語る

 ファズは『リオン=エフライム殺害事件』について話し始めた。


 まずは、リオン王子を食べたドラゴンについて。


「マトス村を襲ったドラゴンの名はアシュヘロスという。アシュへロス様は俗っぽいお方でね。他のドラゴンみたいに、人里離れた山奥で賢者みたいな生活を送るなんてのは我慢ならなかった。時折、農村や町を襲っては、人間を食べてたのさ。口から炎を吐いて、家を焼き払うのも好きだったな」


 魔物と人間の間で戦争が勃発した時、アシュへロスは魔物の側についた。といっても、自ら戦いに参加することはせず、気が向いた時に国境近くの村を攻撃する程度だったとか。


「俺はアシュへロス様に仕えてたんだ。魔物軍の総司令官、魔王様の命令でね」


 次に、事件現場となったマトス村について。


「エフライム王国有数の、農業が盛んな村だ。特にイチゴが有名だな。事件があった日、村では収穫祭の準備が進められていた」


「収穫祭? 戦争中なのに?」と、ニックはびっくりして言った。


「そういう反対意見も実際あったらしいぜ。マトス村は物資輸送の拠点だったしな。だがリオン王子の一声で、決行されることになった」


「リオン王子……って、殺された人じゃないか!」


「その通り。反対するヤツらの前で、王子は言ったんだ。『長きにわたる戦争で民の心は疲れている。たまには休息も必要だろう』ってさ。そのうえで、思い切ったことをしやがった」


「思い切ったこと?」


「あの王子は王族らしくないところがあってな。だろ?」


 聞き役に徹していたゲイルに、ファズが話を振る。


「ああ。リオン王子は民との交流に積極的な人だった。たしか、収穫祭の準備にも、王子自ら参加していたとか」


「そうなんだよ。王子様が直々に、ロープを張ったり、山車を組み立てるのを手伝ったわけ。これじゃあ、誰も文句言えないわな」


 続いて、ドラゴンのアシュヘロスがマトス村を襲った経緯について。


「襲撃の理由は『腹が減っていたから』、ホントにそれだけだよ。実は、襲撃の二週間前、アシュヘロス様は口に大火傷を負ったんだ」


「ドラゴンも火傷するんだ。何か熱いものでも食べたの?」


「いいや。あのお方が食べたのは、普通の人間だったよ。ただ、飲みこもうとした寸前、口の中で【火炎】スキルをぶっ放されちまってね」


「相当な手練れだな」ゲイルが口を挟んだ。「ドラゴンに傷をつけられる人間など、この世に何人いるか」


「今だから言えるけど、ドラゴンにも弱点はあってね」


 秘密を暴露するのが楽しくて仕方ない、といった感じで、ファズは言った。


「ドラゴンの皮膚は異常なぐらい強靭だから、外から傷をつけるのは絶対無理。じゃあ内側は? これもほぼ不可能だね。たとえば、歯は鉄よりも硬いし、舌も軟弱そうに見えて、剣で切られたぐらいじゃ傷一つつかない。口に剣を投げこまれても、痛みも何も感じないまま、飲みこんじまうぐらいだ。内臓も頑丈だしね。

 ところがだ。上顎の奥の方に、柔らかい部分が一ヵ所だけあるんだよ。ここを内側から攻撃されると、どうしようもない。切られたら傷つくし、燃やされたら火傷する」


 ファズはワインを一口飲んだ。 


「その火傷のせいで、アシュヘロス様は二週間まともに食事ができなかった。それでイライラしてたんだろうな。傷が治った途端、『人間が食べたい』とか言い出してな。結果、村を襲うことになったんだ」


「一ついいか」ゲイルが遮る。「ドラゴンに火傷を負わせた人間は、どうなったんだ?」


「そいつなら口から吐き出されて、無事だったよ。というか、近衛隊長のヨナ・ヘイゼンだよ。アシュヘロス様が食べ損ねたのは」


「えっ、ヨナ・ヘイゼンってたしか……」ニックがぼそりと言った。


「マトス村で、アシュヘロス様に【爆発】スキルをぶちかました女だよ。ホント、偶然ってあるもんだよな」


 ファズは感慨深げに、グラスを揺らした。


「数多くある町や村の中から、マトス村が選ばれたのは? ――偶然だ。村人がたくさんいたにも関わらず、アシュヘロス様がリオン王子を捕まえたのは? ――偶然だ。火傷を負わせた張本人が、村に居合わせたのは? ――偶然だ。偶然の連鎖は恐ろしいねえ」


 ひとしきり声をあげて笑ってから、ファズは話題を変えた。事件の核心、リオン王子がドラゴンの口の中に消え、再び現れるまでの場景について。


「アシュヘロス様はマトス村を空から強襲した。リオン王子の命令で、村は必要最小限の警備しか配置されていなかったらしい。祭りのムードを壊さないよう、配慮したわけだな。近衛隊長のヨナ・ヘイゼンも、やや離れた場所で王子を見守っていた。近くにいたら、山車作りの邪魔だからな。それが裏目に出たわけだ。

 アシュヘロス様は地面に着地すると、手近にいた人間を一人捕まえた。偶然にも、それはリオン王子だった」


「そして、ドラゴンはリオン王子を口の中へ放りこんだわけだ」


「『放りこんだ』というか、正確には『落とした』だけどな」


 ドラゴンがリオン王子を食べた時の様子を、ファズは再現してみせた。天井を見上げ、顔より高い位置にタンブラーグラスを持ち上げ、それを傾ける。グラスからこぼれ落ちた赤ワインが滝のように流れて、ファズの口へと吸いこまれていく。


「こんな風に、リオン王子を高い場所で手離したんだ。リオン王子は開いた口の中へと真っ逆さま。……伝わってるか?」


「うん、よくわかるよ」


「後はさっきの説明通りだ。駆けつけた近衛隊長のヨナ・ヘイゼンが【爆発】スキルを発動。アシュヘロス様の体は大きく揺れ動き、勢い余って、食べたばかりの人間を吐き出した。口から飛び出た王子様の体には、短剣が突き刺さっていた。まあ、こんなところだな」


 話を終えたファズは、グイグイとワインを喉に流しこんだ。空っぽになったグラスをテーブルに置き、気持ちよさそうに息を吐く。その勢いで、赤い舌がベロンと突き出された。


「ワインを、もう一杯!」


 新しいグラスが届いた後で、ファズは思い出したように付け加えた。


「ああそうだ。いくつか補足することがある。当時、アシュヘロス様が暮らしていたのは、ビルマ山っていう樹木が生い茂る場所でな。どこを見たって木しか生えてない、つまんねえとこだったよ。おかげで丸太だけは、いくらでも手に入った」


「? 暗殺事件と何か関係があるの?」


「まあ、黙って聞きなよお」


 声に力がこもっていない。舌がもつれているようだ。


「リオン王子を吐き出した後のことだけどな。アシュヘロス様は別の場所で、村民を三人ほど食べてからビルマ山に帰っていったんだ。建物は壊さなかったし、炎も吐かなかった。ああ、別に火傷を恐れてたわけじゃねえぜ。上顎の弱点に当たらないよう、炎を吐くことはできるからな。生物の構造はよくできてるなあ」


 脈略が徐々になくなってきた。


「『構造』で思い出した。ドラゴンの口の構造について解説しなきゃ。歯は尖った三角形だよ。歯と歯の間には、すき間があるよ。三角形と三角形の間にキレイに挟まって、生き残った魔物もいたそうだよ」


 トロンとした目で、ファズは虚空を見つめた。それから、感傷的な声で言った。


「アシュヘロス様も魔王様も、死んじまったんだよなあ。悲しいねえ。『朽ちた部屋から生者は去り、後に残るは死と沈黙』……ミュラーの詩はいつ聞いても心に響くなあ」


 しばらくの間、ファズはぼんやりしていた。このリザードマンが無口になるなど、考えられないことだ。ゲイルとニックは反応に困り、互いに顔を見合わせた。


 ファズが復活したのは突然だった。目をカッと開くと、明朗かつ流暢な声で、話を再開した。


「わりい、わりい。推理ゲームの途中だったな。事件の概要は以上だが、何か質問はあるか?」


 気を取り直して、ニックが訊いた。


「今の話から、真相が推理できるの?」


「もちろん。必要な手がかりは全て揃ってるぜ」


 ゲイルも尋ねた。


「アシュヘロスがリオン王子を吐き出した時のことだが、ドラゴンの頭の高さは人間の五倍はある。そんな高さから地面に衝突すれば、重傷はまぬがれない。誰か王子の体を受けとめようとした者はいなかったのか?」


 ファズは少し遅れて、返事をした。


「鋭いね。ちゃんといたぜ。そのおかげで、王子の体は地面スレスレで止まった」


「【停止】スキルか?」


「ご名答。近衛隊長のヨナ・ヘイゼンが、王子が地面にぶつかるのを防いだんだ。倒れてる王子の元に、最初に駆け寄ったのもヨナ・ヘイゼンだ。もっとも、王子はすでに短剣で殺されていた。無駄骨だったわけだ」


 ファズは一息ついて、


「風の噂で聞いたんだが、ヨナ・ヘイゼンは王子を守れなかった責任を取って、近衛隊長を辞めたらしいな。王都にも居づらくなって、どこかに消えたとか」


「ああ。その後、彼女の動向を知る者はいない」


「そりゃあ悪いことをしたね。間接的にではあるが、俺が原因なわけだし」


 ファズはゲイルとニックを一度ずつ見ると、体の前で両手をポンと打ち合わせた。


「さて、話せることは全て話したぜ。人間自慢の推理力を駆使して、密室殺人の真相を解き明かしてみなよ。どんな推理が飛び出るか、楽しみにしてるぜ」

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