事件当日――③

 ニックの捜査は空振りに終わった。中央通りに軒を並べる店舗を一軒ずつ訪れ、事件が起きた時間帯のことを色々聞いて回ったが、怪しい人物を見たという者は皆無だった。


 逆に、マルコの方は有益な情報を手に入れた。ゲイルのアリバイが成立したのだ。事件が発生した時、ゲイルは家の近くにあるカフェで、遅めの朝食を取っていた――カフェの主人の証言である。その後、ゲイルは家に帰っていないらしく、カフェを出た後の足取りは分からない。


 中央通りの十字路で合流した二人は、互いの捜査状況を報告しあった。


「やっぱり、ゲイルさんじゃなかったんですね!」安心した様子で、肩の力を抜くニック。「よかったあ……」


「ともかく、ダイイングメッセージは偽物で確定だな」マルコが言う。「あの地面の文字は、犯人が書いたものだ」


 しかし、この解釈には一つ重大な障害がある。事件の第一発見者にして、警察騎士の仲間でもあるパッショが、ダイイングメッセージ偽装説を頑強に否定していたのだ。


『被害者の悲鳴が上がるやいなや、俺はすぐに駆けだした。到着までに費やした時間はごくわずかだ。犯人が偽のダイイングメッセージを残せたはずはない』


 マルコは当初、パッショの主張を『どうせパッショだから』という理由で黙殺しようとしたが、事件現場を直に見て、考えが変わった。市場側から抜け道に入り、一つ目の角を曲がれば、リッチーの死体は嫌でも目に入る。走れば、あっという間に現場に到着できるだろう。『悲鳴が上がった瞬間、パッショは抜け道の入口にいた』という、ワーウルフとゴブリンの目撃証言もある。なんだか悔しいが、パッショの主張は認めざるを得ない。


「文字を書く時間を短縮するスキルってないんですか?」ニックが尋ねる。


「【速筆】みたいな感じか? 俺は聞いたことないな」


「んー、犯人はどうやって文字を書き残したのかなあ」


「残すだけなら楽勝だ。簡単なトリックを使えばいい」


「えっ。どうやるんですか?」


「被害者の死ぬ直前の行動を覚えているか? アンビアは正門から王都に入ると、ふらつきながら道を歩いていった。正体に気づかれなかったのは、赤いローブで全身を隠していたからだ」


「分かりました。犯人が被害者のフリをしてたんですね」


「勘がいいな。悲鳴が上がるまでアンビアはまだ生きていたと思わせるために、わざと目立つような赤いローブを被って、ふらつき歩きをして見せた」


「そうなると、犯行時刻は悲鳴が上がる前ってことになりますよね。すでに被害者は刺されていて、偽のダイイングメッセージも、事前に用意されていた。パッショさんが聞いた悲鳴も、被害者の断末魔の叫びではなく犯人の演技だった」


「ああ。単純な変装トリックだ。もっともらしく聞こえるだろ? ところが、この推理には大きな穴がある」


「えっ、どこに矛盾があるんですか。筋は通ってますよ」


「被害者がリッチーでなければな。【蘇生】スキルについて知識はあるか?」


「死んでから、しばらく経つと蘇る…………ぐらいの知識なら」


「それだけ知ってれば充分だ。実は【蘇生】スキルには、重大な欠点がある。何か分かるか?」


「膨大な魔力が必要になることですかね」


「もっと致命的な弱点だ。仮に、俺がリッチーを刺したとしようか。瞬間、自動的に【蘇生】スキルが発動する。リッチーは蘇った後で、俺に復讐しに来るかもしれない。さあ、報復を恐れた俺は、次にどんな行動を起こすと思う?」


「あっ! 死体を燃やせばいいんだ!」


「正解だ。肉体が消滅すれば、蘇生は不可能になる。意識だけで、この世に留まることはできないからな」


「【蘇生】スキルって、意外に不便なんですね」


「以上を踏まえて、今回のケースを考えてみよう。犯人は被害者を路地裏で殺害し、石畳の上に偽のダイイングメッセージを残す。その後、赤いローブを被って被害者に変装し、街の外から現場まで歩くことで、犯行時刻を錯覚させた」


「あれ、おかしいな。そんなに時間があるなら、【蘇生】スキルで復活しないように死体を始末できたはずです」


「ほらな、矛盾してるだろ? アンビアが蘇れば、偽のダイイングメッセージなんて何の意味もなくなる。だから、変装トリック説は成り立たない」


「街の人達が見た赤ローブは被害者本人だった。そう考えてよさそうですね」


「パッショの証言さえなければなあ」マルコは渋い顔をして、通りを眺めた。「けど、アイツが嘘をつくわけねえし、すぐに現場に到着したのは本当だからな。犯人が文字を残せるわけないんだ」


 空中に文字を書くように、指を動かすマルコ。


「『警察騎士ゲイル・ロンバート』って文字を書き終わる前に、パッショが現場に着いちまう」


 上司の何気ない仕草を見ていたニックの表情が変わった。戸惑いを隠せない様子で、ブツブツと独り言を呟く。


「いや、まさか……でも、論理的に考えれば、それ以外ありえない……」


 自分の得た結論が信じられないらしく、迷いを見せるニック。そんな彼をマルコが後押しする。


「気づいたことがあるなら、何でも言ってくれ。解決のヒントは、思いがけないところに転がってるものだ」


「犯人が分かったかもしれません」意を決したように、ニックは言った。「信じられないような話ですけど、聞いてもらえますか」

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