(四)想いは彼方①

(四)


 エラゼルの誕生会の翌日。騎士団の任務を終えて自邸に戻ったラーソルバールを待っていたのは、アシェルタートからの手紙であった。

「お嬢様。お茶会へのお誘いと、こちらがお手紙です」

 招待状の束をちらりと見て苦笑する。

「ありがとう。お茶会は……忙しいからと、全てお断りしておいてください」

 いつものようにエレノールから手紙だけを受け取ると、自室に戻りひとり封を開けた。


『親愛なるルシェへ。君にひとつ報告が有る──』


 そう書き始められた手紙はいつもの近況報告だけではなく、ルクスフォール伯爵が病により死去し、アシェルタートがその跡を継いだ事も記されていた。

 悲しみに打ちひしがれるでもなく、ただ前向きに現実を受け入れるかのような記述に終始しており、アシェルタートの心の内がうかがい知れるような内容ではなかった。

 もとより伯爵の死は予期されていたもの。死期が近いと言われつつも、魔法や薬で延命していたこともあり、アシェルタートにも覚悟を決めるだけの余裕が有ったのだろうか。それとも弱みを見せたくないという、男の強がりだったのか。本人に会えない以上は、ラーソルバールにそれを知る術はない。


 死去した伯爵は滞在時に面会したことも有る人物だけに、ラーソルバールも弔問に行きたいという気持ちは有る。だが帝国を含む国内外の状況や、自身の置かれた立場がそれを許さない。

 もし行ったとしても、ルクスフォール家と接触する際は一介の冒険者「ルシェ」であり、伯爵自身と直接の深い親交が有った訳でも無い。招かれてもいないのに、身分の怪しい人間が弔問を名目に訪れるというのは、貴族社会では許されるものではないだろう。

 勿論、ルクスフォール家の人々はそうした事を気にせず迎えてくれるに違いないが、周囲にどう広がるかは分からない。下手をすれば家名に傷をつけかねないだけに、軽はずみな行動は慎まなければならない。

「いや、弔問こそ口実かな……」

 本音が思わず口を突いて出る。

 シルネリアで会った日も既に遠く感じられるほど。アシェルタートに会いたいという自らの気持ちに気付き、ラーソルバールは自嘲するように大きくため息をついた。


 想いは募るものの、今は会いに行く事すら難しい状況になりつつある。

 先だっての交渉を端緒とした騒動以降はシルネラと帝国の摩擦も増してきており、国交も縮小方向だと大使館から報告が上がっている。

 このままでは相互の往来が厳しくなるだけでなく、手紙のやり取りも制限される事になるかも知れない。となれば、今のようにシルネラを経由した手紙も続けることができなくなる可能性も出て来る。

「私が選んだ道は正しかったのかな……?」

 今でも迷いは残っている。

 この夜、ラーソルバールはアシェルタートへの手紙を綴ると、自らの想いを閉じ込めるように、静かに封を施した。


 明けて翌日。

 間もなく王太子婚約の宴を迎えるにあたり、ラーソルバールも出席のための準備が必要なのだが、そこは騎士団の日常には一切の関わりの無い事。

 先の戦争の後、騎士団の調練は厳しさを増しており、公定日以外に休暇を取る余裕さえも無い。エラゼルの誕生日こそシェラと二人で、午後からの休暇を勝ち取ったが今度はそのしわ寄せが二人を苦しめることとなった。

 ラーソルバールは中隊長としての仕事にも慣れてきたとはいえ、剣を振るだけでなく書類仕事も有り、その忙しさに悲鳴を上げんばかりとなっている。

「下手に昇進させられてたら、一大事になるところだったよ……」

「はいはい、無駄口叩いてないで。次の書類も有るんですからね!」

「えーっ!」

 シェラにたしなめられ、ラーソルバールは口を尖らせた。

「厳しいですなぁ、ファーラトス二星官殿は……」

 ぶつぶつと不満そうに、先の人事で昇進したばかりのシェラをからかう。

「明日は公定休暇なんでしょ。準備もあるんだろうから、さっさと終わらせて帰りますよ、殿!」

 気恥ずかしさもあるのか、シェラは強めの言葉で言い返した。

 彼女は周囲にはラーソルバールの代わりにのだと言ってはばからない。

 その可能性は無いとは言えないが、日頃の勤務やベスカータ砦の戦いでの功績が認められたのは間違いない。少なくともラーソルバールは報告書の記載事項に成果を盛ることなく公平を期している。自身が見ても彼女の働きは昇進に値すると思うので、純粋な評価だと受け止めている。

「はいはい……」

「頑張ってもアシェルタートさんの所へ行かせてあげられないけどね……」

 朝のうちに伯爵の死去を伝えていたせいか、シェラは表情を曇らせつつつぶやくと、優しくラーソルバールの髪を撫でた。

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