目覚めよ、闇の心

 お互いに反省しているようなポーズ。

 悪いことをして、並んで廊下に立たされているような。


「……ま、まあ、あくまで一般論だから。一般論だから!」


 もし俺が、とか言ってたのに、何が一般論なのか意味不明な言い訳で終わらせることにする。

 傍らで赤くなったままうつむく白木さんも黙りこくって、なぜか先ほどの佳世と池谷の逢瀬の瞬間を見た時より重い空気が流れた。


 尻拭いをしようと、仕方なしに俺は自分語りを始める。


「……俺と佳世はね、家が隣同士で、物心ついた時からの幼なじみなんだ」


「……」


「当然ながらお互いの両親も知っている。なんていうんだろ、燃え上がるくらい好きっていう時を過ごしたわけじゃなくてね、長く一緒にいる中で、これからもおそらく一緒にいることが想像できてね。当たり前のように」


 白木さんはノーリアクションだった。そりゃそうだ、突然こんな話を振られりゃだれでもそうなる。

 それがわかるからこそ、俺は自分語りを続けることにした。


「で、佳世も同じように思ってると信じていた。だから告白した。でも、下手に手を出そうとしても、お互いの両親の顔がちらつき、思いとどまることばかりだった。度胸がなかったんだ。だから池谷にとられたのかもしれないな。はは、ヘタレもいいとこだ」


 自虐には自虐でお返しだ。心が崩れるような言い訳も、ひとりでは耐えられないだろうから。吐き出すなら今しかない。


 案の定、そこからしばらくは、辺りの木々のざわめきしか聞こえなくなった。

 俺は何の気なしにため息をひとつ。すると、それに白木さんが反応してくる。


「……緑川くんは、吉岡さんが大事だったんですね」


「……ん?」


「わかります。吉岡さんの存在が大事だったからこそ、うかつにそれを壊すようなことができなかった。それがどうしてヘタレなんですか?」


「……いや」


 まさか俺の擁護をしてくれるとは思わなかったので、俺は明らかに狼狽えた。

 いっそヘタレって部分に同意してくれた方が対応しやすいのになあ、などと思いつつ。


「もしわたしにそんな優しい幼なじみがいたら、わたしなら絶対にそんな人を自分から遠ざけません。きっと一生大事に……」


「ちょ、ストップストップ! 白木さん、そこまで!」


「……あ」


 さっきの白木さんの気持ちが分かった。俺は瞬時にリトマス紙のように顔色が赤く変化する。

 白木さんのリアクションもさっきの俺と同じだ。


 これが傷の舐め合いってやつか。

 でも確かに、少しだけ自信を取り戻せたようなそうでもないような。


 ──よし。


 少し間を置き、俺は自分の頬を両手でバシッと叩いて、気合を入れた。白木さんが一瞬ビクッとしたが、気にせず話しかける。


「とにかく、このままではよくない。白木さんも真剣に池谷を想ってたことはわかったし、俺もそうだ。でも、これは浮気以外の何物でもない」


「……そ、そうですね。確かにこのままでは……」


「そこで、だ。白木さんは、これからどうしたい? 池谷を取り戻したい? それとも……」


「もう、無理だと思います」


 驚くことに、白木さんは即答だった。


「……へっ?」


 間抜けな声が俺の口から洩れる。


「……たとえ私が忘れられなくても、もう、池谷君の気持ちはわたしにはありません。どうあがいても、無理なんです」


 ──泣くほど好きだった相手だ、白木さんはそんな簡単に諦められるものなのか。


 そう考えたけど違った。自分じゃなく、相手があってこその恋愛なのだから、無理なんだとわかった。

 俺は思わず空を見上げた。悲しいくらい雲がない空だ。はっきりわかる。


 相手に気持ちがなくて、いくら自分が好きでも、これ以上彼氏彼女でいることが無理ならば。きっと俺と佳世も無理だろう。いくらお隣さんで幼なじみでも。


 そう思うとまた涙が出そうになったが。

 残念ながら、もう十分すぎるほど泣いた後なので、同意するしかできない。


「そう、だな。無理だ」


「……はい」


 短い間だったけど、恋人として過ごした佳世との思い出が頭に浮かぶ。

 幼なじみであった関係とは明らかに違う幸せなとき。それももうむなしいだけだ。


 不思議だ。自分をそう納得させると、急激に佳世を好きな気持ちが醒めていく。

 おそらく白木さんもそうなのだろう。だから即答できたんだな。


「……」


「……」


 お互いにしばらく黙って、おもむろに爆弾発言。


「……復讐、してえなあ。あいつらに」

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