Something in the way

 槍田先輩が退学して、少しの時間が過ぎた。


 俺と琴音ちゃんは相変わらずラブラブバカップルとして、幸せに過ごしている。

 付き合い始めてからの一連の騒動は、なんだかんだ言っても周りすべての人に影を落とした。それを消し去るかのように、一緒にいる時間を重ねてゆく。


 このままでは、依存が待っている。そんな危険な予感もするが、あらがえるわけがなかった。


 いや、だってさ。

 琴音ちゃんのにおい、琴音ちゃんのあたたかさ、琴音ちゃんのやわらかさ。いっぺん味わってみ? といっても誰にも味わわせるつもりはないけどな。

 すまん自慢したかっただけなんだ。この話が文章でのみ構成されていることが残念である。


 もちろん、最後の一線は越えてない。俺にそこまでの甲斐性ないし、覚悟もないし。暇とカーテンはあるぞ。


 まあ、それはおいといてだ。

 ナポリたんに関しては、俺と琴音ちゃんの励ましもあったおかげか、落ち込みからは脱したようで、一心不乱にバスケ部に打ち込んでいる。

 やっぱりナポリたんはナポリたんじゃないとな。俺たちの調子も狂うわ。


 ただ、槍田先輩の件から、ナポリたんが変わったとすれば。

 自分から佳世に積極的にかかわらなくなった、ということだろうか。佳世のほうから来てくれることを待ってるようにも思う。

 ナポリたんにもなにか思うところはあるのだろうが、そこには触れないのが甥としてのやさしさってもんだよね。


 そういうわけで必然的に、佳世の今などわかるはずもなかった。

 佳世は俺を避けているのだろう、学校内で顔を合わせる機会もなく、こっちから調べる気もない。


 池谷は仕方なさげに部活に参加しているようだ。

 まあ、あの一件から母親からの締め付けも厳しくなっただろうし、おとなしくしてるのは当然としても。

 こやつは果たして性欲をスポーツで昇華できているのか。これに関しても確認するすべはなく。

 俺たちはそのことにお互い触れないまま、時は過ぎて。


 やがて。


 とあるうわさが校内に広まった。

 それに気づいたのは、俺が琴音ちゃんとつきあい始めてから一か月ほど過ぎたある日。街はもう冬準備に入ろうとしている頃のことである。


「緑川殿、吉岡殿が池谷殿とつきあい始めたという話は、本当でござるか?」


「知らん」


 教室に着くなり俺のほうへ寄ってきてそう訊いてくる小太郎のことを、俺は軽くあしらって自分の席に着いた。


「知らん、とは……仮にも隣に住む幼なじみではござらんか?」


「いや、そんなこと言われても、もう無関係だからなあ……」


 そんなつまらんうわさがすぐに広まるなんて、どんだけヒマジンの集まりなんだろうか、この学校は。


 俺は自分の席に座ったまま、頬杖と深いため息をついた。

 ため息ダイエットできるかもしれんな。琴音ちゃんに教えてやろう。


 ──なんだ、結局くっついたのか。やっぱりビッチは死ぬまでビッチだな。そんなんで幸せになれんのかよ。



 ―・―・―・―・―・―・―



 そして昼休み。定位置の裏庭で、いつもの三人がお昼を済ませている時に。

 ため息ダイエットに興味津々だった琴音ちゃんを構いつつ、ナポリたんについでに聞いてみると。


「ボクもその話は聞いてる。バスケ部員から『佳世と池谷が肩を抱き寄せるようにして一緒に歩いていた』という目撃情報があるから……」


「ふーん。つきまとってるとは聞いてたけど、やっぱりそうなるのか」


 ナポリたんの歯切れが悪い。やっぱり直接は聞いてないようだ。

 まあ、無理に確認する必要もないから、どうでもいいんだけど。


「……気にならないのか? 祐介は」


「いや……」


 ナポリたんからの質問に、チラリと琴音ちゃんのほうを見てから。


「それで佳世が幸せになるなら、いいんじゃね?」


 未練なく言い切る俺。

 だが、ナポリたんはそれを聞いて。


「……」


 少しだけ難しい顔をした。


「ど、どうかしましたか、ジェームズさん?」


「……いや。まあ、おまえらに関係ないが──」


 ──けど、何かがおかしい。

 そんな言葉が続くようなナポリたんの話し方に、俺と琴音ちゃんが息をのんだ。


「……本当にどうかしたの、ナポリたん?」


「ああ。佳世がな、池谷とくっつくことはありえないと、ついこの前に言っていたのにな」


 ついこの前。おそらくは自動販売機のところで話してた時だろう。

 俺は知らないふりをして、続きを待った。


「その舌の根も乾かないうちに、池谷とやっぱりくっつきました、とか……引っ掛かるんだよ」


 うーん、佳世の言うことが信用できればそうだろうけど。でもあいつビッチだよ?

 ナポリたんは、佳世のことを信じたいのかな。


「……お互いに妥協して納得したんじゃね?」


 俺はそうごまかしたが、ナポリたんは納得してない。そこに姫が乱入してきた。


「そ、そうですね。あの二人、お互い相性はよかったようですし」


「……何の相性のことを言ってるのでしょうかね」


「も、もちろん、せいきの対決の相性です」


「精か子か?」


「あ、新しい命が芽生えるか、腹上死するか、ですね」


「究極のデッドオアアライブなんだな性行為って……」


 俺たちがいつもの漫才を繰り広げている間も、ナポリたんはクスリともしなかった。


「……」


 ますます難しい顔になっている。劇画調ナポリたん。劇画オバQくらい違和感あるな。


 その傍らで。


「相性、相性……もしも、ゆ、祐介くんに満足してもらえなかったら、どうしましょう……締まりをよくするトレーニングでもしましょうか……あ、それとも、優しくうねるような動きのトレーニングを……」


 余計な心配をひとりでしている琴音ちゃん。シリアスとコメディーが同時に存在するこの空間がカオスってやつだな。

 いやーん、まいっちんぐ。


 まあ、確かに佳世の行動に関しては、手出し不可能だ。

 気持ちを訊く気はないし、どうなろうが知ったこっちゃないけど。


 ──何かが引っ掛かる、か。

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