ドッペルゲンガー

無糖

第1話

目覚めた瞬間分かった。

俺はもう普通の体ではなくなってしまったのだ。

不確かだが確実で、不安だが平穏な、ある種の本能が示す直感とも言うべきものが、俺の頭の中を支配していた。

俺は自分の両手を見た。昨日と何も変わらない、普通の手に見えるが、明らかに違う。恐ろしい呪いのようなものがそこに宿っていた。



この掌と掌を触れ合わせてはいけない。



もし俺の掌が触れ合ったなら、まず間違いなく何かが起きる。そんな気がする。その何かとは何なのか、何故こんなことになっているのか、俺には何一つ分からなかった。でも、俺の脳天からつま先に至るすべての細胞が、俺の掌が触れ合うことへの恐怖を叫んでいた。

俺の何がどう変わってしまったと言うのだろう。これは治せるものなのか。元に戻るのだろうか。外部からの影響か、それとも俺の内で起こった変化なのか。俺はベットから起き上がって恐る恐る部屋の壁に触れてみた。少し冷たいザラザラとした感触が掌に触れた。何も起こらない。しっかりと確認した後、俺はここでひとまずほっと息をついた。その後も俺は早朝の部屋の中で一人いろんなものを触ったり、腕をブンブンと振り回したりしていた。誰かが見たら頭のおかしい奴の行動のように見えただろうが、俺にとっては命がけの実験だった。実験のおかげで掌を触れ合わせる以外のことは大抵できることが分かった。しかしこの事態の原因はさっぱり分からないままだった。

俺は普通に着替えて、普通に飯を食い、普通に学校に向かうことにした。何となく落ち着かないので、いつもより2本早い電車に乗った。おかげで難なく座れたし、人もまばらだった。何の変哲も無い、全てがいつも通りだ。ふとした拍子に掌が触れ合うことが無いように、俺はバックを握りしめていた。その時、電車がガタンと揺れて、隣に座っていた男子高校生な頭が俺の肩にぶつかった。俺はその衝撃でハッと我に帰り、彼は眠そうな目を半分開けてちょんと会釈をしてから、反対側に首を傾げてまた眠ってしまった。これから朝練なのだろうか。彼の大きな手提げ袋からジャージがはみ出ていた。ああ、俺も昨日まではなんの心配もなく電車に揺られて眠ることができていたのだ。今はそれがもうずっと昔のように感じる。

俺は覆いかぶさるようにバックを抱え込んで、より一層強く握りしめた。早く目的地についてほしいような、ずっとこのままでいたいような、そんな気がしていた。

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