創世の言語
じょに
プロローグ
定刻を報せる鐘の音が鳴り響く。スポットライトのように窓から差し込む強い明かりが室内を照らし、その光に照らされた壇上の男は佇んでいた。
基礎魔術論講師のドゥーイ・ベルセロスは、整った目鼻立ちをしているが、自らの容姿に興味が無いと言わんばかりにその黒髪はボサボサ、全身を覆う黒いローブはよれて、処々液体が付着して乾燥したかのように変色している。
また眉間には歳から考えると相応ではないシワがよっている。
ドゥーイはひな壇状に並ぶ机に座した者達が、先程の鐘の音により私語をやめて、こちらに注目するのを確認して軽く頷く。
そして腰に手を当て講義室壇上を物思いに耽るかのように、かつ優雅に歩き回りながら話し始めた。
「まず、魔術師となるべく君たちに、魔術とは何たるかを伝授しなければならない。」
するとおもむろに指を鳴らすかのように手を動かし唱える。
「火よ。」
しかし何も起こらない。
室内に静寂と共に微かに笑い声が漏れるが、それを意に介さずドゥーイは話を続ける。
「このようにただ言葉を発しただけで発動するようなものであれば、私がこの壇上に立つ理由もなくなるという訳だが。」
そこで再びさっきと同じ動作をする。
しかし今度は聞いたこともない言葉を呟いた。
「《火よ》」
するとドゥーイの人差し指と親指の間に微かな炎が揺らめいた。
講義室内が驚きでどよめく。その様を眺め満足そうにドゥーイは続ける。
「魔術とはこのように我々の想起する事象をこの世界へと喚起し、顕現させる業をいうのである。」
先程とはうって変わり、生徒の眼差しが真剣なものとなっているのを肌で感じる。
「さて諸君、魔術を行使する上で最も大切なものはなんだと思うかね?そこの君。」
透すかさず手を挙げた生徒を指す。
「はい。高度な術式を組み立てるための論理的思考力だと考えます」
講師は深く頷きながら答える。
「ふむ。確かに高度な魔術を行使するにおいて、それは必要不可欠な要素ではあるが、もっと根本的なものについて思い当たる者はいないかな?」
そして他の生徒の手が上がる。
「やはり魔術を行使するのには、必要となる魔力量が重要ではないでしょうか。私達が選ばれた理由もそうと聞いておりますから」
「なるほどなるほど。魔力なしでは魔術は行使できないのも事実。しかし、魔力なるものは定義も非常に曖昧で、俗には意志の力であるとも言われている。そして意志というものは、内容の差こそあれ、そこらの犬畜生であれ存在する。ならば今問うてる答えに相応しいとは言い難い」
質問を尽く打ちのめす隙のない講師の返答に、最早答えなんぞないんじゃないかという疑心に生徒の殆どが囚われている中、1人真っ直ぐに手を上げる者がいた。
「ほう。そこの君、答えたまえ」
さも当然の事のようにその少年はハッキリとした口調で答える。
「はい。想像力ではないでしょうか」
講師はやっと答えが出たことに対し肩を竦めながら、しかし答えに至った生徒に対しては賞賛を念を込めて答える。
「その通りだ。魔力を込め呪文を唱え術式を展開する以前に、明確な意思で持って顕現したい事象を想像しなければ、そこに創造はありえないのである。」
語尾を強く話し得意げにニヤリと顔を歪ませるも、張り詰めた空気をほぐそうとする試みは見事に失敗したことを悟り、すぐさま表情を元に戻す。
するとやんちゃそうな少年がイタズラな顔を浮かべながら尋ねる。
「先生!すると妄想力豊かな根暗野郎の方が強力な魔法を行使できるということですか?」
『根暗野郎』と喋ると同時に先程の『想像力』と答えた少年の方をチラリと見ていた。
対して嘲笑の視線を投げかけられた少年も睨み返す。
その様子を訝しげな表情を浮かべながら講師は答える。
「確かに想像力は魔術の出発点であり極めて重要で、想像力がより豊かな方が魔法を行使するにおいて利点であることは前に述べた通りだ。しかし、それだけでは強力な魔術を行使することは適わない無い。誰かわかる者はいるか」
すかさず手を上げる利発そうな女生徒。
「はい。どんなに観想が優れていたとしても、付与する魔力量が必要量に対して不足していれば、不完全な喚起となると思われます」
ほぼ完璧な返答に感嘆の声を上げる。
「素晴らしい!その通りだ。魔術の一連の流れを軽く説明するとだな。」
大きく息を吸い目を閉じ、指はピンと立て文字をなぞるかのように動かしながら、幾度も語り脳裏にこびり付いた内容を諳んじ始める。
「まず顕現したい事象をこと細かくかつ強く想像する。この過程により魔力を想像物に付与することとなり、事象のイメージをより強固にする。このとき我々が魔領域や幽世などと呼んでいる思念の世界に事象が存在することになる。既に君達には先んじて訓練してもらっているのたで知っているだろうが、これらの一連の所作を『観想』と呼んでいる」
チラリと生徒たちの反応を確認し、問題ないことだけ確認すると、息継ぎをしてさらに続ける。
「次にそのイメージを魔領域から我々の現世へと喚起する呪文を唱え、事象を顕現させる。その際イメージに付与した魔力が初めて消費される。そこで顕現した事象を目的に応じ術式によって誘導し行使する。その際の術式は更に魔力を消費し、特定の呪文もしくは魔法陣にて展開する。」
もう生徒たちの様子は見てない。ただ語りに没頭しているようで、どこか悦に入った表情を浮かべてるように見えた。
「このように魔領域の事象を我々の世界に顕現させ魔力でもって導く、故に我々魔術師が魔導師とも呼ばれる所以だ。これらの詳しい内容は実践魔術論のために取っておくこととする。こうして基本的な魔術の流れは完成するというわけである。」
この時、生徒一人一人の様子を伺い理解が行き渡ったことを確認した。
そして更に続けるが、結びに入るのだろう、口調が若干早口になっていた。
「つまりは想像力、付与魔力量、呪文の知識、術式を組み立てる論理的思考力等、全てが揃って初めて魔術は行使できるわけであり、偏ってれば偏ってるほど不完全なものになりかねないわけだ。納得いったかな?」
見渡すとその問いに異を唱えるものはいない様子だった。受け持ったクラスの優秀さに満足を覚え、このまま自らの持つ魔術の真髄を語りつくして聞かせたい衝動に駆られるが、時間が許さないことを思い出し、当初の予定へと軌道修正すべく、深く息を吸い言葉を綴った。
「さぁここからが本題だが、我々魔術師とそうでないものとを隔てるものが存在する。それこそまさに想像を現実へと喚起する"呪文"である」
クライマックスを迎えるかのように語気を強めて語り始める。
「言葉とは力である!内に秘めた力を媒介させる道具である!その中において呪文とは歴代の我々魔術師と呼ばれる者達が、探究し発見し伝承してきた秘伝の術なのであるのだ!それを君たちに一つ伝授して本日の基礎魔術論は終了とする……。道具を準備しなさい」
すると生徒達は予め用意していた羊皮紙1枚を金属の灰皿に置き準備を整える。
「さあ、私のあとに従い唱えなさい。《火よ》!」
「「《火よ》!」」
羊皮紙の端を焦がして終わる者、何度も唱えてやっと燃やし尽くせた者、三回に一回しか発動しない者、例年目にする風景をあとは終わりの鐘が鳴るまで見守るだけとなったドゥーイが漠然と眺める中それは起こった。
ドゥーイは信じられないとばかりに目を見開き、それが起こったある一点に目が釘付けとなる。
眩い閃光が室内全体を走ったのだ。それが起こった教室の一角には、少年が黒焦げとなった机の成れの果ての前に佇んでいた。
驚愕の視線が向けられ、そこを中心として広まる静寂だけが室内を木霊していた。
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