(三)二つの凱旋と小さな誕生会③
エミーナも間もなく現れ、ようやく全員が揃ったところで新たな菓子と香草茶が運ばれてきた。
「エラゼル、貴女はもう少し立場を考えて自重しないと……」
「甘い物を食べると太るということか? 確かに今の立場からすると良くないかもしれないな」
ラーソルバールが苦言を呈すと、エラゼルは意図を分かっているのにも関わらず、とぼけたように切り返しつつ喜色満面に菓子の皿に手を伸ばした。
「いや、そうじゃなくて……」
「私とラーソルバールに何か有っても、ファルデリアナが居るではないか。そもそも人の事を言えるのか?」
正論を吐いてラーソルバールの言葉を制すると、エラゼルは嬉しそうに焼き菓子をかじる。
「そんな事で順番が回ってきてもお断りさせて頂きますわ。私にだって婚約の申し込みはいくつもあるのですからね!」
王家の婚約を軽々しく跳ね除ける事は出来ないと分かっていても、文句は言いたいのだろう。ファルデリアナは不満げにエラゼルを睨んだ。
「私も立場を考えて動いたのだ。少々やりすぎた感があるのは否めないが……」
悪戯っぽく笑うエラゼルを見て、ラーソルバールは怒る気も失せた。
意図してやっている訳ではないのだろうが、こういう時に美人は得だなと感じざるを得ない。
「ああ、リファール殿下からラーソルバール宛の手紙を預かって来たのだった。中身は……多分、祝いの言葉ではないと思う」
エラゼルは思い出したように手鞄から封書を取り出すと、テーブルの上にすっと差し出した。
「ここで開けても?」
聞き返すラーソルバールに、一瞬躊躇う様子を見せながらもエラゼルはゆっくりと頷いた。
ラーソルバールは小さく蝋で止められた封を指で開くと、中に入っていた書面に目を通す。
そこに記されていたのは身を挺して命を守り、ルベーゼに引き合わせてくれた事に対する礼と、自身の今後の事だった。
読み終えてからラーソルバールはエラゼルの顔を見る。と、その視線に気付いたのか、エラゼルは手にしていたティーカップを一旦テーブルの上に戻した。
「殿下は母国にお帰りになられた。それは今日中に発表されるそうだ」
「それで、ルベーゼ様は……?」
「姉宛の書も預かってきたが、姉が向こうへ行く予定は当面無いだろうな」
姉を思ってか、エラゼルはやや悲しげな表情を浮かべる。
「今回のレンドバールによる侵攻は、王太子サレンドラが強引に父王を軟禁する形で権力を奪い、その権威を見せつけて地盤を固めるという目的で企図したものらしい」
「え……!」
身内の不祥事を晒すのを躊躇したのか、書面にはそこまでは記されてはいなかった。さすがにそうした予想は立てていなかっただけに、ラーソルバールも驚きを隠せない。
「今回の戦いはリファール殿下の協力も有って、相手方の半数近くがこちらの味方につく形で早々に決着がついた。帰国後おそらく王太子は廃され、リファール殿下か第三王子がその役を担う事になるだろう」
リファールが王太子になれば二国間の関係は改善し、協力関係が築けるようになるとは思うが、帝国からの圧力とレンドバール国内に居る帝国派に対抗するため難しい舵取りになる事が予想される。
「なるほどね……」
危険な場面も想定できるが故に、ルベーゼがヴァストール国内に留まるというのは至極当然の判断だろう。
「……ということで、とりあえず戦いの話は此処まで。皆が無事で揃ったのだし、暗い話を少しの間は忘れて今日は楽しめば良いではないか」
自身が戦いにどう関わったのかを一切語る事無く、話を切り上げようとするエラゼル。目の前の菓子と香草茶の誘惑に抗えないだけ、という理由もあったのかもしれないが、そんなエラゼルを見てラーソルバールは怪我もせず無事でいてくれた事に感謝しつつ、ほっと胸を撫で下ろした。
間もなく王太子オーディエルトと弟のウォルスター王子から、それぞれ祝いと称した小さくない花束が届き皆を驚かせた。王家として婚約者騒動の一件で思うところがあったのか、それとも剣の師の娘だからという事なのか理由は分からない。
だが、ひとりエラゼルは事前にそれを知っていたようで、ラーソルバールが絶句する様子を楽しそうに見詰めていた。
この日ガイザは未帰還、モルアールも帰還後の処理に追われて出席できなかったことで、女ばかりとなった誕生会は賑やかにそして和やかに行われた。
夕方になり会も終わりの刻限を迎えると、皆それぞれ帰り支度を始める。
「皆さん、今日はお集まり頂き有難う御座いました」
家路へとつく皆を見送るようにラーソルバールは深々と頭を下げる。直後、あることに気付いて慌てて頭を上げた。
「……! 何でエラゼルは見送る側に立ってるの?」
「ん? 何とは?」
さも当然のように返すエラゼル。
気付けばコルドオール公爵家やファーラトス子爵家の馬車は有るものの、デラネトゥス公爵家の馬車は見当たらない。
頭を抱えるラーソルバールのもとへエレノールが歩み寄ってきて耳打ちをする。
「到着後すぐに荷物を邸内に運ぶように仰せつかりまして……」
「……やられた!」
皆が笑い出す中、最初から一泊するつもりでやって来ていた公爵家の娘は、隣で満面の笑みを浮かべていた。
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