解く

「『真紅の部屋』なら、子供の頃よく聞かされましたよ」


 懐かしそうに、ニックは目を細めた。


「部屋が人を殺す話ですよね」


 エフライム王国に住む人間なら誰でも――それこそ常識のないニックでも知っている有名な民話『真紅の部屋』のあらすじは、次のようなものだ。




 遠い昔、あるところに一人の老人がいた。老人はとてもケチな性格で、自分が蓄えた金銀を守ることしか考えていなかった。彼には三人の息子がいたが、財宝を譲り渡すつもりは毛頭なく、家のどこかに全ての財宝を隠してしまった。


 やがて老人は死んだ。息子たちは父が残した財宝を見つけるため、家中を探し回った。そして偶然にも、家の地下に作られた隠し部屋を発見する。


 最初に部屋を見つけたのは、一番上の兄だった。彼は早速、部屋に入っていった。その直後、地面を震わせるような悲鳴が、家中に響き渡った。


 悲鳴を聞きつけ、二番目の兄が地下室に赴いた。彼は部屋の入り口で、信じられない光景を目にする。一番上の兄が床に倒れていて、胸の辺りに細長い穴が空いているのだ。


 それは刺し傷のようだった。死体の脇には、血で汚れたロングソード。しかし、部屋には誰もいない。穴から吹き出た鮮血が、死体をつたって床に落ちていく。


 二番目の兄は部屋に入った。そして長兄と同じ運命をたどった…………




「……それから末っ子の弟も、同じように部屋に入り、謎の死を遂げるんですよね――三人の体から流れ出した血は、床一面を真っ赤に染め上げた。以後、この地下室は『真紅の部屋』と呼ばれるようになり、呪われた『人を殺す部屋』として人々に恐れられたとさ――こんな感じですよね。呪いの正体については色んな説があって、『老人が財産を守るため、地下室に殺人の仕掛けを施していた』っていう解釈が一般的……」


 夢中に話していたニックは、ふと我に返り、


「で、この話がどうかしたんですか? 暗殺事件と関係があるようには思えませんけど」


「直接の関係はない。ただ、暗殺事件の謎を解くヒントにはなる」


「え? どこにそんなヒントが?」


「『人を殺す部屋』というくだりだ」


 ゲイルはファズに向き直り、落ち着いた声で推理を語った。


「発端は、事件の二週間前に遡る。ドラゴンのアシュヘロスは、一人の人間を食べようとして、逆に大火傷を負ってしまった。近衛隊長のヨナ・ヘイゼンが口の中で【火炎】スキルを使ったせいだ。そのせいでドラゴンは二週間もの間、食事が出来なかった。そうだな?」


「ああ、説明した通りだよ」


「この一件で、アシュヘロスは学んだはずだ。たとえ人間を食べても、喉元を通り過ぎるまでは油断できない。口の奥にある弱点を攻撃されないよう、警戒するべきだと」


「ほお、それで?」首を軽く振って、ファズが相槌を打つ。両目はしっかりゲイルに据えられている。


「そこでドラゴンは奇策を思いついた。口の奥に弱点があるのなら、弱点にたどり着く前に、餌を殺してしまえばいい。

 ファズは言っていた。『当時、アシュヘロス様が暮らしていたのは、ビルマ山っていう樹木が生い茂る場所でな。どこを見たって木しか生えてない、つまんねえとこだったよ。おかげで丸太だけは、いくらでも手に入った』と。ここで重要なのは『丸太』という言葉だ。

 それから、死体を調べた警察騎士の証言がある。『短剣の柄には、木屑と粘り気のある液体が付着していた』だったな。木屑と丸太……いかにも関係が深そうだ。

 丸太、木屑、粘り気のある液体……そこにドラゴンの口の構造、『歯と歯の間には、すき間がある』という情報を加えると、一つの考えが浮かび上がる。

 リオン王子を殺した仕掛けはこうだ。最初に、口の中を横切るような形で、丸太の両端を歯と歯の間に固定する。歯の形は三角形、挟むことは十分可能だろう。

 それが済むと、固定した丸太の中央に穴を空けた。無論、短剣をセットするためだ。丸太に四角形の穴を穿ち、粘り気のある液体――何らかの接着剤――を塗ったうえで、短剣を柄の側からはめこんだ。

 こうして、ドラゴンが口を開けると、左右の歯を掛け渡すような形で丸太が置かれており、その真ん中には、口の外に向けて刃を突き立てている短剣――という恐るべき仕掛けが出来上がった。

 これが普通の生き物であれば、口を覆いつくす異物感に耐えられないだろう。しかし、ドラゴンの口は感覚が乏しいらしい。たしか、『口に剣を投げこまれても、痛みも何も感じないまま、飲みこんじまうぐらいだ』という話をしていたな? だから問題はなかった。

 こうした準備を整えたうえで、アシュヘロスはマトス村を襲撃した。リオン王子を掴まえた後、アシュへロスは短剣の切っ先に狙いを定め、王子を落とした。わざわざ高い位置まで持ち上げてから口に落としたのには、そういう意味があったんだ。一度も炎を吐かなかったのは、丸太の仕掛けを壊さないようにするためだ。

 短剣は王子の体を貫いた。その衝撃で、短剣は丸太から外れた。そして近衛隊長のヨナ・ヘイゼンが【爆発】スキルを発動し、アシュヘロスはリオン王子を吐き出した。結果、不思議な密室殺人が完成したというわけだ」


 ゲイルはファズを改めて見た。珍しいことに、ゲイルの顔には微笑が浮かんでいる。


「以上。これはファズによる遠隔殺人だった…………正解かな?」


「へへっ、よくぞ見抜いてくれました」


 ファズは自分のグラスを、ゲイルのグラスに当てた。


「大正解。その丸太と短剣の仕掛けを実際に組み立てたのが、俺だったというオチさ。法律的には、アシュヘロス様と俺の共犯ということになるのかな。部屋と協力して、殺人計画を実行したわけ。けどまあ、俺が犯人であることには事実だからな。嘘はついてねえだろ?」


 ファズは立ち上がると、借りていた椅子を元のテーブルに返した。


「見事な推理だったよ。この謎を解いたのは、アンタで三人目だ。誇っていいぜ」


 タンブラーグラスに手を伸ばし、二人の顔を名残り惜しそうに見る。


「このままずっと話していたいが、時間は有限だ。人は出会い、別れるもの。魔物も出会い、別れるもの。またの再会を願って、今は離れ離れになりましょう」


 ファズはグラスを掲げ、乾杯のポーズを取った。そして最後は短めに、


「楽しい夜だった。また会おうな」


 とだけ言い残し、テーブルを離れていった。ゲイルとニックは、また二人になった。


「あーあ、僕も答えを当てたかったなあ」


 ニックは残念がり、ゲイルは上機嫌にイチゴをつまんでいる。酒場は依然として騒がしい。


「ゲイルさん、よくわかりましたね。あんなトリック、普通思いつきませんよ」


「偶然だ。『真紅の部屋』のことが頭によぎったから、部屋に何か仕掛けたのかと勘づいただけだ」


「『部屋が人を殺す』かあ。まさか、部屋そのものが犯人だとは思いませんでしたよ。ドラゴンが共犯だなんて反則です」


「……入れ替わりトリックは、ドラゴンが共犯だったように思うが?」


「あっ、ほんとだ。くそー、悔しいなー」


 ニックもイチゴを一つ食べた。ついでに、泡の消えたビールをちょっとだけ飲んで、喉を潤す。


「それにしても、『真紅の部屋』なんて久しぶりに聞きましたよ。子供の時以来じゃないかなあ」


「ファズがグラスを割っただろ? あの時、床にこぼれたワインを見て、ふと思い出したんだ」


「ああ。息子たちの血が床一面を真っ赤に染め上げるシーンですね。こぼれたワインを見て、あの場面を連想したんですね」


「そうだ。そして同時に」ゲイルは不敵な笑みを浮かべた。「あのリザードマンがとんでもない大嘘つきだと気づいた」

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