山の中の魚

朝凪 凜

第1話

 林間学校は最悪だった。中学生にもなって車酔いをして、周りに迷惑を掛けてしまった。保健の先生がついていたけれど、他の人達は山登りへ出発し始めていた。

「大丈夫? 今日一日は休んでも平気よ」

 そう言ってくれたけれど、いつまでも迷惑を掛けているわけにもいかない。

「いえ、大丈夫です。少し休んだら私も行きます」

 そう答え、保健の先生は再び水を寄越してくれた。


 それからもうしばらく休んで、最後の人も出発し、引率の先生も待機する人を除いて出発してしまった。

 その頃にはなんとか酔いが醒めてき始めたので、緩慢とした動作で準備をし、出発をする。

「無理しないで、駄目だと思ったら戻ってきてね」

 保健の先生の言葉に「ありがとうございます」と丁寧に返事をして出発する。


 最後の出発だったので、急がなきゃと進んでいく。これがきっと注意散漫だったのだろう。

 何カ所かあった分かれ道を間違えたらしく、後から考えればはぐれたのだろう。その時は気付かず進んでいき、ある人が目前に見えた。

「おい、こっちは道が違うぞ」

 同じクラスの男の子だった。

「えっ、もしかして途中で道を間違えた……?」

 しまったと思うも、どこまで戻ればいいのか分からないし、何より目の前の男の子も道が分からないのではないだろうかと逡巡する。

「久芳くん、あなたも道を間違えたの?」

 久芳と呼ばれた男の子は眉をひそめて、

「そんなワケない。俺はただ道なりに山を登っていくのが嫌だっただけだ」

 反発したいのだろう、そういう男の子はクラスにも何人かいた。

「じゃあ一緒に戻らない?」

 そう言うも、無視して先に進んでしまう。

 私ははぐれちゃうと思い、小走りで追いかけていった。

 しばらくして林道からも外れ、やや開けた場所に出た。

 水族館だった。


 入り口を覗いてみると営業しているようだった。久芳くんはもう見当たらなかったので、もう少し中の方に行ってみると突然おばちゃんに声を掛けられた。

「どうしたんだい。今日こっちにきてる生徒さんだろ? ……あぁ、なるほど。若いねぇ。

 ほら、じゃあ見てくかい? 入場券二枚だ」

 二枚?と首を傾げ、一人だと声を掛けようとおばちゃんを見るとニヤニヤしていた。

 そのおばちゃんの視線の先を追うと久芳くんが入り口の前に立っていた。

「いや、でも今林間学校で登山中ですから、寄り道するわけには――」

「大丈夫大丈夫、先生さんにはあたしの方から言っとくよ。せっかくこんなへんぴなところまで二人で来たんだ。見てっておくれ。他にお客もいないし、貸し切りだよ」

 おばちゃんが窓口から出てきて、わたしの手を取って券を二枚渡してくれた。

 ここで断るわけにも行かないし、先生にも連絡してくれると言ってるから少しだけ見ていこうかなと考えていると

「いや、俺は行かねぇし! こんなところ入ってもしょうが無いし」

「何言ってるんだい。そんじゃあ、今すぐ先生でも呼んで来てあげようか。せっかく誰もいないんだから見てき」

 おばちゃんが入り口の方に歩いて行き、その後も何やら喋っていたようだけれど、私の方には聞こえなかった。

 久芳くんも観念したのかしぶしぶ入る事になったけれど、何やら後ろめたい気がしてならなかった。

 それでも中に入ると、結構暗かった。水族館なので明るくはないのだけれど、先の方には深海魚もいるらしいことが看板で分かった。

 そうして眺めながら歩いていると足下の段差に躓き、

「わっ――」

 前を歩いていた久芳くんに顔からぶつかり、服を掴んでしまった。

「ご、ごめん。足下が暗いからちょっとだけ手を繋いで貰ってもいいかな……」

 俯きながら怖ず怖ずと訊ねると

「しかたねぇなあ」

 と明後日の方を向きながら手を出してくれた。

「うん、ありがとう」

 言ってそろりと手を繋いだ。


 それから、どちらがしゃべるでもなく、無言のまま見続けた。


 足下も悪く、転びかけたので手を繋いでもらうことに。

 恥ずかしそうにゆっくり歩き、水槽の前に来ると立ち止まってくれる。

 そんなことを繰り返しながら見ていった。


 普通の魚やカニやらがいるのに続き、深海魚コーナーに入ってきた。

 水深200-1000メートル程度の中深層、1000-3000メートルの漸深層があった。

 深いところの魚はなんかちょっと怖く、チョウチンアンコウやアカグツなどの

 魚がいて目が怖かった。


 そんなことをして一通り見終わって外に出ると日が落ちかけていた。水族館の時計を見たら18時前だった。

 おばちゃんにお礼を言って、水族館から出て林道に戻る途中に綺麗な景色があった。

 夕日を浴びてこの夕べの景色が広がっていた。

 逆方向から来たからこの景色に気付かなかったのだろう。

 ふと、手を繋いでいることに気付いてなんだか気恥ずかしくなってしまった。

 と、引率の先生がこちらに向かっているのが見え、久芳くんがそそくさと手を離してしまった。

 ちょっぴり残念だったけど、良い思い出が出来た林間学校だった。







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山の中の魚 朝凪 凜 @rin7n

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