あの星を撃ち落とす

暗藤 来河

あの星を撃ち落とす

 大好きな星があった。子どもの頃に見つけて、少しずつ大きくなっている星。どれだけ調べても名前も何も分からない星。

 私は今日、あの星を撃ち落とす。


 この町で一番高さのある丘に向けて自転車を漕ぐ。道路の舗装が甘く、カゴの懐中電灯が何度も飛び跳ねる。

 今夜の私の装備はこの自転車と懐中電灯、あとは財布とスマホ。それで全部だ。

「おーっす、こう

「よお、香澄かすみ

 丘に到着すると光は先に来て準備を進めていた。

 天体望遠鏡、缶ジュース、お菓子。私とは対照的な荷物の多さだ。

「なんか手伝おうか」

「いいよ。もう望遠鏡も準備できたし、あとは香澄の心の準備だけだ」

 お言葉に甘えてコーラとポテチを勝手に貰って寛ぐ。

「心の準備ねえ」

「良いならもうやっちゃってもいいけど」

 光はどこからかモデルガンを取り出した。

「その前に、少し付き合って」

「了解」

 モデルガンをしまって並んで座り込む。

「うちの親、やっぱり離婚するんだって。私は母さんとこの町に残るけど、父さんは仕事の都合でどっか遠くに行くみたい。どこかは知らないけど、もう二度と会うことはなさそうな空気だったよ」

「ふーん。香澄はそれでいいの?」

「いいんだよ。人間生きてりゃ出会いも別れもあるんだから」

 コーラを飲んで一息つく。

「それから進路のこと。そろそろ真面目に考えないといけないよなぁ」

「そうだね。やりたいことはまだ見つからない?」

「ないな。とりあえず大学行くっていうのもどうなのかと思うし」

 嫌なことや困ったことがある時は、いつもここで光に愚痴や相談をしてきた。待ち合わせなんかしてないのに、私が行くといつも先に来て待っていてくれた。

「でもみんな割とそうなんじゃないの。とりあえず大学行って、就活する時に自分のやりたい事を見つめ直す、みたいな。勿論今から夢や目標があればそれに越したことはないけど」

 光はいつも相談に乗ってくれる。自分のことはあまり話さないけど親身になって聞いてくれる光のことが昔から好きだった。

 でも、それも今日で終わりだ。

「心の準備はできた?」

 ひとしきり愚痴を聞いてもらって、最後に深呼吸をした。

「うん。いいよ」

 光がさっきのモデルガンを出す。

 今から、私はあの星を撃ち落とす。

「持って」

 光から銃を受け取る。なんとなく目測であの星に照準を合わせる。

 光が私の後ろに回って、抱きしめるように手を重ねて狙いを調整する。

 やがて支えられた私の手がピタリと止まった。

 銃口はまっすぐあの星を向いている。

「いいよ」

 光からオーケーが出た。あとは私が引き金を引くだけ。最後に声をかける。

「光」

「うん」


「さよなら」

 そして私は引き金を引いた。


 銃口から不思議な光線が出て空へ飛んでいく。一瞬で地球を飛び出し、目標のあの星へ向かう。

 光が星にたどり着いた。音もなく星は輝きを失い、消えていった。なんともあっけなく一つの星が無くなったのだ。

 私は涙を拭う。なぜ泣いているのかもよく分からないのに、次から次へと涙が溢れた。

 仕方ない、と諦めて自転車を押す。

 いなくなった星を思い、泣きながら一人歩いて帰路に着いた。





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