第1話 授与式

 暗闇の中震えながら息を潜める少年がいた。

 壁越しに伝わり聞こえてくる悲鳴、泣き声、怒号。

 その鳴り止まない音の正体を知らぬまま、ただ恐怖に身をふるわせ、この悪夢が目を瞑っているうちに終わることを願いながら蹲る。

 部屋の入口近くで女の悲鳴が聞こえた。

 聞き覚えのある声だが思い出せない。

 いや、思い出したくないのだろう。

 いつもは優しく愛情に満ちた聞き覚えのある声が、あまりにも悲痛に満ち泣き叫んでいる事実を認めたくなくて。

 そして荷が床に降ろされたかのような重たい音がドサリとなり声は止む。

 遠くに聞こえる喧騒以外の音が消失してしまったかのような錯覚を覚える。

 しかしすぐにその静寂を破るように、古い床板を踏み締め軋む悲鳴にも似た足音が近づいてくる。

 そして部屋の入口で音は止み、扉が音を立てながらゆっくりと開き、部屋の暗闇が切り裂かれるように光の筋が広がっていく。

 何者かの影を抱きながら。

 そして…。


「またあの夢か…。」

 起き上がると窓から差し込む朝日が眼を突き抜け、時折自分を苦しめる悪夢を洗い流してしまう。

 忘却の彼方に消えないよう記憶を手繰り手中に留めようとするが、指の隙間からこぼれ落ちるかのように、不快感と蟠りを残したまま、いつもの様にするりと逃げ去ってしまう。

 男は諦めたかのようにベッドから立ち上がり、未だ目覚めから覚めない体を起こすために伸びをした。


 彼の名はアルフィー・ワーズ。黒髪に茶色の瞳を持ち、どこか幼さが残るも目には強い意志を感じさせる光が宿っている。

 彼は5年前、とある小さな農村が戦争に巻き込まれて壊滅した際に救い出された、たった一人の生き残りである。

 そして戦争孤児として、ここ魔導王国における魔導兵養成学校に引き取られたのであった。

 そして二年の一般教養過程を経て、初めての基礎魔術論講義の際、教室の一角を焼却してから、魔術の類まれなる才能を見出され、僅か三年で魔術過程を修めて若干15歳という最年少記録を打ち出したのであった。

 本日、魔術過程修了に伴う魔力増幅媒体、いわゆる魔導器──杖や指輪など──の授与式をもって、魔導訓練兵から魔導兵見習いとして実戦投入され始める。

 そんな大事な式典を控えてるため、いつもは軽く済ませる身だしなみも念入りに行う。

 寝癖を整えるために鏡の前に立つ。そこにはまだ成長途上ではあるが引き締まった兵士として訓練を重ねた肉体が写っていた。


 魔導兵とは後方遠距離にて魔導攻撃を行うだけでもなく、前線にて敵兵と剣をぶつけ合う事もするオールラウンダーな戦力でもあるのだ。

 ここ魔導国は10人の評議員がトップに立つ軍事国家であり、軍隊はそんな魔導兵でのみで構成されており、一人一人が一騎当千の兵士とすべく教育機関を設ける軍事政策をとっている。

 そんな魔導国は戦時において今のところ無敗を誇り、まさに無敵であった。


 そんな最強の兵士軍団の卵なかでも飛び抜けた才能を持つアルフィーは、期待される度合いも大きく、今回行われる授与式はアルフィー個人のために行われる……と言ったら過言ではあるが、いつにもなく注目されている。


 身嗜みを整えたアルフィーは訓練兵の制服を手に取りそうになるも、はっと手を止め、その横にある昨日支給された魔導兵の正式兵装を掴み、手の中のそれを見下ろしながら呟く。

「やっと俺も魔導兵か、まだまだ見習いだけど……」

 この五年間訓練した記憶を思い出し、それが今日実った実感と、まだまだ始まったばかりという自らの成長に対する期待を込めて呟く。

 手にとった兵装に着替え終えると、与えられた訓練生の個室から出て、その足で授与式の行われる儀式の間へと向かう。


 式典の行われる場所へ向かう途中、訓練生の同期と鉢合わせ一言二言挨拶を交わしたり、憧れの眼差しを向ける後輩生に軽く手を振ったりと、止めないまでも遅々として歩が進まなかった。

 段々と苛立ちを覚え始めた頃、助け舟を出すかのように声が掛かる。

「やぁ、アルフィー。なかなか決まってるじゃないか。」

 大事な式典に出席するはずなのにいつもの様にボサボサの髪である男は、気さくな声とは裏腹に窓からさす陽射しのためか目の下のクマがはっきり浮かび上がっている。

「ドゥーイ先生。おはようございます」

 目的地を同じにするドゥーイであれば歩を止める必要が無いため、彼の助け舟に有難く乗っかり並んで歩を進める。

「おはよう。今日で君が訓練生じゃなくなると思うと感慨深いね。上官と部下となるわけだが、先生と呼ばれなくなるのもなんとなく寂しい気がするよ」

「何を仰るんですか。俺の中では先生はいつまで経っても先生ですよ」

 事実、彼の講義は面白く分かりやすかったためドゥーイに対してアルフィーは尊敬の念を持っている。

「よしてくれ。君程の才を持つのなら私なんてすぐに追い抜いて、こちらが師事を受ける立場になるかもしれないからね。いやー、三年前の教室丸焦げ事件のことが今でも鮮明に思い出されるよ。」

「教室の一部であって丸焦げじゃないです。しかもあれはただ単に魔力が暴走しただけであって……」

「いやいや、あんな閃光が走る程の炎属性魔術を発動させる訓練生はいないさ。しかも初めて発動させた魔術でね」

 疲れた目に似合わない笑みを浮かべながらドゥーイは言う。

「それは…。」

 アルフィーは反論の言葉が見つからず苦笑する。

 というのも当時、生み出す炎がどの程度の規模なのか、火力を強めるためにどうすればいいかと思案を巡らせたのは事実だからだ。

 そうしてクッキリと幻視するぐらい強くイメージした炎を目の前の空間に想像し、呪文を唱えた瞬間それが起こったのである。

 アルフィーは魔術を行使する際の集中時に、現実の空間と力に満ちた別の空間が重なっている感覚を得る。そしてその空間に想像したモノが呪文によって顕現化するのだ。

 自分がこんなに早く魔術を習得出来たのも、この感覚は自分にしかないものだからだと経験的に悟っていた。同期にこの感覚を言葉で伝えても理解できない様子だったからだ。


 そうこうしているうちに目的の儀式の間の前に到着した。

 儀式の間は円形の広い空間の真ん中に大規模儀式魔法を行えるぐらいの大きさの一段床より高い円形の舞台がある。

 それを取り囲むように魔導兵訓練校の講師陣、魔導兵団団長、副団長、兵士長数名、本日の主役である修了生達が立っている。

 そしてその壇上を見下ろすように評議員達が座る席が二階にある。


「それじゃあ、また後で。」

 そう言うと儀式の間の扉を開け先に入り、講師陣が集う場所へと向かっていく。

「修了生はこちらへ。」

 服装から前期生らしき女性の魔導兵が案内する場所へと向かい、既に並んでいる修了生達の空いてる部分に立つ。

 壇上には大きな魔法陣が描かれ、奥の方に魔導器となる杖などの材料が、いくつかの木箱の中に種類ごとに並べられて置いてある。木材、魔力増幅の要である宝石類、鳥の羽や牙等々…。

 魔法陣の真ん中に魔導器を授与される者が立ち、その者の魔力を元にこの国で最も力のある魔術師達、評議員10人による儀式魔法が行使され、その者に合った形状、効果を持つ魔導器がその場で作成されるのだ。


 全ての出席者が揃ったところで評議員の一人が開会の辞を述べる。

 そして最初の修了生──女性である──の名が呼ばれた。

「ルーシー・マクシムス!」

 壇上にあがり魔法陣の真ん中に立ったところで評議員が儀式の開始を告げ、一斉に呪文を唱え始める。

 徐々に彼女を中心に魔法陣が光り始め、光を強めていく。

 すると彼女の目の前の木箱が揺れだし、丸い水晶、色の違う木の枝が二本飛び出して彼女の前に浮かぶ。

 そして二本の枝が伸び始め、螺旋を描きながら水晶を巻き込むように絡まり、やがて頂きに水晶を称えた一本の杖が出来上がった。

 アルフィーは彼女と一緒に何度か訓練したことがあるが、木属性、風属性の魔術に長けていた記憶があった。

 なので話に聞いていた儀式が、まさにその人物にふさわしい媒体を生み出してくれるということに──疑ってはなかったが──腑に落ちた。

 杖を授与された彼女の顔は喜びに満ちており、評議員へ敬礼をして壇上をおりていった。

 そして儀式は粛々と滞りなく進んでいき、遂に最後の自分の番までやってきた。

 この歳で授与式を受けるのは特例中の特例であり、先に受けるのは先輩達であった方がトラブルは少ないだろうという配慮があったようでアルフィーの番は最後に回されたようだった。

「アルフィー・ワーズ!前に!」

 自分の名前が呼ばれ、心臓が一つ跳ねる。

 あまり感情を昂らせる性格ではなかったがこの瞬間だけは自分の興奮は抑えられなかった。

 横目に見える授与を終えた修了生達の顔は満足に充ちていて、それがこの儀式に対する期待を高めてくれる。

 脚が弾みそうになるのを抑えながらゆっくりと壇上を上がる。

 広い空間に自分の足音がカツーンカツーンと反響する。

 自分に周りの注目が集まるのを感じる。

 魔法陣の中心に立つと、心を鎮めるために深呼吸をし目を閉じて、自分の内面に意識を向けることに集中する。

 評議員による開始の合図が聞こえ、取り囲むように周りから呪文を唱える声が聞こえた。

 自らの内から地下からが湧いて来て全身を包む。

 その力の奔流が足元に集まり、魔法陣を伝って光を伴って流れ出す。

 ここで目を開け前を見る。

 しかし、先に見たように魔導器の材料に動きがない。

 違和感を覚えながらも呪文はまだ止まないので、起こるはずのものを待ち続ける。

 やはり何も起こらない。

 やがて呪文を唱える声は止み、術式は完了した。

 周りからも声は漏れないが、衣擦れが聞こえるくらいの動揺が伝わってくる。

 儀式は失敗したのだろうか。と疑問の声を上げたい衝動を抑えながら評議員の方に目をやる。

 各評議員も動揺を隠せないようにお互いを見やっている。

 足元に目をやると魔法陣は未だ魔力を走らせ光を湛えている。

 魔術回路は動いているため動くわけには行かない。したがって術者の反応を待つしかない。

 困惑しながらもどうしようも出来ないことに諦め目の前の中空を眺める。


 するとそれは突如起こった。

 目の前の床が魔法陣の発する光よりも一層強く光だし、地面が横に割れる。

 いや、割れるというよりも地面も含む空間自体が割れたと言った方が正しい。

 周りからどよめきの声が漏れる。

 しかしアルフィーは気にしない。目の前の光景に惹かれ目を離せない。

 そこに自分とその異常な出来事しかないかのような感覚に陥いっているのだ。

 空間に出来た亀裂は広がり肩幅ほどになったところで止まる。

 そこからあるものが姿を現し始めた。


 まず出てきたのは黒い金属製の剣の柄のようなモノ、そして黒い金属の板がそれに続いて姿を現す。

 それは大剣であった。

 しかし大剣とよぶには余りにも厚く幅が広い。

 側面には刃は無く角張っており、対照的に切っ先は白銀に輝き鋭く尖っている。

 刀身には装飾が施され、魔法陣にも似ている図形が描かれ七つの宝珠が埋め込まれている。

 目の前に現れたそれをアルフィーは躊躇いなく掴み取る。

 重い。しかしよく手に馴染む。

 ただただその刀身に目を奪われた。

 周りのどよめきは騒音へとなりつつあるがアルフィーにはもはや聞こえない。

 ガタリと椅子から転げ落ちる音と評議員の震えた声ひとつ除いて。

「か、……がこの世に降臨された

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