(四)夜の帳は静かに降りる②
「ゲラードン閣下は敗戦の責を負うべく自死されようとしたところを敵軍に捕縛されました。グスターク閣下の生死は不明ですが……、ヴァストール側からは、虜囚としたと伝えよとの事でした」
両者の生存に安堵しつつも、自責の念がカイファーを襲う。ゲラードンやグスタークだけが悪いのではない。自身やアルドーにも責任があるのだと分かっている。
それだけにいくら酒を飲んでも酔えないのだ。
「それで……敵の要求はなんだ?」
「……撤退を条件に捕虜の解放。加えて将帥らと爵位保有者の解放と引き換えに補償を要求する、との事でした。前者は即時に応じるが、後者に関しては国同士の話し合いが必要だと……」
一方的な内容だが、飲まざるを得ない。とはいえ即答せず、相手を焦らす必要があるのではないか。
「ゲラードンの分隊が敗北したなど、確たる証拠を見るまでは信じられるものか。罠ではないと言い切れぬからな。我が方としては虜囚となった者達との接見を要求するべきだろうな」
そう言いつつ、アルドーの顔をちらりと見る。交渉と確認を委ねるという事なのだろう。アルドーとしてもそこに異論はなく、黙って頷く。
「その上で彼らの無事が確認でき、撤退時に追撃が無いという事を保証するというのであれば要求に応じるしかあるまい」
カイファーは拳を震わせながら苦りきった表情で言葉を紡ぐと、最後に大きくため息をついた。何ら得るところも無く敗北して帰れば、無能者との烙印を押され王子としての地位も揺らぎかねない。
もう一日、いや半日早く動いていれば。初手の炎に惑わされる事無く、戦っていたならば。巻き戻せぬ時の重さが恨めしかった。
突然の後退に動揺が残るゼストア軍とは対照的に、野戦で勝利を得たものの、未だ戦いの収拾に追われるベスカータ砦のヴァストール軍。
篝火が焚かれ、負傷者の対応と捕虜とした敵軍との処遇とで、人々は慌ただしく動き回る。
そんな中、騎士や兵達に割り当てられた宿舎の一室に、薄暗い廊下から一人の少女が駆け込んで来た。
「シェラ! ラーソルは……?」
「うん、今のところは大丈夫だよ」
第八騎士団での報告を終えて、慌ててラーソルバールの部屋へとやって来たフォルテシア。シェラの言葉に少し安堵したように大きく息を吐くと、近くに歩み寄り寝台の脇に置いてあった椅子にすとんと腰を下ろした。
フォルテシアがラーソルバールを気にしていた理由。それはグスタークとの戦闘が終わり、フォルテシアと握手を交わした直後のこと。
ラーソルバールは突然意識を失ったようにぐらりと傾くと、フォルテシアにもたれかかりながら倒れ込んでしまった。
戦闘の功労者が斃れるという突然の事態に、周囲が慌てたのは言うまでもない。急ぎ救護班が呼ばれ、ラーソルバールは治療室へと担ぎ込まれた。
軍医の見立てでは外傷が原因ではなく、疲労した状態で体内の魔力を短時間に大量に放出したことによる、身体的な負担が大きかったのだろうとの事だった。
最も近くに居たフォルテシアも、とりわけグスタークに対しての攻撃は魔力的にかなり無理をしたのではないかと感じていただけに、その診断結果には納得するものがあった。
「無理させてごめん……」
静かに寝息をたてるラーソルバールの頬に手を添えると、涙が一滴頬を伝う。
「フォルテシアも無茶しないで……私の寿命まで縮むよ」
シェラはそう言って苦笑して見せる。
「ここに倒れている人間より無理をしたつもりはない……」
珍しく不貞腐れたように口を尖らせると、フォルテシアは涙を隠すように窓の外へと視線を逸らした。
「はいはい……。でも、何より二人が無事で良かったよ……」
そう言いつつも、表情は冴えない。
フォルテシアを助けるためとはいえ、結局はラーソルバールに頼ってしまい、そのせいで彼女自身に負担をかけてしまった。その後ろめたさに、シェラは作った笑顔を曇らせる。
「シェラもあまり気負う必要は無い……。皆それぞれやるべきことをやっただけ」
涙声だが、ぶっきらぼうな言い方は騎士学校時代からあまり変わらない。
シェラとしては言っている事も理解できるのだが、友人としては命を軽んじているように見えて気が気ではないのだ。
「ん……。でも、こうしていると騎士学校時代を思い出すなぁ。ラーソルが魔法を使えるようになろうと必死で訓練したせいで、疲れて寝込んじゃったのを看病した時みたいでさ……」
「ふふ、あの時も二人で慌てたっけ……?」
「うん、倒れた直後に治療室まで駆け込んでエナタルトさんに来てもらったあと、二人で肩担いで部屋まで戻ってさ……」
昔話で誤魔化そうとしたものの、シェラの瞳にも涙が滲む。
「今回の戦いはこれで終わりだろうけど……。いつも皆が無事で笑っていられるといいんだけどね……」
やがて訪れるであろう帝国との戦い。その時も皆が生きて帰ることができるだろうか。シェラの胸に不安が重くのしかかった。
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