第26話「そこは煉獄」

 ──────よみがえる記憶……。


 彼女の掛ける甘い声は、俺だけのものだったはず。


 …………。


 ……。


 ───……ッ!!


「……おはよ」

 ポッと顔を染めたネリスはいつもの如く美しく可憐だ。

 これが俺の嫁なんだから、嬉しくないわけがない。


 そして、お互一糸纏わぬ姿であることに気付くと、ネリスは更に顔を染める。

 その仕草は一々初々しく可愛い。


「あ、あの先に行ってて……」

 ボンっと、顔を真っ赤にしながらシーツで体を覆い隠すネリス。


「うん……わかった、義母さんの食事の手伝いをしてくる……コーヒー飲むよな?」

「うん!」


 パァっと花が咲くような笑み。


 ……花のような。


 華の様な。


 ハナノヨウナ……。



 &%’&’#$#な……。



 ──────。


 ───。




 ※ ※




 それが……!?


 ……ああ?!


 ……ああああああ?!



「───とどめだぞ、ネリぃぃぃぃス」


「あぁ? テンガぁぁぁっっ?」





 ネ・リ・ス───だと…………?




 ……。


 ねりす。


 ねりす。


 Nerisu。




 …………ネリス!!??




 ……クラムの人生が終わったあの日。

 ネリスを組み敷く男と───……組み敷かれるネリスの姿とぉぉぉぉあああ?


 ええあああああああおおおあああ????


 その二つの光景がフラッシュバックし……。


 テンガ?

 テンガぁぁ??


 と、ねっとりとした肉欲の混じる声を出しているソノオンナノコエが……?


 ソノ──オンナガ……?


 あー……。


 その先の「女」がネリスだと確信し、クラムは──ジャラリジャラリと足枷を鳴らしながら『勇者』の寝所に近づいていく。


 ……


 だが、この時点でクラムは目的を達成していた。


 情報の収集、

 真偽の確認、


 今日の……あの酷い戦いの前に見た人影。あれが、誰であったのか……!


 その確認はもう終わったと言えるだろう。


 だって、

 だってそうだろ??


 お、俺が彼女の声を忘れるはずがない! 間違えるはずがないッッ!


 ない。


 ない。


 ないんだ。




 なにもない、




 もう、



 なにも残っていない。








 ッ、───叔父さん、


 ……叔父さん!







 ふと───、リズの声が耳を打った気がした。

 でも、そんなはずはない。


 リズは「叔父ちゃん」って、言うはずだし……今のリズはろくに話せない。

 それよりも、もう……何を信じればいいんだ?

 

 無罪を勝ち取ればと……。

 「特赦とくしゃ」を得ればと……。


 家に帰れば……と───。




 全部元通りで───!!!!!




 みんなで一緒に暮らす。

 もう一度あの平和な日々に戻れると───……。


 あの日に……か・え・れ・る──と、そう思っていた!!!!




 だけど!!!!!




 チャリ、チャリ、チャリと、鎖の音を立ててクラムは歩く。


 『勇者』の寝所には入り口にさえ番兵はいない。

 無防備そのものだ。


 響く金属音に気付く者もいない。


 最強の『勇者』様とやらは、ネリス・・・に夢中だ。

 ネリス・・・はテンガに夢中だ。




 ふ……。


 ネリス……。

 ネリス、ネリス、ネリス……。


 ネぇぇリス──!!


 ネ……───は、はは……!!


 ははははははははははははははははははははは!!!!






 ネぇぇぇぇリぃぃぃぃぃぃスぅぅ!!!





 いるんだろ?

 ここにいるんだろ?

 会いたい、

 会いたい、

 会いたい、

 会いたかった。




 会いたかったぞぉぉぉぉ!!

 ネリぃぃぃぃス!!!




 ずっと、

 ずっと、

 ずっと、

 ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと、




 ずぅぅぅぅっと、




 君を想っていた。

 家族と思っていた。


 皆を想っていた。


 義母さんも、

 ミナも、

 リズも、

 ルゥナも、


 家族みんなのことを、想っていた!!




 だからさ、……今も想っているぞぉぉぉぉぉ!!!

 ネリぃぃぃぃいいス!!



 さぁ帰ろう!

 皆と帰ろう?


 ネリス……迎えに来たよ!



 チャリ、チャリ、チャリ……。



 こんなところにいちゃいけない。

 こんなところ……。




 こんな…………?───あ?!




 ああ!?

 そうか、そうか、


 そうだよ!!



 そうだそうだそうだそうだそうだ───!

 ソウダソウダ、ソウダヨナ──……!!!



 姿を見るまで……もしかしたらネリスじゃないかもしれない。

 ははは──。


 その時は、覗いてしまった人に謝るよ。


 でも、ネリスならさ…………帰ろう?

 な?


 それとも……あれかな?


 また……。

 また『勇者』に無理矢理犯されているんならさ……。



 今度は、

 今度こそ・・・・はぶち殺してやるよ……!


 今度こそは、な!



 チャリ、チャリ、チャリ……!






 ───叔父さん!!





 また、リズの幻聴が聞こえる……。

 まるでそっちへ行くなと言っているかのように聞こえる───。




 リズ……ゴメンな。

 大丈夫───。


 すぐ戻るから!

 今さ……。

 お前のこと、考えられないんだ。


 だって、ネリスがいるんだ。……この布をめくった先に───!!



「あああああ? テンガぁ?」

「いいぞネリス! ……ん?」


 ふと、『勇者』の声のトーンが変わる。


「あん? テンガ? ……どうしたの? ……何か音が」

「……鎖の音か? なんだ? おい、近衛兵ロイヤルガード!! 近づくなって言ってんだろが、いつもよぉ!」


 「ったく、覗き野郎が……」と、テンガが忌々しそうにつぶやく。

 そして、その声がぶつけられた先にいたクラム……──彼は、天幕の薄布をゆっくりとまくる。

 


 今なら十分に逃げられただろう……。

 そのチャンスは十二分にあった。



 だが、


 ネリス……。

 君は……そこに……?



 …………。


 ……。



 二重になった入り口の最後の最期の一枚をまくる。


「おい、近衛兵ロイヤルガード! 誰が勝手に──」


 めくった垂れ幕の先──。


 一糸まとわず抱き合い、じゃれ合いながら絡み合う男女がそこに──。


 『勇者テンガ』と……。


「ネリス……──」


 …………。


 ……。



「………………くらむ……?」


 ネリスが、













 そこにいた。

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