GAYネタと思わせて中身のない話


「いったい何が……」


 俺が思わず声をあげると、横からナポリたんが覗き込んでくる。


「どうかしたのか?」


「いや、白木さんから……きょうから二日間、池谷のことをおはようからおやすみまで見つめているはずだから、そこで何か見たのかも」


「ああ……何やら面白そうなニオイがするな」


 ナポリたんは目を輝かせてはいるが、俺は少し心配になってきた。

 あの白木さんが悲しんでいるならば、ひとりきりにしておけない。彼女だってつらいままなんだから。


「こうしちゃいられん。悪いけどナポリたん、俺は白木さんのところまで行ってみるよ」


「ああ、待て祐介。ボクも一緒に行くから」


「……へ?」


「情報は武器だからな。決して野次馬根性ではないぞ」


 だからもうちょっと素直になれとあれほど。

 でもまあいいか。確かにナポリたんがいればだいぶ役立つことも多い。



 wwww そして移動中 wwww



 とりあえず、俺とナポリたんは池谷宅前までやってきた。

 さて、果たして白木さんはどこへいるのかとキョロキョロ探していると。


「み、緑川くん……ここ、です……」


 ななめ向かい側にある古いマンションの非常階段から、手を振ってくる白木さんを見つけた。確かにあそこなら池谷宅を一望できるわ。


「なかなかいい場所のチョイスだな、白木。興信所でも働けるぞ」


「で、伝説のジェームスさんにそう言っていただけるなんて光栄です……」


 合流して最初の言葉が、あいさつではない変ななにかだった。

 マンションの管理人になにか言われないか不安なんだけど、まあいいか。


 …………


 そういや、私服の白木さんを見るのは初めてだな。

 ちょっとだぶついた白のカットソーに、ピンク色で前ボタンの台形スカート。

 シンプルなんだけどセンスを感じさせる。


「……どうかしましたか?」


 俺がついボーっと白木さんを見てしまっていたので、なにか怪しまれたのだろうか。そんなふうに声を掛けられると、ついつい焦ってしまう。


「あ、い、いや、別に何も」


「……? ならいいんですけど……ところで」


 白木さんが俺の目の前に自分の両手をそろえて出してきた。


「な、なに?」


「……もう。忘れたんですか? 約束の三色パン」


「あ」


 メールの内容に気を取られすぎて、すっかり忘れていた。


「ご、ごめん。慌てていたもんだから、忘れていた」


 俺がペコリと頭を下げて謝罪するが、白木さんの頬は膨らんだままだ。


「もう、仕方ないですね。あとで買ってきてくださいね?」


 許してもらえた。俺はドギマギしながらこくこくと頷く。


「……ふふっ。なら、許してあげます」


 にぱー。


 白木さんの笑顔を久しぶりにいただきました。ああ、守りたい、この笑顔。


「……百万ドル出してもいい笑顔ですな。心が洗われるようだ」


「祐介。じゃあボクの笑顔には、いくら出すんだ?」


 左側から肘で俺をつついてきたナポリたんが、俺が思わず漏らした言葉に便乗して、どす黒い笑顔を見せてきた。


「んー、百万ジンバブエドルくらい?」


「それ一円の価値もないよな? 今度からウチに食いに来た時、料金請求するぞ?」


「ごめんごめん。じゃあ百万ボリバルで」


「わざわざ破綻した通貨に例えなくていいわ」


 ナポリたんの笑顔は、一部で『殴りたい、この笑顔』とか言われてるからなあ。言ってるのはだいたいナポリたんに抹殺された奴らだけど。

 笑顔に性格が出るのかね。俺はナポリたんと同類だからわからん。


「……高度な経済学の話ですか……?」


「いんや、ウィットとユーモアに富んだ高度なディスリスペクトの話。ところで白木さん、メッセージ見てびっくらたまごが産まれたんだが、いったい何があったの?」


「あ、は、はい。これを見てください」


 白木さんは、持っていたデジカメで撮った画像を俺とナポリたんに見せてきた。


「……あれ? 馬場ばば先生?」


「これは……うちの顧問のバババーバ・バーババじゃないか。なんでこいつが池谷の家に……?」


 ちなみに馬場先生はバスケ部顧問の自称・ナイスミドルなおっさんだ。ナポリたんが言っていたあだ名は、単にヘアスタイルがアフロだからついたに過ぎない。でも、あだ名のほうが長いってどうなのよ。


「バスケ部顧問ですから、池谷君と交流あるのはおかしくないんですが……」


「……ああ。そいや、馬場先生ってゲイだって噂が立ってたよな」


「は、はい。まだ結婚してませんし。だから変な想像しちゃって……」


 ナポリたんが俺と白木さんの会話を聞いて、顔の前で右手を左右に振った。


「ああ、ないない。だってバババーバ・バーババは、筋金入りの熟女スキーだからな」


「……はあ?」


「バスケ部内では割と知る者もいるぞ。熟女ピンサロ前でバババーバ・バーババを見かけたとか、TSUYATAでバババーバ・バーババが熟女エロDVDを借りていたとか、実は生徒の母親をバババーバ・バーババが狙っているとか、あることあること噂が尽きない」


 いやだから馬場先生でいいじゃん。読みづらいよ。この小説読んでる人のことも考えてくれ。


「だいいちな、BLってのは美少年同士のカップリングだから成り立つんだ! 池谷とバババーバ・バーババの組み合わせなんて誰得だろうが! 世の中のBLスキーを冒涜ぼうとくするな!」


「なんでそんなに力説してるのナポリたん」


「バカモノ! 世の中の女子の九割はBLスキーなのだ」


 ナポリたんのその発言こそ世の中を冒涜してるんじゃね?

 とは思ったが、熱い議論をする気もないので黙っておく。


「白木さんもBL好きなの?」


「え、えっ? あの、乙女のたしなみ程度には……」


 一応白木さんにもBLの話題を振ってみたが、戦国時代の武将かガルパソの登場人物かわからないようなセリフで返された。

 これは建前だと思っておこう。


「カリ〇ュラの主鍵本同人誌を漁るのが今の楽しみでして……」


「わーい本格的な専門用語いただいちゃったよ困ったなーははは」


 世間はここまでBLに侵食されていたのか。流行に疎いな俺。


「……ん? おい、バババーバ・バーババが出てきたぞ。女性同伴で」


 俗世間との乖離に悩んでいる俺を、ナポリたんが引き戻す。

 引き込まれて引き戻されたがBLの話題よりはいいやと思い、池谷宅を見てみると。


「……あれは、馬場先生と……ひょっとして」


「池谷君の……お母さんでしょうか?」


「それっぽいな。ボクも池谷の母親は知らないが」


 池谷の両親は離婚しているとさっき聞いたばっかりだ。まあそれなら馬場先生がアタックしてもおかしくはないが……


 二人ともそのままどこかへと姿を消した。

 あの二人がどういう関係なのか少し興味がわいたが、今回は探るのはやめておこう。


 そうしてしばらく経ってから。

 何やらきょろきょろとあたりを伺いながら、池谷宅へ近づく人影が確認できた。

 挙動不審過ぎるんですけど、なんですかあの人。


「……ん?」


 ナポリたんの表情が険しくなる。


「どうかしたの、ナポリたん?」


 白木さんもナポリたんの様子の変化に気づいたらしく、喉をゴクリと鳴らした。


「あれは……バスケ部の、槍田やりた先輩じゃないか。なんで池谷宅に……?」


「槍田先輩……?」


「そうだ。先日、二股について熱く語っていた先輩だ。まさか……池谷と?」


「!!!」


 ピアノの不協和音が空耳で聞こえたから思わず白木さんを見たら、ハイライトが消えてたよ。守れなかった、あの笑顔。


 ──まさか、このまま生殺しにするんじゃないだろうな。ちゃんと夜にもう一回更新しろよ、作者。

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