この話はラブコメです。忘れてませんよね?

「……しっかし、槍田先輩もよくやるわ。まったく懲りてないな。まあ、だいたいの事情は理解できた」


「えっ」


 病んでしまった白木さんの傍らで、ナポリたんが冷静に現状分析をしていた。さすがは伝説のスパイ。


 …………


 いや、まずは白木さんをもとに戻そう。


「白木さん! 気を確かにして、白木さん!」


 肩を掴んでゆっさゆっさと身体を揺さぶるが、ハイライトは戻らず無反応である。


「ダメだ! 佐久間琴音はダメだ! 今井琴音を目指しているんだろ!?」


 応答がないので再度揺さぶる。バイタルは安定しているはずだが。


 ゆっさゆっさ。


 …………


 おお、おっぱいが揺れてる。


 ゆっさゆっさ。ぷるんぷるん。

 ゆっさゆっさ。ぷるんぷるん。


 …………


 こ、これは……楽しいぃぃぃ。

 というわけで、思わず白木さんのおっぱいを数日振りにガン見。


「…………どこを見てるんですか?」


 癒し系のボイスが耳に届いたので、視線をおっぱいから白木さんの顔に向けると、ハイライトが戻ったジト目が待っていた。

 そして頬はやや赤木さんと化している。


「すまん、揺れる思いを堪能してた」


「……それ、うまくもなんともないですからね?」


 胸を隠すようなポーズをとって、体の向きを変えた白木さんがすねている。

 おかしくなった時はおっぱいをガン見すればOKとわかったのはいいが、軽蔑されてしまったかもしれない。フォローしとこう。


「あああ、お願いです見捨てないでください。いま白木さんに見捨てられたら俺はどうしようもありません。お願いです見捨てないで」


「やめてください。というか、ずいぶん前のセリフを持ち出してきましたね……」


「いやずいぶん前って言うけど、知ってた? まだ俺と白木さんが知り合って一週間経ってないんだぜ」


「……えっ? そうなんですか? もう二十日くらい経ったのかと……」


「作者軸で時間を語るのはやめよう」


 メタな話は読んでるほうがドン引きするからな。


 そこでお互い見合わせてふふっと笑う。白木さんの雰囲気が戻ってよかった。


「……不思議ですね」


「なにが?」


「まだ知り合って一週間も経ってないのに、緑川くんとはいっぱい、一緒に話した記憶が残ってます」


「ああ、まあ……」


「……池谷君とは、こんなに話したことがありませんでしたから」


 そう言った白木さんは、何となく寂しそうで、思わず抱きしめたくなった。


 そういえば、前から思っていたことだけど。

 白木さんは、池谷のことを『池谷君』呼びだ。『浩史君』ではない。佳世とはえらい違いだ。


 白木さんの周りにある見えない壁を、池谷は乗り越えられなかったのかもしれない。それでも池谷が白木さんと別れなかった理由は明らかだが。まさしく揺れる思い。


「……あのな、おまえら。イチャコラするなら現状認識してからにしろ」


「おっと」


 赤木さんと俺が我に返ってバッチコーイ。ピッチャービビってる、ヘイヘイヘイ。


「ご、ごめんなさい。でもおちゃらけて少し気楽になりました……」


「……まあ、白木がショックから抜け出せたならいいけどな」


 仕方ないなあ、とばかりにボリボリと頭を掻くナポリたん。このしぐさは癖なのだが、オヤジくさいからやめろと言っても治らない。


「で、それはそれとして。ナポリたん、だいたいの事情は理解できたといってたけど……?」


 おっと、きらーんと目が光ったぞ。伝説のスパイは眼力も違うな。


「いや、そんなん見てわかるだろ。槍田先輩は池谷と逢い引きしてた。以上」


「不親切すぎるわ」


「ま、付け加えるなら、あの二人に恋愛感情はないよ多分。槍田先輩は依存症に近いし。バババーバ・バーババと池谷母の関係はわからんが、池谷母は結構監視が厳しいみたいだから、監視役が姿を消してからこれ幸いとばかりに睦み合うんだろ」


「……はい?」


「つまり、槍田先輩は超絶ビッチ。好みの男ならだれかれ構わず、時には弱み握って脅してまでもヤルから」


「ということは……?」


「お似合いの二人。以上」


「ちょ、ちょっと待ってください」


 白木さん参戦。


「じゃ、じゃあ、池谷君が土曜日にわたしとデートできない、っていうのは……」


「それしか考えられないだろ。白木と佳世と槍田先輩、二股どころか三股とはな」


 ナポリたんの口から、理解したくない残酷な現実を突きつけられ、白木さんの目がまたおかしくなりかけた。


「あううぅぅぅぅ……そ、そんなにわたし、魅力ないんですかぁぁぁぁ……」


「いやそれは違う!」


 思わず口をはさんでしまう俺。なぜこんなに必死になってるのやら。


「その証拠に池谷は白木さんに別れるとは言ってない。おそらくだが池谷は、白木さんがやらせてくれなかったから、他の女へとたぎる性欲をぶつけただけだと思う」


「……」


「白木さんと別れて他の相手とつきあえば、こんなにこそこそする必要もないのにな。そうしてでも手放したくない、抗えない魅力が白木さんにはあったんだよ」


 そうフォローしながら胸を見てしまうのは男のサガか。

 俺の必死さに呆れたのか、白木さんが眉をひそめている。が、そこまで言い終わると、俺の視線の先を感じ取った白木さんが、両手で自分のおっぱいを掴んだ。


「……魅力って、これですか? 池谷君が知ってるわたしの魅力って、これだけですか? これのおかげで別れなかっただけですか?」


「……」


「ココロなんかわたしにもうないのに。池谷君がそんなことしか考えてないんだとしたら……さすがに気持ち悪いです。もぅマヂ無理」


 眼福、とは言えねえわ。

 おそらく、白木さんが初めて見せる嫌悪の表情。俺もそれに怯んでしまっていた。セリフすらツッコめる気がしねえ。


「池谷君は、わたしをちゃんと見てくれなかった。わたしを理解してくれなかった。わたしにうわべだけの笑顔しか見せてくれなかった。それでも、初めてできた彼氏でした。わたしを少しは好きでいてくれると思ってました。でも、違ったようです。やれればよかっただけなんですね。さすがに愛想が尽きました」


 ヤッバ。白木さんを怒らせたらこんなに冷えた。この前のツンドラは仮の姿か。今回は真・ツンドラだな。

 いやね、今まで愛想つかしてなかったのかとはちょっとだけ思ったけど、心のどこかに何かが残っていたんだろうな。俺と同じく。

 墓穴掘っちゃったよ。助けて、ナポリたーん!


「知り合ったばかりの緑川くんでさえ、こんなわたしをたくさん気遣ってくれるのに、こんなわたしのために、わたしの……あああぁぁぁ……しょせんわたしなんて、わたしなんてぇぇぇぇ……」


 いやーん! 白木さん、お願いだから泣かないで! 俺キョドッちゃう!


 ……ああ、いつまでもナポリたんに頼るのは男らしくない。頑張れ俺!


「だからそんなことないって! 白木さんはおっぱいデカいけど癒されるし、おっぱいデカいけど会話の話題が豊富だし、おっぱいデカいけど面白いし、おっぱいデカいけど笑顔がかわいいし、おっぱいデカいけどいつも一緒にいたいと思うし!」


 もう何言ってるのかわかんねえ。おちゃらける余裕もないわ。


「……えっ? みどり……かわ……くん……?」


「……あ」


 少しのタイムラグがあって、俺、固まる。白木さんも同じく。

 まーたやっちゃったよ、間男のまねごとを。


 気まずすぎてしばらく無言でいたのだが、白木さんが、潤んだままの瞳でこっちを見ている。ああ何か期待してるのかな。困る。

 おろおろ。おろおろおろ。気分は流浪人るろうに


 この自滅にも近い惨状を見かねたナポリたんが、またボリボリと頭を掻きながら、ため息で吐き捨てた。


「……もうお前ら、つきあっちゃえばいいんじゃね?」


「……はい?」

「……えっ?」


 間抜けな返事が、締まらなくて。むずがゆくて。でも不快じゃないのが不思議で。


 ここが、俺たちの始まりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る