第1章『終わりなき朝』

第5話「彼の者は『勇者』」

 クラム達が日常の平和を謳歌おうかしつつあったあの日々。


 しかし、世界は少しづつ歪み始めていた。

 どこからともなく聞こえてくる戦争の噂。

 その気配を一民草のクラムでさえ、微かに感じ取っていたその頃──。


 そう。

 クラムが絶望の底でのた打ち回っているあの時から、遡ること……──約数年前。





 ──北の大地に英雄現る。





 『魔王』


 そう名乗るの者は、北の大地で群雄割拠ぐんゆうかっきょしていた魔族を統一し、中央集権の強大な国を作り上げたという。


 そして、それまではほとんど関わりのなかった人類の文化圏に接触。

 ……度々たびたび衝突を起こすに至る。


 北の大地にほど近い、辺境の国々。そして村と街は叫喚した。


 燃える村々……。

 踏み荒らされる田畑……。

 連れ去られた牛馬に……婦女子────。


 対応が後手後手に回り、荒れるに任せていればドンドンと増長する魔王軍。

 それをみて、辺境の国の対応の不味さにごうを煮やした国々は『魔王討伐軍』を編成──俗に言う第一次「北伐」を開始。


 類を見ない程の大軍勢で、魔王軍を攻撃した。


 しかし、結果は大敗。

 噂で聞くだけでは、にわかに信じられないほどの精強無比な魔王軍。

 彼らは鬼のように強かったという。

 それもそうだろう。

 近年まで国内で内戦とも征服ともつかぬ戦争を繰り返していた魔王軍は……凄まじく強大で、戦慣れしていた。

 

 緩やかな連帯のもと、弾の小競り合い程度のいくさしか経験していない人類。

 要するに、平和ボケしていた人類の「北伐」軍はあっという間に蹴散らされ、蹂躙しつくされた。

 そして、散り散りに逃げる内に霧散消滅むさんしょうめつ……。


 結果、

 兵力を失った人類は策源地さくげんちを逆進され、……まるで、死体のあとを追うかのように追撃する魔王軍によって、壊乱と壊滅と全滅を繰り返し……次第に国土を失っていった。


 陥落する城塞と更地にされる城壁、そして踏みにじられる田畑と民草。……人類は、大敗を機に徐々に追い詰められて行く。


 滅びの時が近いと悟り、危機感を抱いた国々は協議した。

 魔王を──魔王軍を打ち破るには、伝説の英雄を復活させる必要があると。


 ──すなわち『勇者』を呼び寄せることで『魔王』に対抗しようと決定した。


 国々の宝物庫や書物庫を漁り、長老から伝承を聞き……遂に異世界から『勇者』を呼び寄せることに成功した。






 十代の頃と思われる東洋系の青年は、


 ────名を「テンガTENGAダイスケ大好き」と言った。





 召喚されし男は、まさに勇者だった。


 最強の人類……!

 救国の英雄の証と言わんばかりに、初戦で王都を襲った巨竜を落として見せた。


 ドラゴンの背に乗っていた多数のオーガを素手で引き裂いた。

 その腹を破って表れた醜悪なゴブリンを滅して見せた。


 彼は、ただの一戦で人類を魅了し、世界最強を見せしめた。


 その後の活躍も目覚ましく。

 誰も扱えないと言われた「宝剣」を軽々と使いこなしてみせた。

 大賢者でも扱うことの困難であった「魔法」を行使して見せた。


 何でもかんでもやって見せた。

 そして、こなしてみせた。


「これぞ勇者────」


 誰もがそう思い、最強の人類を讃えていた。

 しかし、技量は未熟。

 剣も、魔法も、扱うことはできるが、それは熟練のものではなく。


 あたかも、先ほど急に使えるようになったと言わんばかりのものであったという。

 力の由来は彼をして、よくわからないという。


 また精神のほどはまだまだ幼く、10代の見た目そのものであった。

 度々、召喚される前の故郷を思い、望郷の念ホームシックに捕らわれることがあり、国の重鎮は扱いに腐心したという。


 だが、人類の最終勝利のため───『勇者』を完全な人間兵器とするべく、彼の者にはあらゆる特権を与えた。

 その代わりに人類への奉仕を約束させることに成功し、この時より、『勇者テンガ』は誕生した。


 こうして彼の者は、人類を救うべく打倒『魔王』の尖兵となった。



 それが勇者。

 勇者テンガの由来────。



 …………。


 ……。



 そう、彼はなんでもできる権利・・・・・・・・・を手に入れたのだ。



 ※※※



 そんな世の中の事情なんてロクに知らない一庶民いちしょみんクラムは、ただ日々を謳歌おうかしていられればそれでよかった。


 良かったんだ……。

 世界を救うとか、世界を滅ぼすとか──。そんな大それたことを考えたこともない。


 ……勇者も魔王も知らない。


 ただ、普通の日々を送っていたかっただけ。

 それだけなんだ。


 本当に何でもない平和な日々を────。

 ただ、ただ──まんじりと……。



 それが突然終わったのは──。




 いつだったっけ……。

 

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