(二)ゼストア襲来③
早朝に王都エイルディアを発った騎士団は、通常よりもやや速い速度でベスカータ砦へと向かう。人も馬も、移動による疲労を
強行軍とまではいかないが、ゼストアが砦の攻略を始める前に到着してある程度の迎撃準備を整えなくてはならない。とはいえ、ゼストアの軍が砦に到着するのはいつなのかは測り兼ねる要素が有る。
ヴァストールとゼストアの国境にはステリア川という大河が横わたっており、渡河するためには船を用意するか橋を渡らなければならない。だが、かつて両国が交戦した際に軍隊が通れるような大きな橋は焼き落とされたため、今はやや下流に小規模な物が残っているのみである。
軍が渡れるような橋を架け直すには相当な手間と時間を要するため、渡河するにはこの橋を使用するしかない。ただ、橋の規模を考えると攻城戦用の機材や武器は船を利用せざるを得ないだろうが……。
そうした理由から、全軍が川を渡りきるのにはそれなりの時間を要することが予想されるが、ゼストア軍としては必ずしも全軍が揃うのを待つ必要はない。
兵の数ではゼストア側が有利であり、時差式に波状攻撃を掛けることを前提にしていれば何割かが渡りきったところで順に行軍すれば良く、戦略によっては大した足止めにはならない可能性もある。
確実なのはステリア川から砦までの行程が半日程を要するということ。攻城戦用の大きな機材を運びながら時間短縮を狙ったとしても、疲労したまま戦闘に突入することになる。かと言って機材なしでは砦相手に弓と魔法だけで戦えというようなもの。余程の事がない限りはその分の時間的猶予が見込める。
「向こうさんは早くて明日の日没後ってところかな……」
ラーソルバールは馬上でつぶやいた。ここまでが騎士学校で学んだ部分で、そこから導き出されるものは時間的猶予だけ。
「それなら十分間に合うね」
隣を駆けるシェラが安心したようにひとつ息を吐く。
ヴァストールとしても夜を徹して駆けるような事はしない。予定ではこのままでも明日の昼過ぎには砦に入るという計算になっている。
「あとはどんな作戦で迎え撃つのか……なんだけどね」
「そうだね……」
シェラは渋い顔をする。
出立前の続報によるとゼストアは三万以上の兵で迫ってるとの事で、対するヴァストール側は砦の守備兵を足しても一万に満たない。
この戦力差ではカラール砦の時のように、兵を展開して迎え撃つような作戦が出来るはずもない。平地で正面切って戦えば一騎当千の強者が居たとしても勝ち目は薄い。確実なのは新造された砦に籠って互角の戦いが出来るようにするだけ。
幸い砦の南北にはかつてのステリア川の流れによって削られて出来た断崖が多く、ゼストア側からは扇状地に作られたベスカータ砦を通らざるを得ない。断崖を登ってくる可能性も否定できないが、各所に見張りを置いておけば他所の心配をあまりしなくて良く、背後の心配も無いというのが幸いか。
その日の夜。野営中に開かれた会議ではいくつかの攻撃案は示されたものの、やはり明確な対策案が出ることは無かった。
地理的にはヴァストール優位だが、砦に籠って戦力差が埋められる程度。救護院と魔法院の人員もそれぞれ五十名前後と、大規模な魔法戦も期待できない。
必然的に救援を待つか、相手の糧食が尽きるのを待つという消極的な戦い方にならざえるを得ない。それでも北方に展開している団が戻ってくること自体が確定事項ではないので、何日持たせれば良いかというのも明確にできない。
戦略を組み立てる者もさぞ頭を悩ませた事だろう。大隊長からの説明を受ける中、ラーソルバールは戦略立案者に同情した。
ラーソルバールとしても大規模な作戦案が立てられずとも、出来る事はやっておきたいとは思っている。それが騎士らしくない戦い方だと言われようとも構わない。
巷で言われている聖女というような存在であれば、敵に対しても慈愛の心を持って接するだろう。だが、味方を危険にさらしてまで相手に情けをかけるつもりはない。
これは戦争。国を、国民を、大事な人たちを守る為の戦いなのだから。
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