第71話「怨敵追撃」

 ここに至っても、近衛兵団は瓦解しない。


 かなり士気は低下しているだろうに、残存する騎兵と歩兵は未だイッパの命令をよく聞いている。


 そして、魔法兵ごと殺された兵も多数いたが、主力が健在の歩兵達はイッパの命令を忠実に守り、遅滞行動に移り始めた。


『おいおい…味方を見捨ててどこに行く気だ?』


 見れば、イッパは馬首を巡らせて一目散に後方地域へと駆けていくではないか。


 歩兵たちにも、その姿が見えているだろうに……。

 しかし、近衛兵には動揺はない。


 魔法兵が無残にやられたことに驚きこそあれ、イッパが指示を出せばこの通りだ。


 何度かの戦いを経て、近衛兵たちもクラムとの戦いを学習しつつあるようだ。

 いくつかのグループに別れて、クラムを半包囲にかかる。それを指揮するのは、騎馬にまたがっている将校だろうか。

 歩兵達に指示を与えて、むやみな突撃を控えさせている。


「───ひるむな! 団長が来るまでもちこたえろ!」


 さっきから、装甲をカンカンと叩いているのは矢による遠距離射撃。


 バイザー内の画面には狙撃手の方向をアラームで教えてくれているが、その数はやたらと多い。


 当たったところで全くの無傷だが、

 気分的には、よろしくないのが本音だ。


『ちい……! 密集してくれれば楽だが』


 ビュワン!!

 ビュワン!!


 対狙撃射撃カウンタースナイプで敵の弓手アーチャーを仕留めていくが、レーザーライフルでちまちま攻撃するのは、鶏相手に牛刀を持ち出すようなものだ。


 オーバーキルなのは当然のこと。

 ……単純にエネルギーがもったいない。


 歩兵駆除に向いていそうな重機関銃の冷却は、未だ終わらず。

 外装固定武装に至っても、弾に余裕があるわけではない。


 ポチには予備弾倉も積まれているが、クラムが高速で戦場に飛び出したため、ポチは遥か後方を追従中だ。


『───ちぃぃ! 邪魔くせぇ連中だ』

 ポイすと主武装を格納すると、左右の手に副武装を持ち帰る。


 右手にガバメント改。

 左手にハンドレールガンを装備すると、キュィィィィ──と、対人レーダーの感覚を上げて武装とリンクさせる。


 20mm対空砲の射撃時にも使用した、エプソMK-2に組み込まれたロックオンシステム。

 副武装の射程は短いが、敵との距離はさほど離れていないのでギリギリ射程距離だ。


 これなら、レーダー内の敵をロックオンして、コンピューター制御射撃に切り替えたほうが効率的だろう。


 ピピピピピピピピ───と、レーダー内にいる近衛兵団の歩兵が次々にロックオン表示に囚われていく。


 装弾数の限界までロックオンをすると、


『まとめて消し飛べぇ!!」』


 右手のガバメント改と、左手のレールガンが火を噴く。


 ちなみにレールガンは、電磁射撃のため火は出なかったりするが───。


 パパパパパパパパパパパッパパパパ!

 キュバキュバ、キュバババキュ──!


「「ぎゃぁぁああああ!!」」


 エプソのモーターが唸りを上げて、クラムの腕を包む外骨格部分を動かしていく。


 ロックオンシステムを使った場合、射撃の姿勢は、ほぼ全てがオートで行われるため、クラムからすれば無理やり体を動かされているに等しい。


 真後ろへの振り向きなどの、人体に深刻な影響を及ぼす以外の動きは、全てエプソに内蔵された機械によるものだ。


 恐ろしい勢いで弾丸が発射されていき、流れるような動作で予備の弾倉を取り出す。


 そして、再びロックオン!


 ───連続する射撃音のたびに、近衛兵団の命が刈り取られていく。


 もはや、まともに抵抗できるはずもないが、彼らは勇敢だった。


「敵が動きを止めたぞ! 畳み掛けろ!」

「「「突っ込めぇぇぇえ!!!」」」


 うおおおおおおおおおおおおおおお!!


 未だに数の有利があると信じているのか、弓矢に投げ槍にと、徹底して遠距離攻撃を仕掛け、クラムに打撃を与え続ける。


 その間にも、分散と攪乱行動のため、動きは止めない。


「か、かたまるな! 散れっ、散れぇえ!」

「一人より、五人の方が狙われるぞ、散れ」


 なるほど、優秀だ。


 クラムも、撃ちまくってはいるものの所詮は拳銃だ。

 しかも、一人で撃ちまくったところで、そう簡単に大部隊を殲滅できるはずもなく、その間にイッパの姿が兵の中に埋もれて見えなくなる。


 一応、無人機や空中空母の監視の目を借りてマーキングしているので逃げ切ることはできないだろうが──……。


 怨敵を三度も逃がしたとなれば、気分はよろしくない。

 そう、とてもよろしくない・・・・・・

 

『邪魔だ、どけ!』

 近衛兵どもを薙ぎ倒していくクラム。

『おうおうおう……。無理するでないぞ? ほれほれこっちから支援砲撃するかの?』


 ……………………く!

 やむを得んか!


 

『頼む!』

『カッカッカ、嫌か? 強情を張るで……──ん? 今なんと?』

 当たり前のようにクラムが突っぱねると思っていた魔王は、驚いて間抜けな表情で聞き返してきた。


『頼むと言った!───めんどくせえから吹っ飛ばしてくれ!』


 クラムをして自分勝手だと思う。

 全部自分の獲物だと言っておきながら、このていたらくだ。


 だが、数が多すぎる上に、対策を立てられたら面倒なことこの上ない。


 おまけに討つべき敵、イッパに逃げられでもしたら───!!


『了解した! ふひひひ……腕が鳴るのぉ』


 ペロリと舌なめずりする魔王。

 顔はルゥナのものなので──できればはしたない・・・・・真似はしてほしくないが……言っても詮無き事。


『おっと、お前さんの目標は、その先の天幕におる。何か奥の手があるようじゃな』


 ……は!


『どんな手でもドンときやがれ!───やってくれ!』


 『あいよー!』と、魔王の気の抜けるような声に乗って───……ズドォォン! ズドォォン! 155mm榴弾砲が上空から激しい射撃音を響かせる。


 さらに、ゴォォォォォォォッォォォ───と長大な炎を引きつつ何十発ものミサイルが降り注いできた。


『はっはっは! 大盤振る舞いだな、魔王ぉぉぉ!』


『まだまだ序の口よ、序の口ぃぃ。その気になれば、沖合いの潜水艦からも支援砲撃できるからのー? 遠慮はするなよ』


 ふ……冗談キツイぜ。

 アンタら本当に『勇者』を倒せないのか?

 どうみてもエプソMK-2よりも、火力はあるだろうに───。


『何か良からぬことを考えておるのかの? 

っと、それよりも、そろそろ敵さんも動き出すぞ』


 ビービービー!


 バイザー内ではミサイル接近警報がひっきりなしに鳴り響いている。


 当然、味方のミサイルだが、これほど高密度に発射されるとレーダーも飽和状態になり、至近弾を恐れて早く回避しろ! とやかましくうながしてくる。


『了解した! イッパを追う!』

『カッカッカ! けい!──クラム』


 おうよ! と答えるクラムの眼前……バイザー内にルートが表示される。


 降り注ぐ重榴弾に混じり、対戦車ミサイルの雨───その直撃コースと危害半径を勘案した安全なルートが、空中空母の管制を通してエプソMK-2に送信されているのだ。


 完全に信用しきったクラムは、全力でそのルートを駆ける。


 武装を変更───両手に近接装備である高振動刀とヒートナイフを構えると、

 進路を妨害している近衛兵たちを切り裂き、押し倒し、弾き飛ばしながらロケット推進でぶっ飛んでいく。



『───どぉぉぉぉけぇぇぇぇぇぇ!!』



 キュィィィィィン! とロケットモーターが唸りを上げて、人体では考えるべくもない高速を生む。


 一歩一歩と跳ねるように足を着くたびに、自重が地面に小さなクレーターを生むが、勢いは全く衰えない。


 ヒュルルルルルルル…………!!


 駆け抜けるたびに背後にミサイルと重榴弾が降り注ぎ、爆裂し地獄を生み出していく。

 

 ズガン! ドガン! ボンッ!


 着弾し、吹き上がる炎の柱!!


 それはまるで、火山!!

 火山、火山、火山! 火山の如し!


 燃え盛る大地と、

 巻き上がる焼けた土、

 真っ赤に溶けた破片、


 そこにある破壊の嵐は、クラムとて安全ではない!

 時には目の前に砲弾が落下して、ギリギリのところを破片が掠めていく。


 周囲は───、

 そう、周囲は阿鼻叫喚の地獄!


 いやその言葉すら生ぬるい。

 もはや、この世の光景とは思えぬ死後の世界だ。


 巻き上がる臓物に兵の死体と生体。

 グッチャグチャに潰れた体から新鮮な血が吹き出し、目とか脳とかはらわたとかぁぁぁぁぁ!

 もうワケのわからないナニカ。元は人間の一部だったものが、無茶苦茶に巻き散らかされ半生に焦げてぶちまけられている。


 そこを駆け抜けてクラムはイッパを追う。



『イぃぃぃぃぃぃぃっパぁぁぁぁぁぁぁ!』



 奴がこもったと思しき天幕に狙いをつけると、冷却の終わった重機関銃を取り出し構える。

 そしてもう片方の手には、レーザライフルだ。

 近接装備は一挙動で格納済み───!


『……あとはテメェぇ、だけだ!』


 おらぁぁぁ! と気合のこもった蛮声でイッパを撃ち抜こうとするも───。『む!? 生体反応──……こ、これは、』

 しかし、それをとどめる様に魔王から至急の通信が入る。


『ま、待てクラム!!』


 ち、うるさい……!

 今はイッパを仕留───








 ───さん?

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