第7話「その汚ぇケツを!」

 あの日の朝を迎え──。


 全てが狂った日のその瞬間がやってきた。

 それは夕方のことだったか……。確か夕方だ。

 クラムは帰宅し、鍛冶の仕事でヘトヘトになって家の扉をあけた時のこと────。


「ただいま~……」


 クタクタになったクラムは声にも張りがなく、いかにも疲れた声で帰宅を報告。

 慣れない鍛冶の仕事は体力を消耗するから、致し方なし。


 その日は仕事が早く終わったため、いつもより上がり・・・が早く、まだ夕食というには随分と早い時間帯だった。

 この時間帯なら、シャラは買い物でいないだろうが、内職をしているネリスはいると思う。


 疲れ切った体をネリスに癒してもらおうと、つい早足になる。

 美しく可愛い嫁さんと過ごす夕暮れを思い……意図せず顔が緩んだクラム。



 早く、ネリスの顔が見たい。

 彼女に頼んで、絞った果汁を冷えた井戸水で割ったフレーバージュースを作ってもらおう。

 そいつを……グイっとあおるんだ。



 ……──なぁぁんて、考えていた。

 いたんだ。


「────あれ? 誰もいないのかな」


 小さな家のこと。

 いくら疲れていたからと言って、クラムの「ただいま」が聞こえない者などいないはずだが……?


 玄関をくぐり、リビングへ。しかし、予想通りシャラの姿はなく。

 ミナとリズもまだ仕事のようだ。


 ルゥナは……?



 ────いた。



 だが、クラムを見ても目はうつろ。

 見たこともない恐怖の表情を浮かべている。


 ??


「ルゥナ?」

 パッと顔をあげたルゥナが無言でクラムにしがみ付く。


「どうした? お母さんは?」

「あ、あかーたま…あぅあ」


 ガタガタと震えるルゥナ。

 小さな指で寝室を指さす。

 クラム達のそれだ。


「え? ……寝てるのか? こんな時間に? まさか……病気か!?」 


 こんな時間に寝室にいるとは、ちょっと普通じゃない。

 生活道具のほとんどはリビング周りに集約しているのだ。


 それに……この、ルゥナのおびえよう。


 まさか、

 まさか、まさか───。


 ネリスに何か!?


「ネリスッ!」


 ──ネリぃぃぃぃス!!


 慌てて、寝室に走るクラム。

 それを一瞬だけとは言え、ルゥナが引き留めようとしたが、クラムは手を振り払い。一足飛びに駆け抜ける。


 さして、広くもない家。

 短い廊下……!!


 あっという間だ。


 ダッダッダッダッダッダン!!!



 ──……ネリス!



 ドアを…………開け──!


「おらぁああ! さっさと飲めよぉぉお!」


 ……人の声がした。

 ネリスと──────。







「ネリス!」───バン!!!






 勢いよくドアを開ける。

 

 そこには……。

 ベッドに横たわるネリスと───……。







 え??


 は?






 半裸に剥かれたネリスを組み敷く男が一人──。


 ──ああ♡

 と、声を上げるネリスを強引に組み敷いている。


 ……。


 一瞬頭が真っ白になる。



 …………な、何が起こっている?


 は?

 ネリスが、


 は?

 誰だコイツ?


 は?

 え? あ?


 は?

 はぁぁっぁ????


「ッ……誰だテメェ!!」

 言うが早いが、一足飛びに躍りかかる。


「うおぉ!?」

 驚きの表情を上げるも、その直前まで愉悦に浸っていたクソ野郎の──その顔………覚えた!!


 そして、二度と必要ない──クソ情報だ!

 そりゃあ、当然───……。







 ぶっ殺す!!!!!







 全力で、

 容赦も、

 情けもなく、


 許しなど与える隙もなく、


 思いッッッッッきり!

 そのケツを………小汚いケツ・・・・・を蹴り上げてやった。


「死ねぇ! クソ野郎がぁぁァァ!!」


 スッパーン!!

 ──とばかりに、思いっきりなッ!!


 「うぎゃぁぁ!!」という男の声を聞くと、

 「キャアァァ!」と、ネリスの悲鳴もそこに混じる。


 ドロドロに汚されたネリス。

 クラムの愛妻ッ!


 ふっざけんなよ!!


 なんだテメェ、

 なんだテメェ!


 ふざけんな!

 フザケンナ!


 ふっざけんじゃねぇぇぇ!


 おぅら、

 死ね死ね死ね死ね死ね!!!



 一度、二度、三度……何度も何度も何度も───!!



 蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る!


 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も!

 ナンドモナンドモナンドモぉぉぉぉぉおおおお!



 おぁぁぁぁっぁぁ!!!!



 またがっていたネリスから転がり落ちるその男を足蹴あしげにする。


 まだだ、

 このボケぇぇ!


 腹ぁぁ、肩ぁぁ、腹ぁぁ、

 腕、足、顔、頭、


 おぁあああああ!!!!


 まない打撃に、その男が体を丸めてカメになる。


 ……そんなんで許すかよ、このガキィィィィ!!!

 うがぁぁぁぁぁ!!



 まだまだぁぁぁ!!



 頭、背中、頭、背中、


 頭、肩、肩、頭、頭ぁぁぁっぁぁ、


 頭、頭、頭、顔、顔ぁぁぁあああああああああああああぁぁぁ背中、背中、背中、背中、背中、背中、背中背中背中背中背中背中背中背中背中背中背中背中背中背中背中背中背中背中背中背中背中背中背中!!!


 がぁぁぁぁぁ!!


 叫ぶクラムと、耳を塞ぎシーツで体を隠しているネリス───!


 そして、


「いってぇぇな……」

 いててて、と──あれ程の打撃を加えたはずが、何でもないとばかりに男が────。


 そして、

 バン、ダダダッダダダダダ───!


「勇者殿!? 何事ですか!!」


 豪奢ごうしゃな鎧を着こんだ大柄の兵が駆けこんでくる。


 兜も、

 鎧も、

 剣も、


 超一級品と一目でわかる。

 

 ──何だコイツ!?


 どう見ても、その辺を警邏けいらする衛士のものではない。


 確か───。


「いって~~……おい、近衛兵ロイヤルガードぉぉ…おっせぇんだよ!」


 ──おーいてぇ……、と起き上がる男に対して、「すみません……」と謝る一方で──。


 その兵は、なぜか──ガンッ! と、ばかりにクラムを取り押さえる。



 ──は?



「いた……! お、おい! 何をする、離せッ」

「黙れ下郎ッッ!」


 ………は? なんで俺が。


「お、おい! なんだお前ら! 人の家で──」

 抗議の声を上げるクラムを完全無視。


「ったく、このノロマどもがぁ……」

 体についた埃を払いつつ、近衛兵を口汚くののしる男。


「も、申し訳ありません。『勇者』殿が離れて居ろとおっしゃりましたので…」




 な、に?



 

 ────なんて言った……コイツ?


「『勇者』の危機を守るのもテメェ等の仕事だろうが! あと、女抱くときは気を使えやボケェ!」


 コィンといい音をさせて近衛兵の兜を小突く。

 傍目はためにもかなり理不尽な言い草だ。


 そして、一番理不尽を感じているのは──クラム。


 ゆ、勇者?

 え……?


 あの勇者……?


 最近話題になっていた…世界の救い手とかいう? あの伝説の───『勇者』??





 こいつが!?





「それで、何がありました!?」

 近衛兵はクラムのことなど一切取り合わずに、


「コイツがよぉぉ、俺が女としっぽり楽しんでる時に、暗殺しようとしやがった」


 …………。


 ……。


 は?


「あ、暗殺ですか……? その『勇者』殿を?」

「そうだよぉ。──見ろよ、これ……。傷だらけだぜぇ?」

 

 半身丸出しで、ちょこっと青くなった程度の肌を示す。


「そ、そうですか……『聖女』様を捜索中の『勇者』殿の隙を狙った犯行、と」

 何故か、ジロリと見下ろされるクラム。



 はぁ?



「あーうん。そんなとこでいいんじゃない?」


 なんだよ! おい!?


 いや、それより!


「ネリス!!」


 ……ネリス───!?


 顔面蒼白のネリスと目が合う。

 あられもない痴態を晒しながらもネリスは、ハッキリと告げる──。


「──ち、違います! クラムは何も!」

売女ばいたが口を出すな!!」


「ひっ!」


 近衛兵の一喝を受けて、ネリスは顔を青ざめさせて口をつぐむ。

 余りに迫力に目がうつろに……。


 なんでそんなこと言われなきゃならない?!

 ね、ネリスは被害者だぞ……!


「ったくよぉ……きょうが削がれたぜ……。おい、帰るぞ。『聖女』の下見は済んだ。もういい」


 床に転がっているクラム等、気にも留めないで下だけき終えると、ノッシノッシと上着を肩に、口笛交じりに部屋を出ていく。


「おい、待て、てめぇぇ!!」

「黙れッ! 抵抗するな」

 ガツンと、羽交い絞めされたまま後頭部に手痛い一撃を喰らう。


 グワングワンと回る景色に、意識が朦朧もうろうとする───。


 そして、

「現行犯逮捕だ。連行する!」


 クラムは近衛兵に引きずられて何処かへと連行されていく。


「……ネ、」

 ───ネリス……。


 遠のく意識の外で、ネリスがガタガタと震えている。

 そして、引き摺られる廊下にはルゥナの姿も。


「おとーたま……?」 


 まずい……。

 

 こ、

 このまま連れて行かれたらとんでもないことに、……なる。


 なぜか、二度と会えなくなるような……恐ろしい予感があった。


 いやだ……!


 ああ……ルゥナ!──と、……手を伸ばすが、クラムのような一般人が現役兵士の加減なしの打撃を受けて……無事なはずがない。

 カクンと抜けた力では、もう体に力がはいらず、全身の自由が利かない。




 そして、外へ───。




「集合完了!!」

 ガシャっ! と、整列した近衛兵の一個分隊が完全武装で立っていた。


「イッパ団長? その男は?」


 イッパ団長───……?

 だ、団長だ、と? こいつが?


 勇者に小突かれていた男が───。


 ……王国最高峰の騎士団である、近衛兵団ロイヤルガーズの団長。

 勇者を除けば国内最強と名高い、イッパ・ナルグー!?


「──『勇者』殿を暗殺未遂の現行犯だ。連れていけ!」


 乱暴に突き出されて、首根っこを掴まれたクラム。


「は、はぁ? ……りょ、了解です」


 釈然としない顔をした近衛兵たち。

 だが、命令は命令だ。


 近衛兵たちの手で、まるで荷物のように積まれるも、なんとか抵抗しようともがいてみせる。

 だが、数人に取り押さえられ──馬車の後部にある物入れに、ゴミか何かの如く、引きられて行く。


 抵抗するクラムを相手に、近衛兵たちは面倒臭げにしつつも、荷物の如く乗せようと────、

 


「く……クラム!?」

「兄さん!」

「叔父ちゃん??」


 3人の……。

 家族の声が───!!



 シャラ、ミナ……リズ。



「た、たすけ──」

「黙れッ!」


 ガツン! と思いっきり殴られ、ついに意識を失うクラム。


 うぅ……。


 義母さん……。

 義母さん……。



 落ち行く意識の底で、シャラたちが抗議しているのがかすかに聞こえたが………。



 後は闇の中だ。





 こうして、

 クラム・エンバニアは『勇者』暴行のとがで拘束された───。

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