ゲットザストマック
三分経過。
初音さんは、いまだに絶賛号泣中である。
さすがにこのままだとやばいよなあ。
何とかして落ち着かないものかと、初音さんの肩に手をかけた。これはいやらしい意味じゃないから痴漢行為とはならない。
……誰に言い訳してんだ。
しっかし、初音さんの肩、細すぎだろ。
こんなに細い肩で、琴音ちゃんと二人、気丈に生きてきたんだね。
誰に許されることなく、それでもずっと贖罪を繰り返し。
…………
さすがに俺が許す許さないを判断できることじゃないけどさ。
かたくなな気持ちで、凝り固まった方向からしか物事を見ていなかった桑原さんが。
いつか後ろを振り返って、自分では気づかなかった景色に気づいて。
そうしてふたたび前を向けた時、そこに初音さんがいるならば、きっと。
…………
いや、このことは桑原さんと初音さん、ふたりの問題だ。口出し厳禁。口に出すのは合意の元ならオッケー。何をかはあえて言わない。かわりに言うべきセリフはこれだ。
「……そろそろ、琴音ちゃんも戻ってくると思いますよ。お母さん」
──琴音ちゃんのために強くなれたのならば、琴音ちゃんの前では
そんな意味を込め、俺は初音さんの背中をさする。
こうか は ばつぐんだ!
しゃくりをあげる間隔が徐々に長くなり、やがておさまると、そこでようやく初音さんが顔を上げて俺のほうを向いた。
「……ごめんなさい。もう、祐介くんにはみっともないところばかり見せちゃってるわね」
「いいんですよ。他人じゃないんだし」
「……ふふっ、そうね」
手で目を拭う初音さん。ヤバい、木綿のハンカチーフ持ってないよ。
焦った俺に、追い打ちをかけてくる初音さんでした。
「近いうちに、義理の母親になるんですものね……」
「気ィ早すぎやしませんか?」
おかあさん、という言葉がダブルミーニングになるとは予想だにしなかったわ。
「あら、その気はないの?」
「……善処します」
「とってもあてにならない返事、ありがとう」
「いえ、そうなれたらいいなとは思っていますけど、その前にいろいろと──」
──かたづけなきゃならないこともありますからね。色恋沙汰にうつつをぬかすだけで幸せになれたらいいんですけど。
と、言うより早く、バタバタという足音が耳へ届いた。
初音さんは袖でごしごしと目をこすり、きりっとした表情をムリヤリ作る。が、化粧が少し落ちてるんですけど……指摘すべきか。
まあいい、シリアスブレイカーKOTONEなら気にしないだろ。
「た、ただいまです!」
「おかえり。ちょうどいい時間だったね」
「……そうですか? 新しいお菓子を見つけたから、少し選ぶのに時間がかかってしまったと思いましたが……」
琴音ちゃんの右手に下げられたセイコマの袋には、シベリア以外にも何やらたくさん詰まってるようだ。
「……何をそんなにたくさん買ってきたのさ」
「蜂蜜太郎です! あと、生ガキが安かったのでついそれも」
「またずいぶんマニアックなお菓子買ってきたな! いやおいしいけどさ! おまけに生ガキ売ってるコンビニってどんだけだよ!」
買い物にもツッコミを入れねばならぬとは、さすが琴音ちゃん。略してさすこと。
というかそこ本当にセイコーマートなの? 別時空のセイコーマートじゃないの?
「と、ところでですね、祐介くん。カキフライはお好きですか?」
聞いちゃいねえ。
「……まあ好きだけど」
「な、ならよかったです! お母さん、きょうはカキフライで行きましょう! さっそく教えてください!」
「あらあらまあまあ。OKよ、琴音。……少し早いかもしれないけど、祐介くん。今日はBANご飯食べていかない?」
何とも魅力的なお誘いである。が、言葉が何かおかしい。
「……それは構いませんが、食べるとエロ規制に引っかかってBANされる展開が待っているというオチはないですよね?」
「? そんな展開をお望みなら、私はどこかへ消えたほうがいいかしら?」
「やめてください。というよりも初音さんが料理指導するんでしょうに」
「る、流刑地は邪馬台国です!」
「琴音ちゃんそれ以上いけない。わかりました、食べていきます」
わけのわからないやり取りの末に俺の同意を得ると、初音さんと琴音ちゃんが笑顔になった。
「やりました! これで『イ』の一つ目をゲットです!」
理解不能な喜び方をして、琴音ちゃんがエプロンをつけた。
おお、白いフリフリエプロン。どこの新妻だ。そしてこのお胸だけが盛り上がるボディラインが美味しそう。
ああ、カキフライのあとにパイが食べたい。
「……最近ね、琴音は料理の練習をしてるのよ」
ヨコシマアントラーズよろしく赤い顔で妄想をする俺の横で、初音さんもエプロン装着をしつつ解説開始。
「そうなんですか? なぜです?」
「……言われなくても、わかるでしょ?」
「……」
俺のため……か?
「琴音に教えてあげたわ。『
「……胃袋ですか」
「一つ目はそう。ふふっ、牡蠣は亜鉛も豊富だから、もう一つの『イ』もつかむ気満々ね、琴音ったらもう……」
「……あのー」
そっちか。キングオブコント見たな、親子で。
つーかあの歌さ、小学生が大声で歌ってるところ見たことあるぞ。教育上大丈夫なんか? 将来おかしな方向へ行ったりしないか?
…………
ま、いっか。日本の未来なんかどうでも。
琴音ちゃんの手料理を食べられるなら。
「……おいしくなーあれっ♪」
──でも、デリケートだから乱暴につかむのは勘弁してね。俺もパイつかみ取りの時は精いっぱい優しくするつもりなんで。
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