報道の自由の暴走

 運命の放課後。

 俺は琴音ちゃんと一緒に指導室へと向かう。ナポリたんはバスケ部へ寄ってから来るそうだ。

 まあ、俺と琴音ちゃんが呼び出されたのは、あの新聞部号外の件だろうから、ナポリたんのこととは直接関係ないだろうけど。


 しっかしさ、いくら新理事である桑原さんを叩きたいからって、俺と琴音ちゃんという善良な一般生徒まで巻き込むってさ、新聞部の倫理観はどうなんだ。その辺はきっちり主張したい。


 ……なりふり構わず、新聞部が必死になる理由が、他にあるのかどうかはわからんが。もしなにか私利私欲に走ってるならば、新聞部のことをこれからマスゴミって呼ぶぞ。


「……じゃ、入ろうか」


「は、はい」


 琴音ちゃんと一緒に、意を決して指導室のドアをノックする。

 が、反応はない。外からでもわかるくらい、中では熱い議論が交わされているようだ。


 ええい、中がどうなってようと、呼び出されたことは間違いないんだ。なんでこんなことで気を遣わなきゃならん、俺たちは逆に被害者面してもいいんだぞ。

 というわけで、遠慮などビヨンドザスカイ。


 ガチャ。


「……だから、わたしたちは学園の自由を守るために、こうやって活動しているんです!」


「ほう、罪もない一般の生徒を巻き込んでまで、学園の自由を主張するのかね? キミたちの正義のためなら、多少の犠牲が出るのも致し方ないと?」


「そ、それは……でも、白木さんもあんなことをしてれば、パパ活みたいに思われても仕方ないんじゃありませんか!?」


 あちゃー。

 まさか既に新聞部のメアリーさんと……桑原さん!? なんでここにいるの!?

 というか桑原さんは一番上座陣取ってるじゃん。校長と他の先生が空気だぞ。


「それは、だな……」


 メアリーさんに言い寄られてる桑原さんは、その時開いたドアの前にいる俺と琴音ちゃんをチラ見した。

 俺はすべて知っているのであれだが、桑原さんは琴音ちゃんとの関係を他の人間に暴露していいものかどうか迷っているのかもしれん。


 というわけで、なんとなく事情が察せられたので、桑原さんに助け船。


「しっつれい、しまーす。緑川祐介、なんも悪いことしてないのにゴシップ写真を載せられて晒し者にされた件で呼び出されましたー」


 先制な平凡パンチ、じゃなかった。平凡な先制パンチ。プレイボーイじゃないもんね。俺の言葉でメアリーさんがグッと言葉を詰まらせた。

 まあ実際に俺は悪いことは何もしてない。琴音ちゃんとKENZENなお付き合いをしているだけ……KENZENだよな?


「な、なによ! 緑川くん、あの写真の前に、その子とキスしてたじゃないの!」


「……なんだと? 本当か?」


 俺の言葉を受け、反撃に転じるメアリーさん。そして桑原さんの目が光る。その目に宿るのは殺意なのか、親心なのかは謎だけど、量産型高校生である俺にはそれを受け流すことすらちと難しい。パリィスキルをマスターせんと。

 しかし、本当に琴音ちゃんと桑原さんって実の親子じゃないのかね。このツンドラな視線、すっごくそっくりじゃない?


 ──とか考えてる場合じゃねえ。

 

 こんなことで怯んでいられるか。俺は決していい加減な気持ちで琴音ちゃんとチュッチュしたわけじゃない。引いたら俺にやましい部分があると誤解されてしまう。強引にGOIN’しなければ。アイドル達よ、オラに元気を分けてくれ!


「当然です、だって琴音ちゃんは俺にとって一番愛しい女の子なんですから。その愛しい相手にキスをした、それがそんなにいけないことですか? 晒す方がどうかしてません? プライバシーの侵害ですよ」


「うっ」


「だいいち、世界で一番好きなカノジョとチューをする、当然のことじゃないでしょうか。それが許されないのであれば、人類なんて絶滅してしまえばいい」


 そう言い切れる自分に、少しだけ成長を感じるのも変な話か。性長まではいってないからセフセフ。

 でもさ、本当にそうなら。琴音ちゃんと十八禁的なアレやソレをしたくなるのも、自然な話なわけだよなあ。


 …………


 うん、それを考えるのは後回しにしとこう。


 後ろで何が起こってるか把握できずに戸惑ったままの琴音ちゃんをかばうように身を動かし、俺はつづけた。


「まあ、俺はともかく、一番大事なカノジョを、無実なのに晒し者にした罪は大きいですよ、メアリーさん」


「……な、何が無実よ! その大事なカノジョが彼氏に隠れてパパ活してる事実を暴いてあげたんじゃない! これ以上騙されることがないように真実を日の下に晒してあげた私に感謝してほしいくらいよ!」


「……」


「だってそうでしょ!? 今度新しく来る理事、北海道の片田舎の高校から来たんじゃない。そこの白木さんとは接点なんて何もないはずなのに、ホテル前で抱き合って、そのあと一緒に中へ入っていったのよ! パパ活以外の何物でもないでしょ!?」


「……そうなん、琴音ちゃん?」


「は、はい……確かに中で少しだけお話をしましたが……」


 いちおう事実確認はするも、当然ながら後ろめたいことがないせいか、琴音ちゃんは動揺してない。だがメアリーさんはお構いなしだ。


「桑原理事も、以前いたところではかなり厳しい教育理念で学生を締め付けたみたいだけど、ここでも同じやり方が通用するとは思わないことね! そのためにわたしたち新聞部がいるのよ! わたしたちは学生の自由を守る!」


「……」


 なんだなんだ、なんで突然きれいごとを言い出してるんだメアリーさんは。

 前に俺と池谷と琴音ちゃんでホテル前のコントみたいな争いをした時、その事実を広めたのは誰だと思ってるんだ。学生の自由を守るって、俺と琴音ちゃんの自由は守られてないんですけど?

 都合のいい時だけ正義の使者ぶりやがって、インタビューを捏造編集して放送するどこかのテレビ局かっての。報道する権利の乱用であることこの上ない。

 学園の自由をおびやかす憎き敵くわばらさんを攻撃するために手段を選ばないとか、ジャーナリズムの風上にも置けんわ。


 この様子だと、おそらくは。



『私は今までずっとそうだった。教育方針に関してもそうだ。許さずに厳しく躾ければ、どんなワルでも鍛え直される。簡単に許さない厳しさこそが更生の道だと思っていた』



 イチョウの木を見ながら、桑原さんと話したあの言葉。きっとそれまでの桑原さんの教育理念。

 どのくらい厳しいのかはググってないが、その理念に基づいた手法をメアリーさんはやっぱり知ってるんだろう。


 だけどさ。



『だから、かたくなだった見方を変えて、行動してみた。それで決心がついたよ。誘いを受けた新天地で、私は生まれ変わってみようと』


『おまけに、キミみたいな生徒がいる高校だ、きっと私もさらなる新しい発見ができるに違いない、そう確信もしている』



 桑原さんは、ただ厳しかっただけの自分を変えて、生まれ変わろうとしてるように思えたんだけどなあ。

 いや、今現在、俺に対して厳しい視線を投げかけてはいるけどさ。それは自分の娘も同然な琴音ちゃんと付き合ってるだけじゃなくちゅーもしてる仲、という部分への父親としての嫉妬かもしれんけど。いや、そうでないと俺が死ぬけど。


 …………


 さて、だからといって琴音ちゃんが、桑原さんの別れた元妻の子どもだということをバラすわけにもいかねえな。

 そういえば父親だろうとなるけど、血のつながりはないっぽいし。

 そこから琴音ちゃんがもし不倫の末にできた子供、なんて知れたりしたら今よりも大騒ぎになること間違いなし。


 だが。

 そんな俺の悩みは、桑原さんの一言であっさりカタがついてしまった。


「……何を勘違いしているのかわからないがね。琴音……白木さんは、わたしの娘だよ」


 一同、ポカーン。

 メアリーさんはおろか、空気と化していた校長はじめ教師陣も、俺も、そしてもちろん琴音ちゃんも。


 うん、琴音ちゃんの呆けっぷりが、一番激しかったかもしれない。


「は、はあ!? 桑原理事、何を頓珍漢なこと言ってるんですか!? 苗字も違うし接点なんかないじゃないですか!」


 そんなメアリーさんの追及も当然だろう。

 だが、そこで桑原さんは目を閉じ、深呼吸をしてから、覚悟を決めたように説明し始めた。


「……嘘じゃあない、私は白木さんの母親と十三年前に離婚している。だがな、今回再婚することとなった。まぎれもなく、私の娘だ」


「そ、そんなことって……」


「嘘だと思うかね? その場しのぎで、こんな嘘をつくとでも? 舐めないでくれ、私は口に出したことに対して責任を持つ男だ」


「……」


「琴音は……まぎれもなく、私の、娘だ」


 あっれー?

 確か琴音ちゃんは、桑原さんと初音さんは再婚しない、和解しただけだって言ってなかったっけ?

 なにこの急展開?


 …………


 まさかと思うけどさ。

 桑原さん、勢いで初音さんと再婚するとか言ってない? 初音さんに拒否られる可能性はないのかな?


 と思って琴音ちゃんを見ると。


「……お、父、さん……」


 感慨深げに、涙目だった。


 ああ、これは初音さんが拒むわけないわ。再婚おめでとう。すぐに悟った俺、やればできる子。

 もうこの時点で桑原さんから氷の視線を注がれなくなって、安堵の気持ちとともに祝福の言葉を投げかけたくなるわ。


「そ、そんな……ばかな……」


 ロンドン橋のように今にも崩れ落ちそうなメアリーさん。さあどうしましょ、どころじゃねえ。琴音ちゃんを晒し者にした罰だな。


「というわけだ。久しぶりに会った親子、抱き合って何が悪いかね? 校長も、なにかありますか?」


「と、とんでもない! 桑原理事には、御堂先生に話をつけていただいただけでなく、金銭面での不安にもさっそく対処していただいて、私どもに不満など……」


 すでに『なんでここにいるの?』的な存在感しか醸し出していない校長から言質を取り、桑原さんはおちついた態度へと戻る。

 だが、琴音ちゃんを見る目は明らかに優しくなった。ついでに俺を見る目も。


 フー、寿命が縮んだぜ。ついでに息子も縮んだぜ。慶次に今これを掴まれたら、『ビビってんじゃねえ』とか一喝されそう。


「まあ、たとえ私の娘と言えど、こうやってプライベートをゴシップにするような真似は見過ごせない。私は極力学校内のことに立ち入らないつもりだったが、新聞部の処遇については例外とさせてもらおうか」


 あらー、でもやっぱりまるく収まらないのね。それとも自分の娘を晒し者にされた『なにさらす!』的な怒りかも。


「ご、ごめんなさいごめんなさい今後は偏向報道をしないと誓います一般生徒のプライバシーに立ち入ることもしません」


「報道の自由を持つものが、そんな言葉で責任逃れできると思うか? 仮にジャーナリズムを主張するなら、自分の記事に対し責任をきちんととることだ」


「あ、ああああああああああ!!!」


 メアリーさんに対する死刑宣告、無慈悲な攻撃。思わず俺は、空気も読まず北の将軍様のような拍手をしちゃったよ。さす桑。


 ……まあ、メアリーさんもさ、厳しい学校にしたくない一心だけじゃなく、それ以外にも理由がありそうな気はするけどね。今までの経験からして。


 コンコンコン。


 そのときノック音が響いた。


 ガチャ。


「……失礼します、バスケ部、入ります」


 おっと。

 馬場先生を先頭にして、バスケ部面々の登場だ。タイミングいいな。

 もちろんナポリたんと──池谷も母親同伴で来てんじゃん。


 …………


 馬場先生はともかくさ、池谷までなんで丸坊主?

 佳世もしかり、なにかあると丸坊主にしなきゃならん決まりでもあるのか、バスケ部は。


 体育会系のノリ、やっぱわかんねえわ。

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