摂氏121度
阿部 梅吉
100%のバズ女
この文章はここから始まる。
この記事は、いつも見てくれている、顔も声も知らない君たちのために書く。
「おい、今野、お前さあ、あの消臭剤の企画案、どこまで考えた?」朝の九時から、上司の熊さん(独身32歳、アイドルオタ)に一発どつかれる。会社の中の栄養ドリンクは消えた。後輩が持って行った。ついでに言うと寝袋も熊さんに取られたから、俺は昨日の夜、段ボールの上で一夜を過ごした。
「下品なのしか思いつかないですね」
「良いよ、洗い出ししてあるんだろうな?会議11時からな」
電話が鳴ったが、向こうのデスクに手を伸ばすのも億劫だ。なけなしの元気を振り絞り、電話に出る。だって俺が一番、若いから。
「はい、バズウェーブです」
大学を中退して一年。就いた職業はウェブライター。広大なインターネットの情報の洪水の中で、どれほど多くの人に注目されるか。それを至上命題に仕事をしている。広告と言うよりは一種のPR業になるのだろう。より多くの人間が周知してくれるようなフックを作り、派生してテレビや新聞が逆に取り上げてくれるように仕向ける。流行に仕掛け人、と言えるだろう。
って言うとめちゃくちゃ派手でかっこいい職業に聞こえるかもしれない……けれど、まあ、当たんないんだなあ、これが。
「幕末少女の件は?」幕末少女とは、俺たちが次にPRするゲームのことだ。
「ぼんやりとしか。男らしさをみんなで競う記事とかしか……」俺が歯切れの悪いへんじをしていると、
「そういやさ、お前、100%のバズ女って、知っているか?」熊先輩が、ふと思い出したように言う。
「100%のバズ女?なんですか?それ?」
「そいつが呟くと100%バズるんだよ。ここ最近、『つぶやいったー』で話題になってる」そういって先輩は慣れた手つきでキーボードを操作する。
「ほら、これ」
アカウント名は、『須藤@100%のバズ女』。
「ふーん、胡散臭いっすね」俺は率直な感想を言った。
「まあそうだろう。でもまあ、取材して来い」
「へ?」
「ダイレクトメール送って調査するんだよ。次の特集は『100%のバズ女』だから。よろしく」
「え?ちょっと、締め切りは……」
「一か月」無茶だ。俺は他にも記事を抱えているんだぞ。キャパオーバーです、と言おうとした矢先、
「あ、俺、先月5本記事書いているから。無茶とか言わないでね」
鬼だった。
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