(一)戦場に捧げる涙②

 ラーソルバールとシェラが第七騎士団の宿舎区域の前までやってきたのは、陽が沈みきる前のこと。

 防衛の目的から、砦の防壁の一部や監視塔を宿舎代わりにしていた第二騎士団とは異なり、第七騎士団の宿舎には居住区の一角が割り当てられていた。その区域には大きな建造物がいくつも並び、多数の兵が駐留可能となるように設計されているのが見て取れる。

 宿舎前の路地は兵士や騎士達が行き交っており、その中にラーソルバールは見知った人物の姿を見かけ、思わず声をかけた。

「あ、リックスさん。偶然ですね」

「やぁ、ラーソルバール嬢……」

 力無く応じたリックスの表情は曇り、がっくりと肩を落としていた。その異変に気付き、ラーソルバールは少なからず慌てた。

「……どうしたんですか?」

「あ……ああ、パッセボードが戦死したと……」

「え……!」

 この突然の訃報にラーソルバール自身も驚き、言葉を詰まらせた。

 パッセボードとはリックスの同期かつ良き友人であり、王都が怪物に襲撃された折に街を守るために戦い、その功で共に守護者勲章を受領した仲間の一人である。

 ラーソルバール自身としては会話した数は然程多くは無いが、騎士団本部ですれ違えばにこやかな笑顔を向けてくれるなど気さくな人柄で、面倒見の良い兄貴分といった感じの人物だった。

 リックスの言葉が事実であれば、もう彼の笑顔を見ることは出来ないということになる。ラーソルバールの脳裏に在りし日の彼の姿が浮かんで消えると、抑えきれぬ何かに足が震えた。

「あの……」

 今、リックスに何と声を掛ければ良いのか、こんな時どうすれば良いのか。分からないままラーソルバールは小さく声を発した。

「ああ、済まない……。今は一人にしてくれるかい?」

 リックスは言葉を遮り視線を落とすと、ラーソルバールの脇をすり抜けるように静かに歩きだした。

「あ……」

 伸ばしかけた右手が去りゆく背に届くことなく宙を彷徨う。リックスの瞳に滲む涙を見たラーソルバールは、去っていく彼を止めることは出来なかった。

「ラーソル……」

 見かねたシェラが隣からラーソルバールの手に自らの両の手を添えて、小さく首を横に振る。シェラ自身は戦死したという人物との面識が無いだけに、立ち尽くす友にかけるべき言葉が見当たらない。


 戦争とは命の奪い合いなのだ。

 自分の側だけは誰も死なない、などという幻想を抱いていたつもりはない。今までの戦いも幾人もの死者は出ていたが、たまたま身近な人物に不幸が訪れなかっただけなのだと思い知らされる。

 暗がりを嫌うように街路灯には既に火が点っており、ラーソルバールは呆然とそれを眺める。それは死んでいった誰かの魂の欠片が放つ光なのか。

 ふとした拍子にその火が揺らぐと、言い知れぬ不安がラーソルバールに襲いかかった。

「……ガイザ」

 我に返ったように声を上げ、同時に足が動かす。

「あ……」

 握った手を離さぬように、シェラが小走りになった直後のこと。

「よう、ミルエルシ!」

 呼び止められて慌てて声のした方に視線をやれば、教室を共にした同期達の姿がそこにあった。

 いずれも五体満足で怪我をした様子もない。ラーソルバールは小さな救いに、ほっとしたようにひとつ小さく息を吐いた。

「全員無事なようで何より」

「無事も何も、俺達新人は志願でもしなけりゃ後詰めだから、戦場ではほとんど何もしてないからな……。おかげで明日も戦場の死体回収と整理だぜ」

 新人が後詰だったというのであれば、恐らくガイザも無事だろう。顔には出さないまでも安堵から、僅かに気持ちが軽くなる。

 死体回収に対して彼らが愚痴っぽく語るのも分かるが、敵味方問わず戦場に残った死体をそのままにしておくことはできない。放置すれば盗賊や怪物を利する事にもなるなど良い事は何もない。死者が冒涜される前に、魂を弔い遺品を回収しなくてはならない。

 ゼストア側はかなりの戦死者を出したと聞く。捕虜になった者達の中にも、死体と遺品の回収に志願して残留した者が五百名程度居るとの噂もある。

「死者に対する礼を欠かないようにしないとね……」

「騎士としてそれは心得てるさ!」

 わざとらしくおどけるように敬礼して見せたものの、彼らの表情に嘘偽りは無い。

「そっちも防衛戦お疲れさんだったな。って……ああ、そうだ。肝心な事を言い忘れるところだった」

「ん……?」

「ガイザに用なら、この先の傷病棟に居るはずだぜ……」

 シェラの顔はみるみる青ざめ、ラーソルバールは全身の血の気が引くのを感じた。

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