第三十五章 出陣

(一)出征①

(一)


 シェラは小隊こそ違うものの、ラーソルバールと同じ第五中隊に配属されている。おかげで二人は時折、廊下や訓練場で顔を合わせる。今回の軍事行動に関する説明がヴェイス一月官からあった際にも、すぐ近くで話を聞いていた。

 居てくれるだけで精神的に落ち着くのでラーソルバールにとっては非常に有り難い存在だ。

 さて、シェラを除く友人達は、どうなったかといえば。

 フォルテシアは父親と同じ第八騎士団、ミリエルは第六騎士団で、ラーソルバールらと同じくこれが初陣となる。更に言えば、一年先輩のリックスも第八騎士団に配属されたと聞いていたので、戦場で顔を合わせる事があるかもしれない。

 対照的に、第一騎士団のエミーナ、第七騎士団のガイザは今回の出兵の対象外となった。

 新卒の所属は公示されるわけではないので、当人から連絡を貰った場合と、同じ第二騎士団に所属する者を除けば、その他の同期が何処に配属されたのかは、ラーソルバールの知るところではない。


 覚悟はしていたが、戦争となれば皆が無事に帰る保障などは何処にも無い。

 五日間は準備で大忙しになるだろうが、今回の出兵に関してエラゼルを交えて友人達と一度顔を合わせようと考えた。

(帰りにシェラと相談するか……)

 ヴェイス一月官の説明が終わって部屋を出る際、シェラに「またあとで」と短く声をかける。分かったというように小さくうなずき、シェラは手を振った。彼女にはそれで通じているだろう。


 十七小隊の執務室に戻ると、小隊員の顔を見ながらギリューネクは顔をしかめた。

「ああ……。何というか、こんな事態になるとは想定していなかった。とりあえず、まあ無理せず生きて帰ろうや……」

 こんな時でさえも、ギリューネクはラーソルバールと視線を合わせようとはしない。それに対してラーソルバールは怒りを覚える事も無い。既に諦めていると言っても良いだろう。

 相容れない人物との歩み寄りは、元々人付き合いが得意ではないラーソルバールにとって、かなりの難題と言っていい。しかも、相手側が階級的にも上であり、歩み寄る余地が全く無い拒絶された状態とあっては、改善などは望むべくも無い。

 どうしたものかと考えていると、隣に立っていたドゥーが不意に、何かを決したように顔を上げた。

「隊長は、小隊内に不和を持ったまま、戦場に赴かれるおつもりですか?」

 彼は苦々しい表情で、上司に尋ねる。

「あん?」

 ギリューネクは反発する部下を睨み付けた。

「この隊に……俺の隊に何か問題があるって言うのか?」

「無いと……仰るのですか?」

 今度はビスカーラが震えるような声で、言葉を発した。

「きっと……ミルエルシ二星官は、こうなると予見していたからこそ、私達の技量を上げたいと考えて、無理を承知で隊長にお願いされたのだと、今になって分かりました」

「はぁ? こんな新人を買いかぶるんじゃねぇよ! こいつに何が分かるって言うんだ!」

 ギリューネクは感情のままに、ビスカーラを怒鳴りつけた。言葉とは裏腹に、酒の席で聞いた言葉が頭をよぎる。だが、それを肯定するつもりは無い。

 ビスカーラは一瞬怯んだが、萎縮した様子は無い。その目はしっかりとギリューネクを見据えている。

 ギリューネクはやり場の無い怒りに拳を握り、机を激しく叩き付け、室内に大きな音が響かせた。

「どうせ自分で考えた事じゃあ無いんだろう? 貴族様には優秀な従者が居るんだろうからな……」

 ラーソルバールを指差し、仇敵でも見るかの如く睨み付けた。

「それでは……」

 ラーソルバールは気付かれないように、小さく吐息すると、意見してくれた二人に心で感謝しつつ、口を開いた。

「それでは隊長は、何故あの時、安定した状況で戦争など起こりえないというように仰ったのですか? 昨年にはカレルロッサの動乱がありましたし、現在は我が国と帝国との関係も悪化する一方です。レンドバールに到っては、昨年の震災の影響から抜け出せず、国民の不満の矛先を逸らすため軍事行動を起こす可能性があると、なぜお考えにならなかったのですか?」

 自分が黙っていてはいけない。二人の厚意に報いる為にも、言うべき事は今言わねばならない。このままでは自分達ばかりか、隊の全員が戦場で危険に晒される可能性も有るのだから。

 言い終わると、ラーソルバールは唇を噛んだ。

「口だけは良く回るな。誰かに入れ知恵されただけのくせに偉そう言うんじゃねえ」

 ああ、やはり無駄なのだ。ラーソルバールは悟った。

 だが、それでも……。

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