(一)命の価値②
迫り来る剣が鎧をかすめる。僅かな衝撃と、耳に残る嫌な金属音。
カレルロッサの時とは違う、訓練された兵士の剣。二人までは何とかなるが、三人となると凌いでいるので精一杯だった。
(ちょっとまずいかな……)
立ちふさがる相手がラーソルバール一人だけに、乱戦時のように周囲を気にする必要が無い分、剣も鋭くなるのだろう。
背後を取られないよう注意をしつつ、何とか一人を斬り倒したものの、すかさず次の相手がやってきて、その穴を埋める。
「ちっ!」
舌打ちをしたのはギリューネク。
ビスカーラはドゥーの馬に引き上げられたが、体勢を整えるにはもう少しだけ時間が要る。それまでは……。そう思っていた。だが、視界の端にあったラーソルバールの周囲に、敵が群がり始めたのに気付いた瞬間、体が動いていた。
「何で貴族の娘なんか助けてやらなきゃいけないんだよ!」
騎士の矜持というやつだろうか。自嘲しながらも、ギリューネクは剣を構え敵兵に突っ込んだ。
「撤退は順調かい?」
「あとは我が第一大隊のみです!」
次々に砦に戻る自軍の様子を見つつ、ジャハネートも敵を抑えつつ後退している。
見える範囲では、うまくいっているのではないか。あとは殿部隊が敵を引きつけてくれれば、第八騎士団も撤退が完了する。
第二騎士団もうまくいっているだろうか。そしてシジャードはうまくやっただろうか。右翼をちらりと見やると、土色の鎧を纏ったランドルフの巨体が視界に入った。
「何だい、楽しそうな相手とやってるじゃないか……。けどさ……」
肝心な指揮官が危険な相手とやりあったままでは、殿の役目など果たせず撤退指示などおぼつかず、ましてや本人も動けないではないか。
「撤退指揮は任せたよ。ちょっとあの馬鹿の目を覚ましてくる!」
「あ、はい!」
言うが早いか、ジャハネートは馬の腹を蹴り、激戦の続く殿部隊の只中へ駆け出した。
「邪魔する奴は叩き切るよ!」
戦場を横断する赤い鎧にレンドバールの兵は一瞬足を止める。その目立つ色の鎧はレンドバール軍にとって、畏怖の対象となりつつあった。
赤い女豹という二つ名はレンドバールでも知られている。妖艶な女性だが、一度剣を握れば、しなやかに動き強力な牙で相手を噛み砕く豹となるのだと。戦場で噂どおりに戦場を暴れ回る様を見せ付けられた者達は、恐怖を抱いた。
「馬鹿ランドルフ! 何やってるんだい!」
「手出しするな!」
ランドルフはジャハネートの声に気付くと、視線を敵に向けたまま叫んだ。
「うるさい! アンタの仕事は何だい!」
一騎打ちに横槍を入れるように、ジャハネートは思い切り剣を突き出した。
ランドルフとの戦闘で一杯だったディガーノンはその剣を避けようと、身体を捻ったが、そこから変化した剣の軌道に対応しきれず、姿勢を崩して馬上から滑り落ちてしまった。
激しい音を立てて背中から地面に叩きつけられたディガーノンは、一瞬だけだが呼吸困難に陥り、屈辱に塗れながら天を見た。
「悪いね、遊んでる場合じゃないんだよ……」
敵将を
「アンタが馬鹿やってたせいで、部隊の展開が遅いんだよ!」
「騎士道ってやつが……」
「うるさい! アンタの騎士道なんかより、部下の命の方が大事なんだよ! しくじったらどうするつもりだい!」
正論を吐きながら怒鳴りつけるジャハネートの剣幕に押され、ランドルフは言い返す事が出来なかった。
そんな中でも、二人は周囲の敵を蹴散らす事を忘れてはいない。
「ほら、右翼に取り残された……。って!」
何かに気付いたジャハネートは慌てたように馬の腹を蹴り、手綱をしごいて駆け出した。
「何だ?」
「こっちはいい! アンタの仕事は味方を無事に撤退させる事だろ!」
ジャハネートの背にただならぬものを感じ、ランドルフは言葉を収め自らの役割に徹しようと腹に力をこめた。
「右翼左翼ともに周囲を見ろ! 気合の入れ時だ、踏ん張って仲間を一人でも多く逃がせ!」
地鳴りのような声が戦場に響いた。
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