(二)反撃③
激しい金属音が周囲で発せられる中にありながら、ギリューネクは鼓膜を揺らす自身の乱れた呼吸と鼓動に苛立ちを覚えていた。
(全く勝てる気がしねぇ……)
全身から冷や汗が吹き出すのを感じる。目の前に立つ男は威圧感、存在感が他の敵兵のものとは全く違い、自身が勝つという想像が全くできない。
騎士になってから、貴族達に負けぬように人並み以上には訓練をしてきたつもりでいる。それでも手の届かない相手ように感じるのは、埋める事の出来ない才能の差なのだろうか。
「あんた、貴族か?」
隙を伺いながら、眼前の男に問いかける。
「その問いに何の意味が有る? 時間稼ぎか? 死にゆく者には意味のないものだ」
恐ろしい速さで振り下ろされた剣をギリューネクは辛うじて左へと受け流す。魔法盾が威力を減退させているにも関わらず、激しい衝撃は剣を握る手に痺れを生じさせた。
「……そんな下らねぇ事はしねえよ……」
剣を握り直したところに次の斬撃が襲いかかる。痺れた手で防ぎきることができるはずがない。ギリューネクはぎりぎりのところで横に避けると、グスタークが剣を戻しきらぬうちに渾身の力で剣を突き出した。
直後、剣は鎧に弾かれ鈍い金属音を発した。
「チッ……」
グスタークは衝撃で僅かに姿勢を崩したものの、構わず剣を水平に薙ぐように振り抜いた。その勢いは凄まじく、ギリューネクを守る魔法盾をバリバリと音を立てて破ると、斬撃を防ごうとした剣を真っ二つに叩き折り、そのまま鎧を破壊してギリューネクの左の肩口を深々と切り裂いた。
「ぐぁぁぁっ!」
鮮血が飛び散り、ギリューネクは苦悶の表情を浮かべる。
だが、グスタークを睨む視線は死なない。折れた剣をグスタークに投げつけると、その間に足元に転がっていた部下の剣を拾い上げた。
「目は死んでいない……が、次で片付けてやる」
兜の下でグスタークが冷笑しているのが分かる。
後ろで補助に徹していた騎士が代わって前に出ようとするも、ギリューネクはそれを制するように痛む左腕を動かした。
「お前がどうこうできる相手じゃねえ……」
こんなのを相手にするのは……。
ギリューネクがそう考えた瞬間だった。
突如、激しい音と叫び声が上がりゼストア軍の戦列が崩れた。
「何事か!」
グスタークは振り返らずに声を上げる。だが、混乱した兵達から返答は無い。
(今のは……)
ギリューネクの視界には確かに「何か」が弾けるように戦列を横切ったように見えた。否、見えていたがそれは信じることの出来ない光景。
特殊な兵器も無い状況で、重装兵が何かによって弾き飛ばされたかのごとく幾多の兵を巻き込みながら倒れ込む様など、自身の目で見たとて誰が信じられようか。
「一気に押し返します!」
先程も聞こえた元部下の声。やったのもアイツか。剣一本、あの小柄な体でどういう魔力操作をすればそうなるのか。
眼前の敵に対する恐怖に勝り、思わずこみ上げる笑い。
「はは……」
グスタークは剣を止めてギリューネクを見下ろした。
「何が可笑しい?」
「あんたも大概だが、うちにもおかしい奴が居たな……と思ってな。俺がここで殺されても、アイツがあんたをぶっ倒してくれるだろうさ……」
にやりと笑ってギリューネクは剣を下から上へと斬り上げる。グスタークはその攻撃を上半身を反らす事で難なく躱したのだが。
「グァッ……!」
直後、グスタークの背中に衝撃と共に焼けるような痛みが走った。
「グスターク様!」
後ろに居た兵が声を上げる。
グスタークが首を回すと、右の背には鎧を突き抜け深々と矢が刺さっているのが見えた。
「おのれ……」
卑怯などと言うつもりは無い。戦場という命のやり取りをする場で、矢が襲う可能性があると分かっていながら後背への注意を怠った自分が悪いのだ。
グスタークが視線を防壁にやると、幾多の射手の中に赤い鎧の人物が見えた。そして視線が交錯する。
「暴れる獣はさっさと仕留めるに限るんだがねえ……」
それはシャスティの要請に応え、ジャハネートが放った矢。
力一杯に弓を引けば、矢はグスタークを貫いて味方も巻き添えにしかねなかった。結果としてやや加減をした事により、矢は鎧と分厚い筋肉に阻まれて致命傷を与えるには至らなかった。それでも、右腕で剣を振るうことは出来ないだろう。
もう一射して仕留めても良いが、できれば生かしたまま捕縛してゼストアとの交渉材料にしたい。
「なるべく生かして捕えな! 無理なら殺していい!」
ジャハネートは下で戦う者達へと叫んだ。
捕縛を可能にするためには、敵が新たに門を抜けてこなういちに砦内部の敵を制圧してしまわなければならない。今は門の前を塞ぐ障害を除去しようとする敵を、なるべく寄せ付けない事に専念するしかないか。
グスタークに背を向けて、門の外を睨んだ時だった。
「北方面より接近する騎馬軍団あり! 恐らく第七騎士団と思われます!」
物見塔の上から興奮気味に響く声。
「全く……遅いんだよ……」
歓声が響きわたる中、ジャハネートは安堵したようにひとつ大きく吐息を漏らした。
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