(二)反撃①

 砦に侵入してきたゼストア兵は今や三百から五百程度まで膨れ上がっていた。その勢いに圧され、守備側の包囲も少しずつ後退を余儀なくされており、このまま防衛線が決壊すれば、砦は敵の手に落ちる。

 まさに後が無い状態で、ラーソルバールが幾人目かの敵を退けた時だった。

 突如、何かが破裂するような高い音が響いたかと思うと、直後には激しい戦闘が続いていた砦内部を熱風が駆け抜けた。

「何が……」

 また敵が何かを仕掛けて来たのかと一瞬疑ったが、敵兵も何が起きたのかを理解できている様子は無い。ラーソルバール達と同じように少なからず動揺が見て取れた。

 砦の外からは絶叫と怒号の入り交じった声が響いてくる。次いで防壁の上から大きな歓声が上がった。

「……!」

 敵兵の向こう、砦の外で何が起きたのか。赤々と揺らめく炎が見えた気がするが、それが何を意味するものなのか、ラーソルバールには窺い知る事は出来なかった。


 対して勢いに乗って砦へと侵入してきたゼストア軍。

 勲功を手にすべく、自らも砦に突入してきていたグスタークだったが、熱風が吹き込んだ後に背後から聞こえてくる絶叫に近いような数多の悲鳴に、焦燥を隠せなかった。

「我はグスタークである。状況の分かる者は何事が起きたのか報告せよ!」

 味方の放った炎の魔法が誤爆したか、それとも別の何かが起きたのか。

「突入を企図していた後続第二部隊、敵の攻撃により足止めされ炎上しております! 炎により視界が遮られ、それ以上は……」

「炎が此方まで! 早く進んでくれ!」

「押すな! こっちも動けないんだ!」

 混乱する声が飛び交い、報告は掻き消され、事態の把握は容易にではない。

「ええい、後が駄目なら前へ進めば良いではないか!」

 思うままにならぬ状況に、苛立ちを募らせたグスタークは剣を天に突き上げた。

「惑うな! 東に抜け門をこじ開けて殿下をお迎えすれば良いだけのこと! 敵を蹴散らし道をを作れ!」

 彼らを迎え撃つべく取り囲んだヴァストールの兵数もほぼ同じで、純粋に兵の士気や力量がものをいう状況となっている。将として兵の不安を払拭し前向きな方向へと導くという点において、グスタークの指揮は正しいものだったと言える。

 だが、個々の錬度と疲労度を勘案するとヴァストール側がやや優位にあり、加えて侵入口を塞いだことにより、一時的に防壁の上の戦力も砦内部に集中できる状態になった事もグスタークにとっては不利に働くことになる。


「穴から入ってきた鼠共に盛大なお出迎えをしてやりなっ!」

 ジャハネートの指示が飛び、ゼストア兵の頭上から矢が降り注いだ。

 直上からに近い角度から放たれた矢は、大半は金属の兜や鎧で弾かれ軽傷を与える程度にとどまったが、稀に当たり所が悪く致命傷を負う者も出た。白兵戦ばかりに気がいくものの無視する訳にもいかない。盾を持つ者は身を守るために頭上に掲げざるを得ず、足止めや行動を制限するには十分だった。

「アタシも降りて……」

 戦闘の状況を見ていたジャハネート。身を乗り出しながらそこまで言いかけたところで、不意に横から副官であるシャスティの冷たい視線を感じた。見れば、指揮を執るべき騎士団長が持ち場を離れて白兵戦を行うつもりか、と彼女の目は語っている。

「冗談……に決まってるじゃないか?」

 今にも飛び降りんばかりに石柵に乗せていた手を離すと、ジャハネートは小さく舌打ちをした。

「これ以上は戦力を割けないから、出来る限り弓で援護させな。あとは下の連中に踏ん張って貰うしかないんだが……」

 立場上はそう言うしかないが、実のところ内心ではラーソルバールに何かあってはと気が気でない。しかも、彼女の剣には僅かに迷いが見える。

 他者を圧倒する剣技があるからこそ出来る芸当かもしれないが、敵兵相手とはいえなるべく殺さないようにと気遣っているようにさえも見える。

(灰色の悪魔に憑りつかれたか……)

 彼女の生来の優しさという足枷もあるのかもしれないが、初陣の折に目の前で起きた『灰色の悪魔』モンセント伯の壮絶な自死が、彼女の心に刻み込んだ傷は大きかったという事だろうか。

「それじゃあ守るべきものが守れない時が来るんだよ……」

 砦内部で繰り広げられる戦闘に背を向けると、ジャハネートはひとり言のように小さくつぶやく。

「え……?」

 心の中で生まれた小さな苛立ちを消すかのように、何事かと聞き返そうとするシャスティに視線をやることなく、ジャハネートは砦に迫り来る敵兵を狙い弓を引き絞った。

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