(二)エラゼルの決意②

 何とも言えない表情を浮かべるシェラに、二人は首を傾げた。

「どうしたの? 殿下と踊るのは大変だった?」

「ん……と。殿下と踊ったのは当然一曲だけだったとはいえ、凄い緊張したよ。でも光栄なことだし、こんな機会でもないと踊る事なんて無いからね。いい経験でした」

 二曲以上踊るという事は、親しい仲だと宣伝するようなものなので、ウォルスター王子の方もそれは避けたのだろう。シェラの言うようにこうした機会が多くある訳でもないので、一曲踊るだけでも名誉な事なのは間違いない。

 余計な事をしたと思っていたが、シェラも特に怒っている様子も無いので、ラーソルバールは少しだけ安堵した。

「それにしては結構時間かかった気がするけど……?」

 一曲の割には時間がかかったように思えたので、あえて聞いてみる。

「殿下と踊って戻ろうとしたところを、ガイザさんに捕まっちゃって、一緒に踊ってきたの」

「なるほど」

 ラーソルバールとエラゼルは声を揃えた。ガイザの行動は、二人からしてみれば見え見えなのだ。

 ラーソルバールとエラゼルは誘っては駄目だという事は、ガイザも知っている。言い訳の立つ状況で、本命を狙っていたのだろう。フォルテシアが以前から指摘していた通り、シェラにもその気があるようで、丁度良い機会だったという事になる。

「そうかぁ……それはね」

 ラーソルバールの言葉に、エラゼルがにやりと笑った。

「う……うん、そうだね」

 二人の視線にシェラは赤くなって横を向く。

 そんなやりとりを楽しそうに微笑むエラゼルだが、時折寂しそうな表情を浮かべているのがラーソルバールは気になっていたた。


 時間の経過と共に、三人も他の参加者の応対に疲れ始めていた。

 縁談狙いの男達が多く、あとは公爵家の娘であるエラゼルとの繋がりを求める者達と、英雄や聖女と呼ばれつつあるラーソルバールを見定めに来た者達だった。

 いずれにしても三人にしては迷惑なこの上ない事で、助けを求めるように近くに居たデラネトゥス公爵の傍らへ移動する。すると狙い通り、公爵の近くに居ると無闇に寄って来る者も無く、落ち着いて会の様子を眺められる状況になった。

「公爵様のところに、父は参りましたでしょうか?」

「いや? 王太子殿下と一緒に居るところを先程お見かけしたが……」

 一息ついたところで、父との約束を思い出した。とはいえ、会場の人の多さにラーソルバールは父を見つけられず、現れるのを待つことしかできない状況で、終了時間までには合流できれば良いか、と半ば諦めていた。

「そういえば、父君は……ミルエルシ男爵はどこかの派閥に入っておいでかな?」

 公爵の意外な言葉に、何か意図があるのだろうかと一瞬躊躇する。

 デラネトゥス家がどこかの派閥に属しているとしたら、その頂点あたりに居るはずだが、そういう話は一切聞かない。暗殺未遂事件の件を考えても、派閥への誘いではないだろう。

「……いえ、そういうものには一切興味のない人ですから」

「やはりそうか。ただ、王太子殿下の剣の師という立場上、誘いが掛かっていても不思議ではない。今はあえて断っているのだろうが、父君が駄目なら、貴女を引き込もうという者達も出てくる。余計なお世話かもしれないが、面倒な事にならぬよう、なるべく父君と歩調を合わせる事をお勧めする」

「はい。お言葉、確かに胸に刻んでおきます」

 自分達への思いやりなのだと感じ、深々と頭を下げる。

 エラゼルとの縁が無ければ、話すことさえもできないような上位の存在。その人物に気に掛けてもらっているという有り難さを感じずにはいられなかった。


 そして間もなく、王太子がクレストを連れて、公爵の前に現れた。

「公爵、お久し振りです。今年もよろしく頼みます」

「殿下におかれましては御健勝であられますこと、臣として嬉しく思います」

「いや、堅苦しい話は要らない。今、各国の大使との挨拶を終えてきたばかりで、少々疲れている。男性の相手ばかりをしていたが、公爵のところは美女揃いで実に目の毒だ」

 ルベーゼの体調があまり良くなかったらしく、夫人とイリアナも一緒に戻ってきていたため、公爵は女性に囲まれているような状態だった。

 二人は少しの間、会話を楽しんでいたが、一区切りついたあたりで向き直った。

「エラゼル、ラーソルバール嬢、色々と大変かもしれないが、もう少し辛抱して欲しい」

 候補者選びを指すのだろうが、もう少しとはどの程度なのかとは聞くに聞けない。

「ラーソルバール嬢、お借りしていた父君をお返しする。後はゆっくりと過ごすといい」

「お心遣い感謝いたします。それと……殿下、先日は救護院までわざわざ有難う御座いました」

 王太子が見舞いに来ていたとは聞いていたが、ここまで礼を言う機会も無かったので、改めて礼をする。ラーソルバールが深々と頭を下げると、王太子はにこやかに応じた後、皆に挨拶をして去って行った。

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