欺く

「う、嘘つき?」ニックは目を見開いた。「それってどういう意味ですか、ゲイルさん!」


「これが架空の事件を元にした推理ゲームなら、何の問題もない。だが、『リオン=エフライム暗殺事件は実際に起きた事件だ。そして、あのリザードマンは『自分が犯人だ』と言った。あれは事実に反する」


「で、でも。さっきゲイルさんは、トリックを説明してたじゃないですか。短剣を丸太にはめて、その丸太をドラゴンの口に固定する仕掛けだって」


「あのトリックには難点が多すぎる。丸太を歯と歯の間に挟む? 飛行中に外れたらどうするつもりだ。食べた人間が短剣に刺さる保証もない。理論上は可能だが、空想の中でしか成立しないトリックだ」


「じゃあ、ドラゴンが弱点を守るために、仕掛けを作ったというのは……」


「適当な作り話だ。そもそもドラゴンは、弱点のことなど気にも留めていない」


「なんですって!?」


「仮に、丸太と短剣が口の中にあったとしよう。リオン王子に短剣が刺さり、丸太から短剣が抜けた時点で、仕掛けは壊れていたことになる。にも関わらず、ドラゴンは捕食活動を続けている。あのリザードマンが言ってたな。『リオン王子を吐き出した後のことだけどな。アシュヘロス様は別の場所で、村民を三人ほど食べてからビルマ山に帰っていったんだ』と。あのリザードマンの言葉は、根本的に矛盾しているんだ」


「けど、ファズはゲイルさんの推理を認めたんですよ? それが正解だって」


「当然だろう。その『正解』を言わせるために、俺達を誘導していたのだからな」


「へ? 誘導?」


「俺があの答えにたどり着いたのは、有名な民話『真紅の部屋』を思い出したからだ。部屋に仕掛けられた剣が、息子たちを殺す話…………そこから連想して、ドラゴンの口にも短剣が仕込まれていたのではないかと考えた」


「でも、『真紅の部屋』を思い出したのは偶然なんでしょ? 誘導にはならないんじゃ……」


「偶然ではない。あのリザードマンは、あらゆる方法を用いて、俺達に『真紅の部屋』のことを思い出させようとしたんだ」


 ゲイルはテーブルの左側に目をやった。先程までファズが座っていた場所だ。


「キーワードは『真紅の部屋』。あのリザードマンは『赤』ワインを持ってテーブルに現れ、繰り返し『赤』ワインを注文した。おまけに、口から『赤』い舌を出して、『赤』ワインを飲むことさえした。途中で何か食べたいといって、『赤』いイチゴを注文し、緑色の肌を目立たなくするよう、酒で頬を『赤』く染めていた。

 王子を殺した短剣のことが話題になった時、あのリザードマンはなぜかその話を避けたがった。それは、『黒檀』色の柄で有名な、ハウアーの短剣が凶器だったからだ。『赤』以外の色に注意を向けたくなかったのだろう。

 『部屋』という言葉も多用していたな。ニックが一つ目の推理を披露した直後に『部屋の掃除でもしてる方がよっぽどマシだね』と言っていたし、イチゴを食べた第一声は『部屋に持ち帰りたいぐらいだ』だった。そもそも、ドラゴンを密室に例えたこと自体が、『部屋』という言葉を印象づけるための罠だったんだ。

 ミュラーの詩も引用していたな。『朽ちた部屋から生者は去り、後に残るは死と沈黙』と。酔っているフリまでして、ご丁寧なことだ。

 まだあるぞ。『真紅の部屋』は呪われた部屋にまつわる昔話だ。リザードマンは事件の話を『昔話のはじまりはじまり~』といって始めた。どこかで『呪い殺したわけでも、神の力を借りたわけでもない』とも発言していた。極めつけは、床にワインをこぼしたことだな。事実、俺はその光景を見て『真紅の部屋』のことを思い出した」


「ちょ、ちょっと待ってください。ファズが僕らを『正解』に向けて誘導したのは分かりました。でも、理由は何ですか? そんなことして、彼に何の得があるんですか?」


「本人が自分で言ってたじゃないか。暗殺事件の話に入る前、あのリザードマンは向こう側にあるテーブルを指差して、こう言った」


 ファズがやったように、ゲイルは店の反対側を指差した。


「『俺のテーブルに、アイツがいきなりやってきてさ。訊いてもいないのに、過去の栄光をたっぷり語ってくれたわけよ。本当かどうかもわからない、眉唾ものの話が多かったけどな。そこまでして、褒められたいのかねえ』『ああいう連中は、嘘でも満足感を得られりゃ、それでいいんだろうよ』」


「あっ、もしかして……」


「気づいたようだな」


 ゲイルは指を下ろし、体を正面に戻した。


「リオン王子を殺した犯人は自分である――嘘の自慢話に打ってつけの話題だ。あの事件はいまだに未解決だから、脚色し放題というわけだ。

 しかし、『俺がリオン王子を殺した』と言っただけでは、相手に信じてもらえない。酔っ払いの戯言だと、一蹴されるだろう。

 そこでリザードマンは考えた。嘘に真実味を持たせるには、具体的なことを語ればいい。事件の背景や当時の証言を事細かに説明されれば、聞いている側も『このリザードマンの話は本当だ』と錯覚する。その上で『暗殺に使ったトリックを当ててみろ』と、聴き手に対してクイズを出すわけだ。

 もちろん、正解に向けて誘導することも忘れない。聴き手は知恵を絞り、やがて答えにたどり着く。その頃には、『この話は嘘かもしれない』という考えは頭からすっぽり抜けている。何といっても、自分自身の推理で導き出した真相なのだからな。自分を疑える人間は少ない」


「僕達に推理させたのは、話に真実味を持たせるためだったんですね」


「ああ。それが一つ目の可能性」


「一つ目……って。他にも何かあるんですか!?」


「理由など、いくらでも考えられる。ニックが『推理で犯人を当てたい』と言うのを聞いて、からかいたくなっただけかもしれない。手がかりやヒントを与えつつ、『真紅の部屋』という暗示で、偽の正解に誘導するのを楽しんでいたのかもな。実際に答えたのは俺だったが。

 他に思いつく説としては……」


「止まって! 止まってください!」ゲイルの饒舌を聞かされて、ニックは完全に混乱状態である。


「理由はもういいです! それよりも僕が気になるのは、事件の真相ですよ、真相。ファズが犯人じゃないとしたら、リオン王子は結局、誰に殺されたんですか?」


「犯人を当てたいんじゃなかったのか?」


 口の端を上げて、ゲイルが質問を返した。ニックは即座に、


「もう分かりません! だから教えてください!」


 と、潔く諦めた。ゲイルは椅子に座り直して、言った。


「では、俺の推理を発表しよう。事件の鍵は、凶器となった短剣にある。この短剣がいつドラゴンの口に入ったのか――それが分かれば、自ずと真相は見えてくる」


「それなら、僕も考えましたよ。リオン王子が食べられる前か後か、答えは二つに一つですよね」


「いいや違う。三つに一つだ」


「三つ? 食べられる前か、食べられた後か、どちらかのはずでしょ?」


「『リオン王子が食べられるのと同時に、短剣が侵入した』」ゲイルは間を取ってから、続けた。「このパターンを忘れてるぞ、ニック」


「同時って……まさか!」


「リオン王子は収穫祭の準備を手伝っていた。あのリザードマンによれば、『王子様が直々に、ロープを張ったり、山車を組み立てるのを手伝った』そうだ。作業用の短剣ぐらい懐に持っていただろう。

 短剣と一緒に、王子はドラゴンに食べられた。さて、王子はどう行動したか? リザードマンの言葉を信じるなら、近衛隊長のヨナ・ヘイゼンが、事件の二週間前、ドラゴンに食べられている。彼女はドラゴンの口を内側から攻撃することで、死ぬのを免れた。その話を、王子がヨナ・ヘイゼンから聞いていたとしたら? 当然、短剣を抜いて、ドラゴンの口を攻撃しようとしただろう。

 一方、近衛隊長ヨナ・ヘイゼンは、王子を救うため【爆発】スキルを使った。【爆発】をくらったドラゴンの体は、大きく揺れ動いたという」


「あっ……」ニックの声は自然と小さくなっていった。「もしかして……」


「揺れの衝撃で、王子が手に持っていた短剣は王子自身の体に突き刺さった」ゲイルは結論づける。「事故だったんだ」


 ニックは言葉を失い、ゲイルは自ら言葉を切った。途絶える会話――その隙間を埋めるように、酒場の喧騒がテーブルになだれこんでくる。グラスを合わせる音、酔っ払いの叫び、聞き覚えのあるリザードマンの陽気な声。


 また一つイチゴを飲みこんでから、ゲイルはのんびりと口を開いた。


「王子の身に何が起きたのか、ヘイゼンは薄々気づいていたのかもな。責任を感じた彼女は近衛隊長を辞め、王都を去った。これが事件の顛末だ。

 もっとも、この真相は俺の推測でしかない。リザードマンの説明を元に、推理を組み立てただけだ。あの説明の、どこまでが本当でどこまでが嘘なのか、判断する術はない。リザードマンの本心も、俺には分からない。公証人を名乗っていたが、あれもこちらの信頼を得るための詐称かもしれない。あるいはリザードマンに悪意は全然なくて、単に酔っ払っていただけなのかもしれない。ここに論理の限界がある。

 話を最初に戻すが……」


 意味ありげな笑いを顔に浮かべて、ゲイルはニックに告げた。


「推理を過信するなよ、地道な調査が何よりも大切だ。それと、ファズが俺たちを正解に向けて誘導したという話。あれは俺が適当にでっち上げた作り話だ、全て忘れてくれ」


 あんぐりと口を開けているニックから視線を外し、ゲイルは自分のグラスを手に取った。ビールを口に運びながら、横目で酒場の様子を盗み見ると、ワイン片手にテーブルの間を流れ歩くファズの姿が目に入った。リザードマンは首を左右に動かしながら、蛇のような目つきで、次の獲物を探し回っている――


 ――ように見えなくもなかった。

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