシーをユーマは見向きもしない。
「まぁ暇なのは同意だな。生憎暇つぶしの道具も持ち合わせてないし。」
ブーブーと後ろの床の方から声がするが聞こえない振りをする。
「ルーシー、緩みすぎだぞ。これから敵地へ赴くんだからそれらしい態度ぐらいは取れよ」
ルーシーの方を見ずにユーマは言った。
「はー?そんなんアタシだけじゃないしー!みてみーや!みんな遊んどるやないか!」
ユーマは肩を竦める。
正直こんな砂漠地帯に攻め入る軍など無きに等しいことをみんな知っている。
慢心しているといってはその通りだが、事実この数百年この砂漠地帯に進行してきた軍なぞいなかった。
「なーなー。なんでウチらの国は戦争なんておっぱじめたんやろなー。別にずーっと平和やったんやから、そのままでもええんかったんやないの?」
「そんな平和がいつまでも続くわけじゃないからな。国力があるうちに領土拡大することはどこの国もやってる事だろ。」
「そんなもんかねー。」
「それに魔導国を目の敵にしてる国だってある。」
「ファーラン聖王国……。」
アルフィーは答える。ピリッと空気が張り詰めた。
現在侵攻しているのは、いくつもの国が乱立するロザリオ都市国家群だ。
ロザリオとは国の名前ではなく、宗教における数珠状のタリスマンの名称であり、元々多神教の根付く地で信仰する神が同じもの同士集まり、国を築いた結果、都市国家が散らばる形となった。
その様子をロザリオに言い替えてロザリオ都市国家群と人々は呼ぶ。
その都市国家群を魔導国とは別に狙っているのが、一神教を掲げ、全世界を神の名の元に纏めることを至上目標としているファーラン聖王国である。
ファーラン聖王国にとって魔導国とは悪魔の業を広め、人々を惑わす邪悪な国という認識なため、両者は非常に険悪な関係だ。
事実、現在侵攻している都市国家にファーラン聖王国が手を貸しており、派遣される聖騎士隊に手を焼いてる。
「ホンマになー。他所の神様の国を護ってでもウチら倒そーっていう根性が気に食わんわー。どーせウチら魔道兵の方が強いのに意地張ってさー。」
「とはいっても奴らの保有する聖騎士もバカに出来ないぞ。奴らの使う奇跡は脅威だ。正直、全面戦争になったら勝敗が分からないだろう。」
ルーシーはムスッとする。
「だから奴らより先に両国の間にある都市国家群を手中に収めて、少しでも有利にことを進めるっていうのが今回の侵攻の目的なんだろ。」
「はー。だるー。今回の戦争が終わっても、まだ戦争が起きそうな臭いがプンプンするんですけどー。」
ルーシーは大きいため息を二人に聞かせるかのように吐く。
ユーマはヤレヤレと肩を竦めるがどこか険しい表情をしていた。
「そう言えば今回の占領した城塞都市の残党の中に聖騎士はいるって情報はでてるのだろうか」
アルフィーはふと疑問を投げかける。
「んー。どうだろう。現地で指揮している兵士長に聞くしかないだろうけど、心構えはしておかなきゃ行かないだろうな」
アルフィーはなるほどと相槌を打つ。
「聖騎士の使う奇跡って一体なんなん?」
ルーシーはムクリと体を起こし胡座をかいた姿勢で頬に手を当て、悩んだような表情で聞いてきた。
「おま…、敵国の情報ぐらい覚えとけよ。講義で散々やっただろ」
「あー、ユーマに聞いた方が早いから聞き流してた」
舌を出しウインクしてとぼける。
「はぁーー。お前なー……」
あからさまに頭を抱えるユーマ。
「お前に死なれたら困るからな。よく聞いて覚えとけよ」
「ほう」とルーシーはニヤリと怪しく目を細めるが無視しユーマは続ける。
「奇跡というのは俺たち魔術師の扱う魔術と似ているが体系が違う。まず信仰心が強ければ強いほど起こす奇跡の効果が増す。そしてそれは魔力に依存しない力となってるのが厄介だ」
「ふーん」
分かってるような分からないような返事をルーシーはする。
「つ・ま・り・だ。どんな凡夫でも信仰心を持ってさえすれば、奇跡を使えるというわけだ」
ルーシーはしばらく考えているように上を見上げ突然叫ぶ。
「わかった!国民全員が奇跡を使えるってことか!」
「まぁ程度にもよるだろうがそういう事だ。特に神官と呼ばれる奴らの使う奇跡は強力で、奴らの施す祝福は兵士の身体能力を数倍に高め、祝福を施された装備は様々な効果を持つらしい。聖騎士はそれら祝福を施された装備を身につけ、自らも奇跡を用いて強化するという。前衛に聖騎士、後衛に神官を配置するのは聖王国最強の布陣だと。そして極めつけに儀式で高位の天使も召喚するとか……」
「天使ぃ?けったいなもん呼ぶんやな」
「まぁ俺らが向かうとこにはそんな奴らはいないだろうけど聖騎士には気をつけた方がいいのは確かだ」
「はいはーい。わかりましたー」
手をひらひらと振りながら答えるルーシーにユーマは溜息をつく。
ルーシーはそれを見てより一層笑顔になる。
ユーマはダメだコイツと諦めたかのように視線をそらし、アルフィーの方をむく。
「そう言えばアルフィー。その大剣のこと前から気になってたんだ。良ければ見せてくれないか」
「ああ、いいよ」
そういうとアルフィーは背負っていた大剣を鞘ごと下ろし、甲板の手すりに立てかけた。そして留め具を外して鞘の横から刀身を覗かせて見せた。
「おお……」「ひゃぁー」
それを見た二人が声を漏らす。
覗かせた刀身は黒い金属に縁取られ、7つの異なる色の宝珠を樹の実として、宝樹が刀身の腹に彫り込まれ銀色に輝いている。さながら芸術品である。
「すごいねこれ。宝物やん」
「ああ。みごとだ」
感嘆の声が漏れる。それに対しアルフィーはくすぐったい気持ちになった。
「これ売ったらいくらぐらいするんやろね?それに
……あーあ、これからこれが血にまみれるんやなー。勿体ない」
シャレにならない冗談を噛ますルーシーに透かさずユーマがチョップと共にツッコミを入れる。
「バカ!」
「冗談やてー。堪忍してや」
涙目で声を震わせ頭をさするルーシー。
「構わないさ。これから向かうのは戦場……。殺す覚悟は出来てる……」
アルフィーは何とも思ってないかのように応える。
「せやなー。ウチら兵士やもんな。変な事言ったわ……。すまん」
ルーシーも真面目な顔で応えた。
そして立てかけてある自分の杖にも目をやる。
ユーマもブレスレットに触れるよう手首を摩る。
彼らが向かうのは戦場だ。当然敵兵を死に至らしめるために魔術を修めてきた。
だが、いざ口にすると暗い気持ちが湧き出るのも事実だった。
暫く沈黙の時が流れた。
皆が思い思いに過ごすのも、これから戦地に向かうことに対する不安や恐怖を紛らわせるためなのだろう。
いくら百戦錬磨の魔道兵団とて、死ぬことへの恐怖は変わらないのだ。
戦場は生きるか死ぬかの法則のみが支配する地で、自分たちも例外ではなく、平等に死は降り注ぐのだから……。
「さーて、アタシは下に降りますよっと。お腹も空いたしぃ」
ルーシーは膝を払いながら立ち上がりいつもの調子で話題を切り替えた。
「そうだな……もうそんな時間か」
気が付けば日が傾いており、空が赤みを帯びていることに一行は気づく。
「アルくんもいこーや。ご飯食べながら面白い話でもしよ!」
「お前そればっかだな」
ユーマは肩を竦めつつ寄りかかっていた手摺から腰を上げる。
「ああ、俺も腹ペコだ。ユーマの話も聞きたいし一緒に行こう」
「は!?話すの俺かよ!……はぁ、シャーない………。なら、俺が取っておきの話を聞かせてやるぞ!」
「こーいう時は大体つまんないから期待しない方がええでー」
「おまえなー……」
「ハハハ。楽しみにしてるよ。ユーマ!」
どこまでも続く地平線へと沈む夕日を背に、三人は船の中へと降りていった。
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