真相に限りなく近い解決

 挨拶を済ませると、ゲイルは捜査状況を報告した。


「地上にまで範囲を広げて、リリアの行方を追っていますが、彼女はまだ見つかっていません。すでに遠くの海へ逃亡したようです」


「不可能だよお」切れ切れに言葉を発しながら、パッショは嗚咽を漏らす。「シエマ湖から……うぅ……マヌーム川に到達できれば……ううぅ……海まで行くのは簡単だけど……マーメイドが……川まで移動する方法は……断じて存在しない……」


『何でお前、泣いてるんだ?』という言葉をグッと飲みこんで、ゲイルは言った。


「マーメイドが川まで行く方法は本当にないのか――それを確かめるために、明日、実地検証を行うことになった。ボンガスさん」ゲイルは視線を動かして、続けた。「あなたにも協力してもらいたい」


 検証内容は主に二つ。一つ、シエマ湖からマヌーム川までの所要時間。二つ、マーメイドが陸路で、川までたどり着けるかどうか。これを調べるために、水槽付き馬車にマーメイドを一人乗せて、湖から川まで実際に走ってみようというのだ。


「ある程度の時間であれば、マーメイドは地上で活動できます。力尽きる前に、リリアがマヌーム川まで行けた可能性も……」


「やはり俺の考えは正しかった!」豪快に、パッショは割りこんだ。「俺は言ったんだ。リリアは一か八か、陸路で川を目指したんだって。俺の記憶が正しければ、六番目の解決がそれに該当する」


「八番目ですよ」ボンガスがさらに割りこんだ。「六番目は湖の氾濫です」


 翌日。朝早くから、検証は行われた。国民の中から適当に選ばれたラネッタというマーメイドが水槽に入り、シエマ湖からマヌーム川までボンガスが馬車を走らせた。幌馬車には連絡役として、パッショが同乗。水時計を持った警察騎士が湖と川の側に立ち、所要時間を計測した。


 何度か実験を繰り返し、昼頃に結論が出た。馬車で移動したとしても、シエマ湖からマヌーム川まで、水時計三目盛り分の時間がかかる。一方、マーメイドが地上で活動できる時間も三目盛り分が限界。マーメイドが地面を這う速度は、馬車の四分の一にも満たないだろう。パッショの八番目の解決はあっけなく棄却された。


「根性で何とかならねえか!」パッショは水槽のラネッタに泣きついた。「十二目盛り分ぐらい、死ぬ気になれば生きていられるだろう!? 腕を鍛えれば、這う速度を四倍ぐらいにできるだろう!?」


「だから無理だって」ラネッタは面白そうにクスクスと笑っている。「三目盛り分も地上にいたら、意識朦朧とするし。それ以上は、どうあがいても生きてられないし。そもそも、マーメイドは地面を進むの苦手だし。この森、道が複雑すぎるし。わたし、全然覚えられなかったよ」


 水に潜り、息継ぎをするラネッタ。再び、大気の中に顔を出すと、


「わたしが保証しまーす! 地面を這った説は成立しませーん」


「ぎょああああああああっ」パッショは膝を折り、握りこぶしで地面を叩いた。


「リリアはどこへ行ったんだ。リリアはどうやって消えたんだ。ちくしょー!」


 叫ぶパッショ。笑うラネッタ。淡々と意見を交わすゲイルとボンガス。


「昨日、夕方頃にマーメイドたちを迎えに行った時、どこに馬車を停めましたか?」


「ニーファたちが飛び移りやすいよう、水際に停めましたよ」


「あなたは死体を発見し、角笛を鳴らした。しかし、何の返事もなかったので、大急ぎで馬車を発進させた」


「そんな感じでしたね。混乱していたので、あまり覚えていませんが」


「これは重要な質問なので、よく考えてからお答えください。馬車を出発させる時、水槽に誰かいませんでしたか?」


「誰かって…………まさか!」ボンガスは恐ろしい可能性に思い至った。


「あなたがシエマ湖に到着した時、リリアはまだ湖にいたんです。彼女はあなたに気づかれないよう、荷馬車の水槽に飛び移った。馬車は来た道を引き返し、やがてマヌーム川に到達します。彼女は川にダイブし、そのまま海へと逃亡した。いかがでしょうか?」


 それは不可能だ。否定する材料が一つある。


「死体を見て、動揺していたのは認めます。水槽に誰かが乗っていても、見落としたかもしれません。それに馭者席に乗りこめば、幌が視界を塞ぐせいで、水槽を視認することはできなくなりますしね。私が馬車に乗ってから、水槽に飛び移る時間ぐらいあったでしょう。ですが」


 ボンガスは呼吸を整えた。


「水槽は布で覆われてたんです。ゴミが入らないように、いつも被せてるんですよ。だから、水槽を使って脱出したという説は成り立ちません」


「では、水槽以外の場所ならどうでしょう? シエマ湖からマヌーム川まで馬車で移動した場合、必要な時間は水時計三目盛り分。他方、マーメイドが地上で活動できる時間も同じく三目盛り分。もちろん概算ですが」


「馬車のどこかに、リリアが乗っていたと?」


「はい。ラネッタによれば、三目盛り分も経過すれば、意識が混濁するそうですが、川に飛びこむ余力ぐらい残っているでしょう」


「頑張ればできるかもねー」ラネッタが水槽から顔を出した。「相当苦しいと思うけど。わざわざ自分を痛めつけるなんて、犯人の気が知れないねー」


「でも、どこに乗るんです?」ボンガスが馬車に目をやった。「幌馬車には私がいました。荷馬車は水槽が占拠しています。馬車の連結部は狭すぎますし、馬に跨っていれば私が見たはずだ。乗れる場所なんか、ありませんよ」


「水槽の上だ!」パッショが立ち上がり、荷馬車を指差した。「リリアは水槽にかぶせられた白い布の上にいたんだ。布を両手で握りしめれば、振り落とされずに済む」


「マーメイドの重みで、布が落ちちゃいますよ」ボンガスが言った。


「【軽量化】スキルを使ったんだろう」九番目の解決が、思わぬところで再浮上。パッショは満足気に首を縦に振っている。


「手すりはどうですか」ゲイルが別の意見を出した。「荷馬車の後部の手すり。これを両手で握れば、馬車にしがみつけます。馭者席からも死角になっています」


「いやー、体力が持たないでしょー」ラネッタが手すりを覗きこむ。「尾びれを置く足場もないしさ。馬車が走り出したら、風になびく旗みたいに、体が浮き上がるわけでしょ? ただでさえ息苦しいのに、三目盛り分も握りしめてられないよー。途中で手を放して、馬車に置き去りにされると思うな」


「【筋力増強】スキルだな」パッショが食い下がる。「スキルを利用したのは確実。馬車を利用したのも確実。お前もそう思うだろ、ゲイル?」


「たしかに、これ以上の推理は無意味だな。リリアのスキルが分からないことには、どうしようもない」


「そうそう! 俺たちはリリアを探し出して、ステータスを調べればいいんだ。実地検証はこれぐらいにして、本部に戻ろうぜ」


 幌馬車に向けて歩き出すパッショ。ゲイルはボンガスにねぎらいの言葉をかけた。


「ご協力ありがとうございました。また何かありましたら、よろしくお願いします」


 疑いは晴れたようだ。ボンガスは安らかな気分で、馬車を出発させた。行き慣れた砂利道を、いつもの馬車で駆けていく。


 マヌーム川に沿って樹海を走っていると、五人のマーメイドたちのことが自然と思い出された。ニーファ、ワミュール、マムー、カサンドラ、そしてリリア。彼女はどうして四人を殺したのだろう。ボンガスにはそれが不思議だった。あのおとなしそうなマーメイドが。ニーファたちの後ろをひょこひょこと追いかけているように見えた内気な彼女が。四人を殺し、馬車を利用して湖から脱出するリリアの姿を、ボンガスはどうしてもイメージできなかった。


 ボンガスは進行方向を見つめながら、ぼそりと呟いた。


「リリアって、本当はどんなマーメイドだったのかなあ」

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