第102話「ルゥナ」

 止せ、クラムぁぁぁぁ!

 その先を見るな───!!


 魔王の絶叫とも悲鳴ともつかない声。


 だが、クラムにはそんなものは最早もはや聞こえていなかった。


 カシュゥ……───と、ヘルメットを外し、

 簡易バイザーに切り替える。


 そう。自分の目で確認するために……。


 カン、カン、カン……!


(いる……)


 鋼鉄製の階段を降りきり──ロボトミー実験棟へ踏み込むと、内部を伺い見る。


 あの子が……。

(……あの子がいる───!!)


 確信をもってクラムが駆け抜ける。

 あの実験棟に、


(ルゥナが……)


    ───ルゥナがいる!!


 その角を曲がれば、すぐ見える。

 あの燻んだ色の扉の向こうに、血の匂いのこびりついた手術室が──────。


 そこにあの子が──……!


「ルゥナ!!!」




 バンッ!!

 もどかしくこじ開けた扉。



 開けた瞬間、ツンと漂う新鮮な血の香り・・・・・・・……。

 そして、臓物臭・・・──────。



「ル───」

「ひっ!」



 そこは……。

 あぁ、そこは───。


 腐敗臭が漂う、まるで屠殺場のような臭いはそのままで、

 古びた器材は、今まで密閉されていたためか、魔王軍のエーベルンシュタットとそれほど違いがある様にも見えない。


 どうやら、魔王軍の使う技術の自動修復機能オートリペアはこうした機械類を万全に保つようにできているらしい。


 おかげで、天井なんかは腐り落ちても、コンピューター類はまだ動くようだし、

 場所によってはライトも一応、く……。



 エーベルンシュタットで見たあの手術室と全く同じそれ・・

 だけど漂うのは、あの手術室にあったクラムの血と切り取られた脳髄ではなく。


 ……なく──。



   …ル



   「ル……ゥ、ナ?」



 腐敗臭に混じる──新鮮な、血の臭い。

 ピチョン、ピチョンとしたたる、血の音。

 床を染め上げる鮮やかな、血の色。


 そこは、


 あぁ、そこは、


 チカチカと点滅するライトに浮かび上がった───血だらけの手術台。



 …………。




 ……。





 血だらけ?



 おい……。



 おい、

 おいおい、


 おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!!


 だ、

 誰だ?


 あの小さな……体は?


(俺はあれ・・を見て、なんといった?)


 昆虫の目のような、手術用の複合ライトが照らす下、


 昆虫のようなギミックをした自動医療機器オートメディックの持つ手足が、血油で不気味に輝き───……。

 鮮血をまとわりつかせて、なお血を滴らせつつ鎮座している。

 

(あれを……、か、彼女を何と呼んだ?)


 嘘だ、ろ……。

 冗談だろ……?!



    「──────ル」



 むせ返るような血臭が立ち込めるそこに、

 彼女はいた・・・・・───。



 白いシーツで覆われた、

 小さな小さな、かーらーだーがー……。




  カーーーラーーーーーダーーーーーーがぁぁ……。



「あ、あああああああああ」



 ジワリとにじみ出た血が、シーツを少しだけ染めている。

 そこに浮かび上がる小さな体の輪郭。


 まだ、まだ幼子のそれ──────……。



 ルゥ……ナ??



「あああああああああああああああああああああああ」



「ル」

「ひ……ひいぃ」


 ドサ、とネリスを腕からズリ落とすクラム。

 エプソのパワーアシストさえ意味をなさぬほどの脱力。


 だが、足は動く。

 だから、クラムは歩く。



 簡易バイザーのなかのウィンドウに表示された魔王の顔が歪む。

 ルゥナの顔をしたまま、醜く顔を歪める。


『ぐぅぅ…………す、すまん───クラム……』


 は?

 何謝ってんだよ?


 意味わかんね?


 だって、そうだろ?

 これ・・があの子のはずが───。



 ギョム……。


 ギョム───。



 ……クラムは近づく。

 

『先に入った時には……既に、』


 クラムは見下ろす。


『……み、見ない方が、ええ。いや、…………見るな、クラム!!!』


 うるせぇ


 ……クラムはひざまづく。


『た、頼む! 見るな! できる限りのことはした! この施設の器材で、なんとか、なんとか───。じゃ、じゃが、できることは、遺体を整え───身ぎれいにしてやるくらいじゃった……!! だから、クラム──────!!』




 見るなぁぁっぁあああああああああああああああああああああ!!





 …………クラムはシーツを剥ぐ。





 その下の…………。



「ああああああ」






 る、










 ───ル、

「ルゥぅぅぅううううううううううううううううナぁぁぁあああああああああああああああああああ!!!!!!」


『ク、』


 ルゥうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううナぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!





 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!




「あああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」




『ッ…………』

『な、なにが……』




 クラムは慟哭する。


 クラムは叫ぶ。

 

 クラムは喚く。


 クラムは伏せる。


 クラムは床を叩く。


 クラムは床を叩く。


 クラムは床を叩く。


 クラムはははっはははっはははははははははははっははっはははっは!!!



「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっははははははははっはは!!!」


 クラム


『よ、よせ……エプソの修復が遅れ───』

『お、叔、父さ───』


 魔王

 リズ


 そして、

「ク、クラム───」



 ……ネリス



「黙れ」





 黙れ。




 黙れよ。




 黙れ───。





 ははははは、



「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっはは!!!!」



 なんのために、


 なんのためにここまで───!



 拳を、

「ぎゃははははははははははははっはは!!!!」



 叩き付けるっ!


『……』『……』「ひぃ!!」



 ズドォォンと、一際大きな音。

 知らず知らずに40mmストレートが炸裂。


 そして、左手───。


 ドカンッ

 12.7mmジャブ───。


「ぎゃああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 ドカン、ドカンッ!


 12.7mmジャブ、12.7mmジャブ


 ドカン、ドカカカカカンッッ!


 12.7mmジャブ、12.7mmジャブ、ジャブ、ジャブジ───……。



「ヴァァアあ゛あ゛あ゛───」


 あ、


 床にクレーターを作り、

「あああ……ははは──……なぁ? なん、だこれ?」


 なぁ、

 ルゥナ───?


 手術台の上の、小さな体を掻き抱く。

 悲しいくらい……。



 軽い。


 

 あ、

「ルゥナぁ……。お、おとーたまだよ」


 それは瞳に何も写さない……まるで人形のようなガラスの目───。


「迎えに来たんだ…………なぁ、そうだろ───」


 それをそっと、閉じてやる。

 シーツの下は裸体だったので可哀想だ。

 だから、シーツで包んでやる。それでも寒いよな……ごめんなルゥナ。



 ごめんなぁ、ルゥナ……。


 ごめ──────……、

 ん、


 ……なぁぁぁぁ?


「───ネリス……」

「ひ、ひぃぃ……」


「なぁぁああ、ネリスぅぅぅぅううう!!」


 魔王たちには見えている。


 簡易バイザーを通して、クラムの表情と……。

 クラムの視界を通じてのネリスの表情を……。


「し、しら、ない……わ、わた───」


 あ゛?


 し,知らない、

 ……知らない?



 しーらーなーいぃぃぃいー……?



 はっ!

 はっっっ!!


「っっ! ははははははははははは……ははははははははははは……HAHAHAHAHAHAHA!!!」



 HAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!!

 アーハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!



『クラム……落ち着け』

「黙れ」


『…………』


 落ち着けだぁ──?

 なぁぁんだって、こぉんな所にルゥナがいるんだ?


 どぉぉぉぅして、ルゥナがここでさばかれてる?



 血を抜くだけにしちゃぁぁあああ、よぉぉおお?

 おかしいよなぁぁ?


 だってよぉー。



 なぁんでだ?


 なんで、無いんだ?



 えぇ?


 おい───??





「なんで、心臓がないんだよぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 おあぁぁぁあああああああああああああ?!

 おっかしいいだろうがよぉぉおおおおお?!


「おら?! 心臓どこやったんだよ……えぇぇぇおい!!!」


 ゴガァァァァァン! と40mmストレートを手術台にブチかまし、自動医療器械オートメディックごとぶっ飛ばす。


「答えろ、くそアマ!! ネリス!! ルゥナのお母さんよぉぉおおおおおおお!!」


 おぁぁあああ?! 

 おおおおぅぅぅうううう?!


「っしししししいししししし知らない、知らないぃぃぃぃ!!」

 ベチャリと、まだまだ乾き切っていないルゥナの血溜まりの中にネリスが倒れる。

 いや、腰が抜けたのか……?


 薄暗いおかげで、──はっきりとクラムの顔が見えないのが幸いか……。


 あの表情───。


 リズですら目を背けるそれ……。


「ほ、ホントに知らない! 知らないのよぉォぉ!!」

 ジワジワと黄色い液体が混ざり、血だまりがオレンジ色に染まっていく床。


「しぃぃらぁぁなぁぁいぃぃだぁぁぁぁ!?」

「きき、クラムぁぁぁ……知らないのぉォぉ!」


「お前は母親だろうぅぅ!! なぁぁぁ、そぉぉぉぅだろぉぉぉ!!」

「知らない! 知らない! 知らない! 知らない! 知らない! 知らない!」


 知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない!


『ク、クラム……。おそらく、これじゃろう……』


 RLCVポチによるハッキングだろうか。

 自動医療機器のデータから抜き出したらしい静止画像。


 横たわる『勇者テンガ』と、ルゥナ───……。

 麻酔ののち……同時に開胸───。



 プログラム及び執刀担当は───X。


 『勇者』の心臓に、ルゥナの───…………。



「な、んだよ───これ、は」

『キメラ手術の応用じゃ。……複数の動物を組み合わせる禁忌───』


「キ、メラ…?」


『……聖女と交われば勇者は更に強くなる。不死身に拍車がかかり……完全無欠じゃて』


 ……それと、


『聖女と交わる方法は、一般的には性交渉じゃろうが……』


 ……なんの、


『ルゥナが幼過ぎた故……外科的に交わった、──そういうことじゃろう』


 ……関係が───、


 ある?


 …………。


「そういうこと? ……そ、う、い、う、こ、と!?」


 そういうことってどういうことだよ?!

 えぇ、おい?!



 ふ、っざけん、なよ───……!



「ふ、不死身で飽き足らず、自分のために!?」

『そうじゃ……』

「ルゥナの……幼子の心臓を抜き取ったってのか!?」


『そうじゃ……!』


 ざ、

「ざっけんなよ……」


 ざっけんなよ……! ふざけるなよッッ!!


 殺す必要が?

 なぁ!!! 殺す必要があったのかよ!?


『…………それほどに死を恐れておるんじゃ、奴は──』


「は……?」

 はぁぁあ!!??


 死を恐れる!? 怖れる!? 畏れるだぁぁ??



 ───不死身のくせにか!?



 だったら、

「だったら───犯せよ!!! 殺すなよ!! ヤれ・・ば良かったんだよ!!」


 殺されるくらいならぁぁぁっぁぁ!!!!!

 殺すくらいならぁぁぁぁぁ!!!!!


『奴なりの倫理か……幼子には食指が動かんかったか……』


 倫理観なんざ知るかぁぁぁっぁぁ!!

 幼くてもルゥナはルゥナだぁぁぁ!!


「うおおおおああああああああああああああああああああああああ!!!!!」








 もういい。



 ───ぶっ殺す

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