ビチとの遭遇
カキフライは、三人で美味しくいただきました。スタッフはいない。
個人的には、カキフライは醤油派である。ちなみに琴音ちゃんはタルタルソース派だった。初音さんは何もつけず食べてた気がする。
白木家の晩餐に満足して動きたくもないが、余り遅くまでお邪魔しているとウチの家族に怒られそうだ。禿げそうなくらい後ろ髪を引かれつつも、帰宅せねば。
「じゃあ、そろそろお邪魔します」
「……泊まっていけばいいのに」
「初音さんいやさすがにそれは。明日も学校がありますし、北海道へ行く準備があるでしょうし、邪魔するのも悪いですから」
「いっそのこと、祐介くんも北海道に来たら? 琴音も喜ぶから私は文句ないわよ」
「そ、それは名案です! 婚前旅行で」
「とても魅力的ですけど現実には難しいご提案ありがとうございます。ほんと出来ることならそうしたいです」
「そうね……まだ婚前旅行ベイビーには早いわね」
「なんでそこで受胎する前提なんですか」
「し、心配ゴム要ですから大丈夫ですよね、祐介くん?」
「言葉がなんかおかしい」
いつまでも漫才している時間的余裕はないのになんでこうなる。
というわけで、俺は強引に靴を履いて外へ出る準備をした。
「……今日は、ごちそうさまでした。本当に美味しかったよ、琴音ちゃん。また食べたいな」
靴をトントンしながら、感謝を伝えると。
「は、はい! 今度はお弁当、作っていきますね!」
「期待してる」
うっわ、男子高校生憧れの、彼女の手作りお弁当イベント発生フラグキタコレ。鶴未満になるわけにはいかんから、なにか恩返しも視野に入れないとならんか。
「じゃあ、俺はそろそろ帰ります。今日はごちそうさまでした」
ペコリ。
何をしてお返ししよう、なんてまとまらない考えを巡らせつつ、玄関を出ようとしたが。
「わ、わたし、そこまで見送ります!」
「いや大丈夫だよ」
「い、いいんです、わたしが見送りしたいんですから!」
琴音ちゃんが俺の後に続いて玄関を出てきた。
あらあらまあまあ、みたいな笑顔の初音さんは何も言わない。
バタン。
「今日は本当にごちそうさま。美味しかったし、弁当も期待せざるを得ないね」
白木家を出て、階段を降り、アパートの前へ出た時、改めて琴音ちゃんへと礼を言った。
「え、えへへえ……作った料理を好きな人においしく食べてもらえるって、こんなに嬉しいんですね」
琴音ちゃんは尽くすタイプなのだろうか。喜色満面ですよこれ。
だが、オトコとして、尽くされたままではいられん。このままじゃただのヒモ。首を吊るくらいにしか役に立たないなんて御免だ。
「そのうち、何かお返しするからね。期待してて」
ぽん、と琴音ちゃんの肩に手を置きそういう俺。まあ、何かというのがすぐに思い浮かばないあたり、やっぱ甲斐性なしなのかもしれん。大きくならんと。
…………
甲斐性なしを解消、なんてくだらないダジャレが浮かんだが。
そんなものは琴音ちゃんのおねだりできれいさっぱり吹っ飛ぶ、という結果に終わった。
「あ、じゃ、じゃあ、お返し、今下さい」
「……は?」
今この場で何を返すんだ、と一瞬真剣に悩んだ俺に対し。
目を閉じ、自分のくちびるを右手の人差し指でトントンと叩いてくる琴音ちゃん。
「……じゃあ、遠慮なく」
──こんなねだり方、卑怯だろ。誰かに見られてたら恥ずかしいな、とか思っても吸い込まれるわ。
ちゅっ。
さすがに屋外なので、長い間くちびるを合わせているわけにはいかない。
鳥がついばむようなキスの後、琴音ちゃんが閉じていた眼を開き、すぐさま俺の腕に絡みついてきた。
「……少しだけ、いいですよね。こうしていても」
この離れがたい感じを共有していることが、やっぱり幸せ。
「……もちろん。でもさ」
「なんですか?」
「あの、当たってますけど」
「当ててるんですよ」
「……このやりとり、いっぺんやってみたかった」
「叶ってよかったですね」
「うん……いろいろとね」
俺たちは漫才もそこそこに、ゆっくりゆっくり歩きだす。
そうして、マンガ喫茶『自慰空間』の前まで来たところで。
「……ここまででいいよ。じゃあ、ね、琴音ちゃん」
「……」
琴音ちゃんは不満そうで、なかなか俺の腕を放そうとしない。
もう少しくらいならいいかな、なんて思っていたその時。
自慰空間から、どこかで見たことのある、一組のカップルが制服姿で出てきた。
──池谷と、佳世じゃねえか。
「あっ……」
予期せぬ遭遇に俺と琴音ちゃんが固まっていると、俺たちに気づいた佳世が声をあげたあと気まずそうに顔をそらし、池谷は眉間にしわを寄せた。
「…………」
「…………」
お互いにかける言葉などありゃしない。
だが。
『こいつら、本当に付き合い始めたんだな』
そんな蔑みにも似た何かが浮かんだ。
他人を見下した感情は、隠しているつもりでもつい顔に出てしまう。それに気づいたのだろう、池谷と佳世は、そそくさとその場を立ち去って行った。
そして俺と琴音ちゃんは、ふたりが遠くへと消えるまで、絡みついた腕をそのままに。
「……あいつら、本当につきあってんだなあ。
俺がこの場の雰囲気をどう変えるか悩んだ末に、そう軽口をたたいても。
「……」
琴音ちゃんは無言だった。
言葉を発する代わりに、池谷と佳世が立ち去った方向をじっと見つめている。
──以前とは違って、ラブラブ感がほとんどないあいつらを。
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