(三)王太子の婚約者①
(三)
次々に王宮に到着する馬車。
時間まで待つようにと通された部屋は、王太子の婚約者候補全員とその父親が一堂に会した時点で凍てつくような空間に変わった。
我こそがこの日の主役であると信じて疑わないような目をした者や、周囲に無関心を装う者、全員を敵と見做したように睨みつける者が入り混じる場所。彼女らの父親も娘と同じように誰と慣れ合うような事も無い。
エラゼルは初めて揃った他の候補者たちを見回すと、呆れたようにため息を漏らした。
「やれやれ、これが国を背負うかもしれないという者達なのか……」
「この後の事を考えれば、今日はしょうがないでしょ……」
エラゼルのつぶやきが耳に入ったので、ラーソルバールは苦笑いしながらささやく。そんな中、ラーソルバールを揶揄する言葉が聞こえた。
「……あれが猪娘ですか……」
「……運だけで成り上がった卑しい娘……」
「……たかが男爵家の娘ごときが選ばれると思っているのかしら……」
呼応するように、蔑む声が続く。
だが、そんな言葉に動じない。もとよりそう言われるであろう事も分かっているし、自身にもその自覚はある。だからこそ自分が王太子の婚約者になれるなど思ってもいないし、候補に選ばれた事すらも理解できない程だったのだから。
次の瞬間、候補者たちの声に怒りをぶつけたのはラーソルバールではなかった。
「こそこそと他者を
苛立ちを募らせたエラゼルが部屋中に聞こえるように冷たく言い放つ。
「あら、エラゼル。私は腐肉の中で
より辛辣に続けたのは、まさかのファルデリアナ。
二人の公爵令嬢が発した言葉の効果は大きかった。すっかりと静まり返った場に、ひとりエラゼルの笑い声が漏れた。
エラゼルは向かいに座るファルデリアナをちらりと見やる。
「貴女の口からそのような言葉が出るとは思いませんでした……」
「あらエラゼル、悪口を言うのでしたら当人の目の前で堂々と言うべきではありませんか。そうして、私はあなたが嫌いですと言って一切関わらなければ後腐れもありませんでしょう?」
その言葉を聞いて、ラーソルバールは小さく笑い声を漏らした。二人のやり取りには棘が無く、学友として仲が改善したのだろうという事が感じ取れたからでもある。
確かに修学院において、ファルデリアナは常に正面からぶつかって来た。ただ、エラゼルに関する事だけは後腐れないという態度ではなかったと思うが……。
転じてそれが今の関係改善につながったのだろうか。
「ラーソルバールさん、何か?」
笑い声に反応するように、ファルデリアナはわざとらしく澄まし顔で片眉を上げ、ちらりとラーソルバールの顔を見る。気安い仲ではないが、同じ教室で学び何度も言葉を交わした間柄。互いに遠からぬ相手だとは思っている。
「いいえ、何でもありません」
そう言いつつも、笑いが止まらない。つられたようにまたエラゼルも笑い出す。
三人だけが場の雰囲気を変えるように笑うので、その父親たちは顔を見合わせて苦笑いをするしかなかった。
三人の笑い声が止まるのを待っていたかのように、侍従が部屋に現れた。
「陛下がお呼びで御座います。『この場で先を争っても何も変わらぬ、品位を落とすだけである』と、陛下よりのお言葉も預かっております。皆様方は慌てず父君と共に家名の順においで下さいますよう」
謁見の場に来るのに先を争うなとの言葉。一番であれば誉れであり、国王の心証が良くなるだろうと考えそうな貴族達の機先を制した形だ。
侍従はそのまま室内の全員を引率するように謁見の間へと向かう。
だが、前へと運ぶ足が重い。そう感じるのはドレスのせいでも靴のせいでもない。ラーソルバール自身は国王との謁見は三度目になるが、それでも気持ちが負けている。こういうものは慣れるものではないのだろうかと、ひとり心の中でつぶやく。
気は重いがこれが終われば晴れて自由の身となるのだ、という思えば足取りも多少は軽くなる。
だが、そのラーソルバールの淡い思いはすぐに打ち砕かれる事になる。
謁見の間には、国王と王妃、二人の王子と姫、宰相と大臣一同が揃っていた。
想定以上の人々が待ち構えていた事に、ラーソルバールは驚きを隠せない。一人ではない分だけ多少はましかもしれないが、あまりの重い雰囲気に押し潰されるのではないかと思うほど。
ここは戦場ではない。命までは取られないと言い聞かせてみても、指先が小さく震えた。
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