毒の在り処

東郷 珠

八王子一家惨殺事件

 初めまして。私の事は、仮にKと呼んで下さい。

 流石にここで、本名を明かす訳には参りません。その辺は、ご了承ください。


 さて、私は過去に起きた様々な事件を、調べております。この世の中には、報道若しくは公表されている物とは、明らかに事実が異なる事件が存在します。

 その一端を、皆様にお伝えしようと思います。

 

 先ず警察は何故、事実と異なる公表を行うのか。

 本来あるべきなのは、事実をありのままに公表する事。ましてや警察が隠蔽し、有りもしない事を公表するのは、大きな間違いであると言えるでしょう。


 しかし、考えてみて下さい。ありのままを公表すると、世間に対して大きな影響を与える。また、模倣犯が現れる事を危惧するならば、多少事実を捻じ曲げるのは、致し方ないと言えるでしょう。


 実際に警察の捜査不足も、否めません。しかしこれも、ある意味では仕方のない事だと言えるでしょう。

 日常的に、大なり小なり多くの事件が起きています。警察の人員不足は否めないのです。

 彼らも一人の人間です。ブラック企業が叩かれる昨今で、警察だけがブラック企業真っ青の体制を変えられない。それは、我々民間人の側にも責任があると思います。

 遺族の方には同情致しますが、仕方のない面も有る事は、理解をすべきでしょう。


 さて、話が長くなりましたが、今回は一つの事件を紹介致します。これは知人の刑事、仮にNとしましょう。そのNさんから直接聞いた話です。


 この事件は当時、大々的にニュースに取り上げられましたので、御存じの方がいらっしゃるかもしれません。

 昭和三十七年八月二十四日、八王子市万町で一家惨殺事件が起こりました。


 当時は現在と違い、大家族が一般的でした。祖父、祖母、父、母、孫。少なくとも三世代は一緒に生活していました。孫の数も一人ではありません。更に、父の兄弟が独立していなければ、更に多くの家族がひとつ屋根の下で共同生活をしていた。そんな時代です。


 この一家も多分に漏れず、祖父、祖母、父、母、叔父、叔母、孫三名の、計九名の大家族でした。

 当然、祖父祖母と母を除く大人達は、それぞれに仕事を持っていましたから、貧乏という訳ではありません。しかし裕福とも言えない、中流家庭でした。

 

 一階で寝ていた祖父と祖母は、心臓を一突きにされ死亡。別室で寝ていた父と母は、寝ている所を布団の上からめった刺しにされて死亡。同じ部屋で寝ていた子供三人は、首を突かれて死亡。更に別室で寝ていたと思われる叔母からは、かなり揉み合った形跡が残されており、死亡原因は包丁での刺殺でした。

 そして最後に叔父は、玄関前で胸を包丁で刺されて息絶えていました。


 事件の第一発見者は、隣に住む六十四歳の男性。毎朝恒例となっていた新聞を取りに、玄関を出た所で死体を発見し、警察に通報しました。


 警察が到着し実況見分をし、指紋の採取を行った所、凶器となったのは叔父の胸に刺さっていた包丁である事が確認出来ました。

 更に、包丁には叔父の指紋しか残されておらず。また、叔父の使用していた部屋からは、血が付着した遺書が発見されました。遺書には、自分が家族を皆殺しにした事、それを悔いている事が記されておりました。

 警察は犯人を叔父と断定し、捜査は直ぐに打ち切りになりました。死人を逮捕する訳には、いきませんから。


 数年後、まだ新米刑事であったNさんは、この事件を不信に思い、再捜査に乗り出しました。

 既に解決された事件です。無論、同僚にはいい顔をされませんでした。上司にも止められましたが、若く情熱に溢れていた当時のNさんは、上司を説き伏せ捜査の許可を貰いました。


 しかし、操作は難航しました。事件から何年も経過し、目撃者は隣に住む老人しかおりません。当時の警察は、凶器に残された指紋と叔父の指紋が一致した事で、犯人を叔父だと特定しました。その為、警察はそれ以外に聞き込み等、詳しい操作を行っておりませんでした。


 では何故Nさんが、事件を不信に感じたのか。

 それは、目撃者が通報した時間です。隣に住む老人が通報したのは、新聞を取りに玄関を出た後である、朝五時半でした。

 八月と言えば、朝の五時は既に明るくなっております。目撃者が老人一人と言うのは、余りにも不自然であると、この刑事は感じたのです。

 

 一家の殺害時刻には時間差が有ります。

 先ず最初に殺害されたのは、祖父母。推定死亡時間は深夜零時頃。続いて殺害されたのは父母、推定死亡時間は、深夜一時頃。そして子供三人の推定死亡時間は、深夜一時半頃。

 叔母の推定死亡時刻は深夜三時前頃。最後に叔父の死亡推定時刻が明け方四時前後。


 明け方四時前後であれば、新聞配達が既に周っている時間でも有ります。当然ながら、その一家も新聞を取っておりました。新聞配達員は、何も見なかったと言えるのでしょうか?

 

 ただ捜査を開始して、刑事はいきなり壁に突き当たりました。

 当時、新聞配達をしていた青年は、既に実家の山形へ戻っていました。しかし、何か月か前に事故に遭い、この世を去っておりました。


 しかしNさんは、諦めずに捜査を続けます。そして、幾つもの事実が、浮かび上がって来ました。ただ、そのどれもが、叔父を犯人とするには、疑問に感じるものでした。


 当時、近所に住んでいた住民、当時の叔父の勤め先、その他にも叔父が良く通った居酒屋等、あらゆるところで聞き込みを行いました。

 その叔父は、とても穏やかな性格だった様です。社内では部下や同僚、また上司からの覚えも良く、人当たりが良いと評判の人物でした。


 叔父は、近所でも同じような印象でした。毎朝明るく挨拶をする姿は、とても快活な印象を受けていた様です。

 そして叔父の行きつけの居酒屋。ここでの印象も悪くはありませんでした。酔って暴れた事は一度も無く、終始楽しく酒を飲む。また、殺害された父とも一緒に飲んでいる姿は度々目撃されており、非常に仲の良い兄弟だと感じた様です。

 また、叔父は子供達を自分の子供の様に可愛がっていた様で、時折玩具などを買い与える所も、目撃されていました。

 

 Nさんは、更に捜査を続けました。しかし、叔父が一家を殺害に及ぶ動機は見つかりませんでした。多額の借金を抱えてた、幼少期から積っていた恨みがあった、精神的な病を患っていた等々。

 一見すると、温和で人殺しをしない性格である叔父が、家族を皆殺しにするでしょうか?

 

 実は、捜査を行う中で、不審な行動を取る人物が浮かび上がって来たのです。

 その人物が、叔母です。

 

 叔母は、末っ子のせいか、躾けが甘かった様です。見栄っ張りで我儘な性格が災いしたのか、金遣いが荒くかなりの借金も抱え、両親や兄二人に相談をしていました。

 金融業者の話では、何度となく返済を待つように催促していた。また、事件の数日前にも、纏まった金が手に入るから、待って欲しいと催促された様です。

 もしかすると、兄二人のボーナスを期待していたのでしょうか? それとも、多額の保険金を狙っていたのでしょうか?


 ここからは、Nさんの憶測になります。そしてNさんは、こうも語ってました。

 

「Kさん。死人に口なしってもんだ。あくまでも俺の憶測だしな。確かに俺は、真実を知りたくて、捜査をした。だけど、これを公表しても誰も喜ばない。あの一家は、みんな死んだんだしな」


 Nさんの推理では、保険金殺人の線が高いとの事でした。

 例えば大黒柱である兄が死亡した場合、受取人となるのは妻でしょう。しかし、事件の数か月前に、叔母は一家全員に保険金をかけ、受取人を自分にしていました。

 既に兄に駆けられた死亡保険の受取人も、叔母に変更されていました。


 実際にそんな事をすれば、一番に疑われるのは叔母でしょう。ただ当時、叔母が勤めていた保険会社は、審査が杜撰である事が一部で噂になっていました。その為、叔母が改ざんするのは、訳なかったのかもしれません。

 また叔母は、長年に渡り睡眠障害に悩まされ、睡眠薬を服用しておりました。

 

 恐らく叔母は、夕食に睡眠薬を混ぜて、家族に提供したのでしょう。そして、眠っている間に、祖父母から殺害をしていった。

 父母、子供達を殺した所で、兄である叔父に気がつかれ、揉み合いになった。

 叔父は、叔母を殺すつもりが無かったのかもしれません。揉み合いの結果、叔母を殺してしまった。


 叔母を殺した罪に苛まれた叔父。そして元来の優しい性格が、悲しい結果へと導いたのでしょう。

 叔父は、指紋が付かない様に嵌めていた、叔母の手袋を焼却。そして自ら包丁を握り、あたかも自分が犯人で、一家を皆殺しにしたとなる様に、遺書を残し自害をしたのでしょう。

 

 Nさんによって暴かれた事実は、世に出回る事は有りません。あくまでもNさんと私の中での、秘め事となりました。

 今回私が筆を取ったのは、残忍な事件の裏に隠された真実が有る事を、知ってもらいたかったからです。


 世の中には、沢山の悲しい事件が存在します。ただ、皆さんには公表されている事だけが真実であると、絶対に思わないで頂きたい。

 そこには、必ず何らかの想いが有る。それを、理解した上で、善悪を判断して頂きたいと思います。

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