せっかく異世界に来たのでチートなしでボッチライフを目指したい
猫にゃんにゃん
プロローグ
第1話 神
長く伸びた金髪、外見年齢10歳前後の『神』は言った。
「あなたを異世界に転移させます。つきましては、あなたにいくつかのチートを授けたいと思います。なにか要望はありますか?」
そう言って彼女は眉をひそめて不安そうに尋ねた。
「…………………」
正面に腰掛けるのは、こちらも息をのむような美しい顔立ちをした黒髪黒目の少女。
濡れたような艶やかな髪は腰に掛かるほどに長くのばされ、黒い瞳は光の加減でブルーの光沢を帯び正に宝石のよう。
細身だが嫋やかな姿態は、大人の女性になりかけだからこその色気を纏い、しかし何処までも清廉なそれは見る者に近寄りがたささえ感じさせるだろう。
そんな神である自分すらも圧倒させるような少女を前に、内心緊張で泣き出しそうになりながらも、どうにかそれを表に出さずに返答を待つ。それは、自分たちの不始末によって理不尽にもその生を奪われた少女に、せめて自分に出来る最善を尽くそうとする使命感と、もしかしたら自分の身に余るような要求をされるのではないかという不安感からだった。
(ううう~。がんばれ私……)
本来、世界の秩序を保ちそこにすむ生物たちの生と死を意のままにできる存在である彼女が、たかが一つの世界の一人の人間ごとき小さな存在に、ここまで煩わされねばならぬ道理はない。
しかし彼女は自分が創り、管理している世界を愛していた。そしてその中で日々逞しく懸命に生きようとする生物たちが好ましかった。中でも、身体能力としては決して高くはないが、集団で助け合い過去の経験から学習し姿かたちはほとんど変わらずとも、知恵で文明を急速に発展させていく『ヒト』という生き物にいつも強い関心を寄せていた。長い時を過ごす自分たちにとっては瞬きにも満たないような短い時の中で、自分の想像もつかないような進化を遂げていく彼らを見守っていくことは、いつの間にか彼女にとってかけがえのない楽しみになっていたのだ。
そんな中、一際眩しく輝く光。彼女はこの輝きを知っていた。この輝きを持つものは世界に大きな変革をもたらす存在になりうることを。数百年にひとつ生まれるかどうかという光は、しかしその本領を発揮する前に消えてしまうことも多く、その度に言いしれない喪失感をもたらしたけれど、だからといって自分が直接世界に干渉してどうこうすることは出来ない。
だからせめて彼らが自分の生をきちんと全うすることを密かに願いつつ、自らの勤めを立派に果たすことを信条として今迄長きを過ごしてきた。
に も 関 わ ら ず
その光を自らの手で消し去ってしまったことを、後悔せずにいられようか。
そう。目の前にいる少女は、自分の犯した些細なミスによって世界からその存在を抹消された。生れ出た瞬間から見たことも無いような輝きを放ち、一度その輝きを遮るような出来事があった後、さらに今までとは違う明るくも儚げで一番星が遠くの空まで照らし出すような、そんな光を放つようになったそれの行く末を、この世の誰よりも気に掛けて見守っていたというのに。
(…ですから決意したのです。彼女にもう一度その生を与えることを。残念ながら一度死が確定してしまった元の世界に戻すことは出来ないから、結局私は彼女から多くの物を奪ってしまうのでしょうが、自己満足だとしてもできることをしたい。でないと私は私を許せなくなってしまうから。
なんだけど……)
彼女は一度思考を止めて少女を見る。そこにあるのは漆黒の瞳。まるで深淵を覗き込んでいるかのようなそれは、少女をここに連れてきてから簡単な状況説明を済ませた今現在に至るまで、何一つ変わることなくそこにある。
普通であれば人智を超えた事象に巻き込まれた身であれば少なからず動揺混乱し、奪われたものの大きさに嘆き悲しみ、その元凶たる自分に怒りや憎しみを向けてしかるべきなのに。
もしくはここ最近急激に増えてきた若者向け小説のようなこの状況(実は結構はまっている)に歓喜の声を上げ、複数の世界を管理する自分でもちょっと一筋縄じゃいかないような能力(鑑定眼…だったっけ?あんな便利な力があったら仕事がはかどるし私が欲しいんだけど…)を要求したりする立場にいるにも関わず、目の前にある表情からは何一つ感情が見えない。
(ふええ…どうしよう…?この人何考えてるのか全然わかんない…。
私の話が理解できてないって感じでもないし、混乱の極みにあるっていうふうでもないし…。
…もしかして憤りすぎてかえって顔や態度に出てないだけ?それはありえるかも。じゃあやっぱりもう一度謝った方がいい?いやでも謝ってどうにかなる問題でもないし…。異世界転移は決定事項に据えちゃって、みんなにも伝えて急ぎで準備して貰ってるからもう覆せないし…)
長い長い沈黙。やがてその静寂にいい加減耐えられなくなってきた彼女が、どうにか場を和ませようと緊張に額から垂れてきた冷や汗を拭いながら、ぎゅっと唇をかみしめてもう一度口を開きかけた時。
「なるほど。大体理解出来ました。正直最初はいったいなんのドッキリかと思いましたが、あなたは何一つ嘘をついておられないようですし、記憶の混乱が収まってきた今自分の死をきちんと把握することが出来ました」
少女は何の抑揚も無い平坦な口調で、口を開いた。
「…あ、えっと。わかってもらえたなら良かったです。それで、その…」
「ええ。異世界転移の際のチート、でしたか。念のために確認しますが、それは何かしらの優れた能力であったりものであったりということで宜しいのですよね?」
「はい。あ、といってもあんまり無茶なものは無理ですよ?最近流行りの鑑定とか死に戻りとか。あんなの世界の法則に喧嘩売ってますし。魔力無限とか魔法完全無効とかもナシです。そんなに世の中甘く出来てねえです」
神はさすがにちょっと怒られるかな、と思ったがそんなことも無く。少女は何ら驚いた様子もなくただ一言「そうですか」と頷いただけだった。
(理解が速くてすごく助かりはするんですけど、やっぱり相変わらず何考えてるんだかわからない人ですね。っていうか、かえって何を要求されるかわかんなくて怖いんですが…)
「では、先ほどの質問に返答させていただきます。私は――――――――、」
黒髪黒目。年齢17年と8カ月。自称『どこにでもいるただの高校生』
「特に何もいりません。その代わり、3年ほどここに住まわせてもらえませんか?」
「……。………へ?」
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