第77話「スカイラウンジ」

 コツコツ。

 ペタペタ。


 カラカラカラー……。


 ツルンとした壁に、張り巡らせれた照明。

 所々消火器に非常灯まである。


 クラムの目からは慣れた光景だが───。


「お、叔父さん……。こ、ここってお城?」

 リズの何気ない質問にクラムはどう答えようか迷う。


 クラムは3ヶ月の戦闘訓練の間に、魔王軍についても学び───全てではないにしてもその概要を理解した。


 それは、科学というもので、魔術や魔法とは全く異なる技術体系のものらしい。

 しかし、ほとんどが魔法のような奇跡の産物であった。


 魔王軍のいう科学。


 それは、嘘か本当か……映像を見せられた時に、宇宙空間というものの存在を初めて知った。


 そしてそれらを渡る巨大な船。


 そして、その船よりも遥かに劣る技術だと言われたが、それでも驚異の産物である飛行機やヘリコプター等々。


 魔王軍は自在に空を飛ぶ機械に、

 海の底を征く船までもっているそうだ。


 しかし、一見驚異的な物に見えても、制限だらけで「軍」と「民間」では技術力に雲泥の差があるのだとか?


 「軍」は極端に技術の流失を嫌っているらしく、「民間」で軍の技術を使っていたり、勝手に解析した場合はすぐに摘発されるらしい。正直スケールがでかすぎてクラムには、サッパリ理解できなかった。


 それはさておき。


 軍の縛りは厳しいが、その代わりに古いものは、予算獲得のためにジャンジャン放出しているらしい。


 もちろん、軍から民間に払い下げられる場合は、軍艦や戦闘機は非武装にして、輸送用途やスポーツ用として売り出すらしい。


 だが、元々が軍ですら古すぎて使い物にならない上、カビ臭く誰でも手にできる技術ばかりなので、その後の用途にはテンで興味がないらしい。


 3世代くらい前の宇宙戦闘機に再武装を施した物を装備した海賊がいても、軍は知らぬ存ぜぬ。 

 「あ、命令があれば撃墜しますよ?」くらいのスタンスだとか。


 そして、武装なのだが……これもまた払い下げられるらしい。


 当然ながら型落ちも型落ちで、品質保持期間は過ぎているのは当然として、整備も不十分なまま───鉄屑としての売却や、火薬や爆薬もリサイクル用途として売り払うらしい。


 物騒極まりないが、「軍」には旧式の装備で攻めてこられても、簡単に弾き返せるほどの戦力と最新装備があるため、あまり気にしていないそうだ。


 で、今クラム達が乗っているこの……航空機というか──船と言うか……。

 巨体な代物───空中空母というらしいが、これもまた元は軍用──機らしい。


 まぁ分類的には飛行機になるとか?


 空中空母なんて仰々ぎょうぎょうしく呼ばれているが、既存の戦闘機を発信できる能力はないので、主に小型の無人機やVTOLやヘリなどの運用するくらい。


 それでも十分すごいが……。


 これでも、軍の最新鋭の装備はそのレベルではないとか?

 ったく、本物の軍隊は……どんだけ凄いんだよ、って話だ。


「───叔父さん?」

 答えに困っているクラムを見て不安そうに声を掛けるリズ。

「ん……いや、城じゃなくてだな。───飛行機っていう乗り物なんだが……」


 飛行機なんてものは、クラム達がいる世界にはない。


 精々せいぜい巨鳥ガルダドラゴンくらいの巨大生物が空を飛ぶことはあっても、それを利用した『飛行』というものは、伝説のお話しくらいで───空を駈るなんて技術は、まだまだ実現できていなかった。


 ましてや、機械が飛ぶなんて……多分想像の埒外らちがいだろう。


「ま。現物を見たほうが早いか……リズ、こっちに───」

 手を取り優しく導く。


 すれ違う職員はほとんどおらず、まるで貸し切りのような状態だ。


 機械化が進んだ結果、巨大な空中空母といえども職員は最低限でいいらしい。


 陸戦隊を積んで本格的な運用をする場合はもっと大所帯になるらしいが、本来の空中空母として運用する分には、メンテナンスと運行にたずさわる人間だけでいいらしい。


 まったく機械ってのは凄い。


 そうして、機内を歩き一番下───空中空母の腹に当たる部分に行くと、そこにリズを導く。


 そこは、本来なら空中偵察を実施する場所であったらしく、腹の底が透明な強化ガラスで覆われている場所だった。


 一応、この機にも空中偵察の能力はあるが、ここまでの規模で偵察室を使うまでもなく、機外に取り付けた器材を使うだけで十分に機能していた。


 そのため、この偵察室は現在ラウンジとして開放されている。


 少なくない職員がここでくつろいでいるが、皆小さな箱を手に何やら指の動きだけで忙しそうだ。


 わりと最近知ったが、……スマホと言うらしい。


 幾人かこちらに気付いてリズをみるが、ニッコリと笑うのみで敵意など欠片かけらもない。


 クラムも適当に挨拶を返すと、リズを連れて歩く。


「ほら。見てみろ──────空だ」

「ふわぁぁぁぁぁ……」


 リズが驚いた顔で、しゃがみ込むとガラスに張り付き下を見る。


 巡航速度で飛んでいても高度が高いので、景色の流れは実にゆっくりだった。


「と、飛んでるの? これ……お空!?」


 目を丸くして驚いている。

 ここに来るまでにVTOL垂直離陸機に乗ってきたはずだが、多分朦朧もうろうとしていたのだろう。

 

「あぁ、空中空母っていう……デッカイ機械仕掛けの、まぁドラゴンみたいなもんだ」


 ドラゴン……と、リズは口の中でその魔物の名前を転がしている。


「本当に『魔王』軍なんだね……」

 そうだったな。

 ……子供の頃、みんな聞かされる御伽噺おとぎばなし


 悪いことをすると、ドラゴンを連れた魔王に食べられてしまうぞ──と言うもの。


 この際、どれだけドラゴンや魔王を怖く語れるかが大人の腕の見せ所だ。


 クラムの亡き父親は実にうまかった。

 ……反対に、シャラは下手くそだったな、と。


 義母さんシャラ……──。


「叔父さんの、ドラゴンのお話しを思い出しちゃった……」


 リズが懐かしそうに目を細める。


 そう言えば、リズを寝かしつけたこともあったなーと思い出す。

 ミナ一人では大変だろうと子守を買って出るなど日常茶飯事だった。


 …………あの頃から、色んなことが変わってしまった。


 しみじみと思い出しつつも、クラムはラウンジの一角にあるカウンターに行き、軽食を注文する。


 「はいよ」と言って差しだされた軽食を受け取り、代金を払うと、未だ床に張り付いているリズを呼び寄せる。


 近くの椅子に腰かけると、リズがキョロキョロとしている。


「どうかしたのか?」

「なんだろう。なんだか音楽が聞こえる?」


 あー……店内に流れる音楽が気になったのか。


 まぁ、歌を歌う人もいないし、楽器を持っている者もいないのに、どこからともなく流れてくるんだもんな。

 不思議だろうさ。


「音楽が珍しいか?」

「う、うん……」


 変かな? と上目遣いにクラムを見てくるリズ……可愛いなちくしょう!


 あとで、いくらでも聴かせてやるわい!

 

「───ほら、腹減ってるだろ?」


 皿に乗ったベーコンレタスチーズバーガーを差し出す。

 そこに、ポテトとドリンクとナゲット、そしてミニサラダの付いたセットもつけてやる。


 ちなみにクラムは、ホットドックとポテトサラダ、それに黒ビールだ。


 ポテトサラダは、リズが欲しがった時用に、余分に皿を貰っていた。


「い、いいの?」


 不安そうに聞く。

 きっと許可なく食べれるような環境にいなかったのだろう。

 知らない空間であることも彼女を不安にさせているに違いない。


「いいに決まってんだろ。ほら」


 ナゲットにバーベキューソースをつけて、安いプラ製のフォークに突き刺して握らせた。


「う、うん……あむ───……っ!!??」


 恐る恐る口に運んだナゲット…モグモグと二、三度咀嚼そしゃくすると目を大きく見開く。



「ぉぉ……ぉぃひぃ!!」



 パクンとあっという間に一口!!


 そしてもう一つは、ソースも付けずにパクン!


「マスタードとケチャップも旨いぞ、ほら」


 今度はクラムが、たっぷりとマスタードとケチャップを付けて口に運んでやる。


「!? おいしい!」


 だろ?

 ふふふ……。たくさん食えよ。


 ホッコリとした気分で、クラムもホットドックにかぶり付く。


 バゲットを半分に割り、そこにでた大きなソーセージを一つ挿み、コショウを一振り……──如何にも旨そうなソレ。


 ガブりと噛みつくと、口の中てプリっ! と弾けるソーセージ。


 モキュモキュ、プリ、ポリ……うんまッ!


 一口目はあっさりとしたそれ。

 二口目は、トッピングのタマネギをスプーンですくって掛ける。


 ホカホカのソーセージの上を滑り、バゲットの間に溶け込んでいくタマネギを口で捉えてガブリ!


 プリ、パキ……うまい!


 ソーセージの肉の甘さに、タマネギの辛さと甘味がマッチする。

 さらに、生野菜特有の香りが突き抜けてあっさりとした風味を生み出す。


 旨し!


 そして、幾分短くなったそれに、ケチャップ&マスタードを───プリュリュリュリュリュ……と回しかけていく。


 それを纏めて口の中にポイす。


 ……むっちゃむっちゃ!

 ──ポリポキ……旨っ!!!


 やばい。ソーセージとケチャップ&マスタードって、最高の組み合わせでは!?

 

 っとリズはと言えば、もう遠慮していない。

 ナゲットを食べきると、今度は大きくあけた口でバーガーに噛り付いている。


 流石に大きすぎたのか、齧った拍子に中からソースがデローンとはみ出てリズの手を汚す。


 それをペロペロと舐めとる姪っ子。

 ……うむ、バリ可愛い!


 行儀の悪さをとがめられると思ったのか、目が合った瞬間リズが顔を赤くする。


 あー……昔は、な。


 あの家にいた頃は気にしていたし…気を付けるべきところだろう。


 だけど、……囚人兵に堕ち───リズも、奴隷や玩具を経験し……。


 こうして再会した。

 家族として……。


 ならば、しつけについて一言言うのも家族というものかもしれないが……、


「旨いか?」

「うん!」


 いいじゃないか。リズの好きなように食べれば───。


 この子はバカじゃない。

 ダメだと思ったら自分で直すさ。


 俺が……、今さらどんな顔をして保護者面をする?


 リズを奪われて、何ヶ月も経ってから取り返した。


 あの日───魔王軍の爆撃に曝された時から、俺は一度……リズを見捨てているんだ。

 

 強くなるために………。


 『勇者』への復讐を優先するために──俺は魔王軍にくだった。


 だから、俺にはリズの保護者たる資格はない……。


 あるのは、クラムという叔父であった──器をリズに差し出すだけだ。


 俺の全てはこの子にやる。

 ……そう決めた。ただし、たった一つだけ───……「復讐」を除いて、だ。


 とくに注意されないことに、リズも機嫌をよくしたのか、今度は行儀よく食べ始める。


 サラダをフォークで突いてパリパリと心地よい音を立てている。


 旨いだろうな。


 クラムもビールを煽りつつ、ポテトサラダにコショウを掛けてチマチマとつまむ。


 うむ。

 外れの無い味。旨い。


「これも食いたければ食えよ」


 空いた皿に、ポテトサラダを映してやると、心底嬉しそうにパクパクと健啖さを見せて食べる。


 あっという間に平らげると、ナゲットに使ったソースの余りでポテトを順繰りに楽しんでいた。


 うーむ、通な食べ方をしやがる。


 やはり、子供故適応力が高いのだろうか。


 が、


 ジュゾゾゾゾゾとコーラをすすり───ケフ、ケフッ! と、むせた。


「あーすまん! 炭酸は初めてだよな」


 ゲホゲホと咳き込んではいるが、それほど心配することでもないだろう。

 初めて飲んだ炭酸の刺激に驚いているのだ。


「ケフ……あ、泡が出た……」

 そりゃそうだ。


「毒じゃない。そういうもんだと思って飲んでみな。口の中にためると滲みるかもしれないから、喉ごしを楽しむ感じで飲むんだ」


 こうやってな。と黒ビールをグビリグビリと煽る。

 なるほど、黒ビールもコーラに見た目は似ている。


 リズも恐る恐るストローでチュウチュウと吸い。コクリと喉に流し込む。

 小さなおとがいうごめき、何故か妙になまめかしかった。


「どうだ?」

 じっと、味を楽しむかのように瞑目するリズ。


「…………ん~」


 パチリ、

「───美味しい! すっごく甘い!!」

 パァァァと……花が咲くとでも言うのだろうか。見ていて眩しくなる笑顔だ。


 こっちが何故か恥ずかしくなる。

「お、おう。よかったな……」


 と、ここで急にリズが怯えた顔になる。

 ん、なんだ??



 ふと気配を感じると───。



「ぬぉ! な、なんだよ?」

 いつの間にか、周囲にはラウンジにいて休憩していたはずの職員が集まっていた。

 とはいえ、別に危険な気配はない。


 みんな終始ニコニコ顔で───、


「クラムさんの姪御さんかい? 噂の……」

「そ、そうだが……。あーリズ、だ」

 リズは小さくなってクラムの腕にすがりつき隠れている。


 大丈夫だ……。


「ほら、リズ」

 ポンポンと優しく撫でると恐る恐る顔を出す。


「ん……」

 ツン、とうながしてやると───、


「り、リズ───リズ・エンバニアです。よろしくお願いします」


 ペコリと頭だけで会釈。


「可愛い姪御さんね!」

 目を輝かせた女性職員が、「はい」といって渡してきたのは、ハチミツたっぷりのホットケーキだ。


「いやー……小さい子は可愛いもんだ」

 ははははは、と言いつつ中年くらいのオッサンが、リズの頭を勝手にナデリコナデリコ───おいロリコン!


 「これ食べな」と言って差し出してきたのは、チリソース付きのチップス。


「じゃ、お兄さんはこれだな」

 と言って武装隊員の一人は、鰹節の香りがたまらないタコヤキだ。


「じゃ、これ!」「これもな!」「食べな食べな」「飲み物いるかい?」「酒は───」

「酒はやめい!」

 とクラムは突っ込みつつ、リズの前にはさまざまなジャンクフードが山積みに……。


「え? え? え?」


 ニッコニコとして、さっさと去っていく職員たち。休憩時間が終わったのだろうか。

 急に閑散としたラウンジに軽食の臭いが立ち込めていた。


「ば、晩餐会とか?」


 リズが的外れなことを言う。

 んなわけがない。単にリズが可愛すぎるのだ。



「あー……無理して食わなくていいぞ?」

「ううん、食べる」




 ぱくっ!








 おいひぃぃぃ───!!

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