スクープ!
ナポリたんとの通話が終了して。
琴音ちゃんから、メッセージが入っていたのに気づく。
『嬉しいことが、またひとつ増えました!』
そんな簡易なメッセージだ。
『それはおめでとう! ところで、どんな嬉しいこと?』
いちおう礼儀でそう返すと。
『まだヒミツです! 明日、詳しく説明します!』
もったいぶった返事。
だが、海のリハクの目を持った俺には無意味だ。おそらく桑原さんがらみだろうな。
ひょっとして、初音さんが帰りを一日遅らせたのって、桑原さんと話をするためだったりして。それで昨日一緒に帰ってきたとか。
ま、ゲスの勘繰りに過ぎないか。
でも、カノジョが嬉しそうにしているのは、とても気分がいい。
というわけで、明日を楽しみにしておきましょ。
―・―・―・―・―・―・―
新しい朝が来た。ジャスタウェイ。いやこれじゃ逃げる意味になるわ。
というわけで、なんとなくだが登校しても嬉しい予感でそわそわがおさまらない。
だが、学校に到着した俺を待っていたものは。
まわりからの好奇の目線と、同時に遠くから交わされる内容のわからないひそひそ話だったりした。
なんでしょね、コレ。居心地悪いわー。今日は鼻毛チェックは朝一番にしたし、股間のジッパーもちゃんと閉めたし、とくにおかしなところはないはず。まさか本当にジャスタウェイになるとは、この海のリハクの目をもってしても以下略。
とか無駄な回想をしつつ、教室まで行くと。
「緑川殿!」
小太郎が焦り気味に声をかけてきた。ムラサメやオウガイにはないこの安心感よ。
「……どうした?」
「これ、本当でござるか!?」
それにしても、持っているペラペラの紙を俺に見せてきた小太郎の焦り具合が過剰に異常。
目を通すと、これは──新聞部の、号外?
「……なっ!?」
トップ記事を見て唖然、呆然、憮然、愕然。
ところでみんな四つ全部読める? 漢検三級レベルくらいじゃないかと思うが、俺調べで。
……なんて一人ツッコミしてる場合じゃなかった。そこにあるのは、俺と琴音ちゃんが映る昨日の写真──キス後のだ、コレ。
と。
琴音ちゃんが、誰かわからないがダンディーな男性と抱き合っている写真。
二つが並んでデカデカと。
キスシーンが撮られてなくてよかった、と一瞬だけ思ったのは内緒。
…………
って、あああ!
これ桑原さんじゃん!!!
なにこれなにこれ、なんで琴音ちゃんと桑原さんが抱き合ってんのさ!!!
…………
いやいやいやジャストアモーメント。
おそらくこれ昨日の写真だよな。昨日っておそらく桑原さんが琴音ちゃんちに行こうかという流れだったよな。
ということはさ、この桑原さんと琴音ちゃんの写真は、なにかしら初音さんと桑原さんとの間で交わされた後のワンシーンにちがいない。
血がつながってないとしても、久しぶりの親子のご対面だもん。それに伴う感情の爆発から、交わされた親子の抱擁。割とよくあること。
こんなところじゃねえの。
よし、やっぱり海のリハクの目はアメイジング、マーベラス、ファンタスティック。節穴とか言ってごめんな。
「よこせ!」
「しょ、承知」
小太郎から号外を奪ってよく目を通す。
『新しくやってくる学園理事の危険なジョージ』
なんかさ、『ジョージ』とか書かれちゃうと、新しい
『今、校内で一番ホットなバカップルである、一年の緑川優介くんと白木琴音さん。その間に割って入る新理事であるK氏。白木さんとの関係はいったい?』
どうでもよくないけど間違ってるからな、名前。国語力鍛えるかもしくは全裸でお詫びの二択要求するぞ新聞部。
でもなに、俺と琴音ちゃんってそんなに校内で注目浴びてたの?
注目されてたのって、主に琴音ちゃんのパイスラとかじゃないの?
確かにちょくちょく妬みの視線は感じたことあったけどさ。そして中には大さじ三杯くらいの殺意も混じってたけどさ。
まあ、それはいい。
だが、号外にはそのあとにおまけがくっついていた。
────────────────
※ とても大事なお話です! ※
現在の目標の『理事リコール署名、二百人達成』まで、あとほんの少し。
この下にある署名欄から、一人一回まで署名することができます。
この校内において、ひとりの力は本当に大きいです。
どうかお願いします。
少しでも
『学園に自由を!』
『理事を糾弾したい!』
『陰ながら応援してるよ!』
と思われた方は、下の署名欄に記入の上、新聞部までお願いします。
今後も毎日追及を続けるための『大きな励み』になりますので。
どうか何卒よろしくお願いいたします。
────────────────
そんなお願いが書いてあった。
いやー、本当によくできてるなあ、この
「……バッカじゃねえの」
「ござる?」
「無理に語尾を統一しなくていいぞ小太郎。ええと、文責は……
おおっと。
忘れてた、新聞部のスクープ女王、壁に耳あり障子にメアリーのあの人か。
ちなみに、名前は『夏目 亜里』ではなく『夏 目亜里』らしい。どうでもいいけど。
しかしさ、こんな署名運動なんて無駄じゃん。
だって桑原さんは琴音ちゃんの父親になる可能性あるんだよ。初音さんが復縁するとするならばね。
そのことをカミングアウトすれば騒ぎなんて簡単に……
……いや、それだと琴音ちゃんが初音さんの不倫の末に生まれた子だとか、いろいろめんどくさいことも一緒に広まりそうな恐れがマウンテン。イタコよろしくあることないこと口から出てきそう。
うーん。
ま、騒ぎはすぐに鎮静化する未来しか見えないし、係わらない方がいいのかな。
つっても俺と琴音ちゃんの写真が並んで掲載されてるあたり、無関係でもいられないのかもしれんけど。
そこでふと他の記事に目をやると、下に小さく。
『バスケ部に事案発生。無期限の活動停止か』
そんな記事も載っていた。トップ記事に対して、池谷の息子レベルの粗末な扱いである。こっちをトップにすべきだろ、生徒にほぼ無関係な理事の話をトップに持ってくるなんざ、ゴシップ大好きも甚だしい。
「……ありがとうな、小太郎。礼として忠告しておくけど、署名はするなよ。睨まれても知らんから」
「……? 理解が追いつかないでござるが、承知したでござる」
「ああ。あと、余計な詮索はしない方が身のためだぞ」
「拙者、気になるでござる!」
「おまえはどこかの古典部部長か」
仕方ねえな、今度から
―・―・―・―・―・―・―
「……そうなのか。新しく来る理事が、白木の……」
「そゆこと。だから心配しなくてもすぐ騒ぎは収まると思うけどね」
それからナポリたんに会い、授業前に少しだけ話をすることになる。
さすがのナポリたんもいろいろ忙しかったせいか、桑原さんが琴音ちゃんのお母さんの元旦那だとは知らなかったようだ。
「だが、それはそれで面倒だな。噂によると、新理事は有能さを買われ、タダの理事じゃないポストにつくらしいぞ」
「え?」
「そして今日は追ってバスケ部への沙汰もある。面倒な展開にならなきゃいいけどな」
タダの理事じゃない……って、まさかね。
そこでまた気になった。琴音ちゃんが言っていた、『嬉しいこと』ってなんなんだろう、この事と関係あるんかな、と。
「あとさ、新聞部が桑原さんをリコールしようとしてたのってなんでなのかな?」
「……さあな。新聞部は利権まみれだろうけど」
「そうなん?」
「現理事長とは仲が良いみたいだぞ。まあ、ひょっとすると弾圧されそうだからかもしれないし、学園の自由が奪われると本気で心配してるのかもしれないし。結論、わからん」
きたないさすが新聞部汚い、なのか。それともペンは剣より強しなのか。謎のままではあるけどまあいいや、とりあえず昼休みにすべてがわかるはず。
おそらく作者もこんな終盤に面倒な事件起こしたりしないだろ。何となくそう思う。
「とりあえず、白木が好奇の目で傷つかないよう、ボクも根回ししておく」
「うん、琴音ちゃんが心配だけど……うかつに俺が近寄るとまためんどくさくなりそうだし、お願い」
おそらく唯一の味方に頼りっぱなしだ、ごめんねナポリたん。
うーん、寝てみたい。寝て現実逃避したい。
………………
…………
……
それにしても居心地が悪い。生暖かい目が全く感じられん。どちらかというと生あたたたたたたたた! かい目だ。お前はもう死んでいる系の。
俺ですらそうだったんだから、渦中の琴音ちゃんはもっとすごかったんじゃなかろうか。ナポリたんが気を遣ってくれなかったらどうなっていたやら。
というわけで昼休みにはいつもの裏庭ではなく、さらに人目につかない文化部室棟の裏へ三人集合。
そこで、琴音ちゃんが開口一番。
「じ、実は、お母さんが離婚したお父さんと和解しまして……」
やっぱり。さてどう反応すべきだろうか。
「……ということは、桑原さんが初音さんの元旦那さんなんだね?」
知らないふーり。そして琴音ちゃんをガン見してごまかす。
「は、はい……昨日一緒に北海道からやってきたみたいなんですが、お母さんは一日遅らせて、お父さんと
返ってきたものは、これも予想通りの答えではあったが。
ああ、きっとその日の夜は燃え上がったことだろうなー、十何年ぶりなんだろうから。
──おっと、またまたゲスの勘繰りになってしまった。
「なるほど、じゃひょっとして再婚とか」
「あ、でも……それはない……みたいです。和解しただけでして」
「え……そ、そうなんだ……」
てっきり再婚までいくのかと思ったらちがうみたいだ。会話の歯切れの悪さから、おそらく琴音ちゃんも離婚理由を知ってるんだろう。だからこそ『再婚』までいかなくても『和解』しただけで喜んでたのかな。
やっぱり、浮気という罪は重いよなあ。そんな理由以外で離婚してたならば、まず間違いなく再婚までいくはずだから。
「白木、じゃああの写真は」
「は、はい。お父さんが滞在先のホテルに戻ろうとして見送ったら、その、謝罪されながら抱きしめられただけです。あ、あの、だから祐介くん、浮気でもパパ活でもないですからね!?」
「わかってるよ」
白い歯を見せた爽やかスマイルにサムズアップ追加で。
そう、俺はすべてわかってる。だから心配など一ミリもしてない。
いちおうメッセージでは送ったんだが、面と向かって言われるのとでは安心感が違う。俺が本心でそう言ったことを理解し、それまで焦っていた琴音ちゃんは心底ほっとしたようだ。
……いつ『全部知ってるよ』と伝えるべきか悩むわ。だが、問題がさらに増えたのは悩ましい。
「しかし、ボクは一応一年バスケ部員代表として、放課後に呼び出されてはいたが」
「……うん、まさか俺と琴音ちゃんも一緒に呼び出されるなんてね」
「はい……」
本来なら、今日の放課後。バスケ部内の不祥事に対する最終決定が言い渡されるはずだった。
が、その事件が片隅に追いやられるような新聞部の報道で、なぜかとばっちりを受けた俺たちまで指導室まで呼び出されるという形に。
ナポリたんが、バスケ部には無関係でいろ、って言っててくれたのになあ。違う騒ぎに巻き込まれてりゃ世話ないね。神の見えざる手ってやつかも。
ま、いいや。俺たちのほうは誤解だし。解決! 解決! さっさと解決! しばくど! バンバン!
…………
こうなっちゃうと、桑原さんに琴音ちゃんと付き合っているという事実を伝えなかったことが、自分の首を絞めている気もする。
あんなふうに世間話してた一般学生が、
そこだけ怖い。
…………
ええい、腹をくくれ、俺。
カノジョの父親とのご対面、どうせいつかは通る道!
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