(三)雪は静かに舞う②

 控え室に戻り、鎧を脱いだところで、二人はようやく一息ついた。

 表彰式の間に冷たい空気にさらされたことで汗もすっかりひいており、反対に汗が染み込んだ服が身体を冷やす。寒さを感じて置いてあった上着を羽織ると、後ろ髪を纏めていたリボンを解く。暖炉の薪が小さく弾けて炎が揺れると、二人の頬の赤みが僅かに増した。

 エラゼルが先に椅子に腰掛けたところで、室内に居た当番の女子生徒は頭を下げて退出していった。


 グレイズのことはひとまず、考えるのはやめよう。ラーソルバールは小さく首を振ると、隣に座る友の顔を見やる。その視線に気付いたのか、エラゼルは小さく微笑み返した。

「ラーソルバールはこの休みにルクスフォールの所へ?」

「ううん、行かない。今の状況から、あっちへ行くなんて事は無理だと思うし、冬だから何があるか分からないもの。それに立場上、王宮の新年会に不参加なんてできないよ」

 とは何を指すのだろうかと、エラゼルは苦笑しつつ首を傾げた。

 準男爵という爵位があるからなのか、王太子婚約者候補だからか、それとも小さな英雄・エイルディアの聖女という象徴としてなのか。あるいはその全てなのか。

 いや、本人は聖女だの英雄だのと言われるのを嫌っているのだから、最後のひとつは自覚していないだろう。エラゼルは友の顔を見て、くすりと笑った。

 それにしても……。本心ではきっと何を放り出してでも、会いに行きたいと思っているのだろう、推察するに難くない。時折見せる寂しそうな顔は、それが叶わない願いだと分かっているからなのか。

 エラゼルはもどかしさに、思わず手を伸ばし、ラーソルバールの頭を撫でた。

「無理はするな……」

 一瞬、驚いたように身を硬くしたラーソルバールだったが、その手の優しさに目を閉じて微笑みを浮かべた。

「有難う、将来の王妃様にこんな事をして貰えて、私は幸せ者だね」

「な……あくまでも可能性のひとつであって、ラーソルバールがそうなるかもしれないではないか」

「私じゃない、エラゼルだって信じてるもん。だから……、エラゼルが王太子妃殿下になっても、王妃様になっても、友達でいてくれる?」

 あまりに真面目な顔で言うので、エラゼルは諦めたようにため息をついた。

「はぁ……。決まってもいないのに、決まったように言うのは不敬だぞ……。ええぃ、もう……。私が今後どうなろうと、友はこれからも友であることに変わりはない。これでいいか?」

「うん。いいがもらえたよ」

 ラーソルバールは嬉しそうに満面の笑みを浮かべると、エラゼルに抱きついた。

「な、何をする……」

「いひひ……。こんな事できるの今のうちだけかもしれないからね」

「全く、お前という奴は……。……ああ、こんな事をしている場合ではないな。危うくジャハネート様を待たせてしまうところだった」

 そう言って引き離されたラーソルバールは、残念そうに小さく舌打ちをした。


 急いで制服に着替えた二人は、後片付けが始まったばかりの大会会場を横目に、来賓の居る部屋へと急ぐ。その会場の後片付けは、最終日に出場した上位八名は免除される事になっている。とはいえ、何もせずに会場に背を向けるというのは、少なからず罪悪感を感じてしまう。

「ごめんね、話が終わったら手伝いに戻るから」

 誰に言うとは無く、ラーソルバールはつぶやき、エラゼルは黙ってうなずいた。

 二人は事前に知らされていた通り、階段を上ると来賓用に割り当てられた部屋へと向かう。

 それらしい部屋の前に護衛のためだろうか、屈強そうな騎士が二人立っていた。

 騎士達は二人の姿を見るなり、何も聞かずに軽く扉を叩くと、すぐに部屋の中へと促した。

「おや、早かったね」

「お疲れ様でした」

 室内に居たジャハネートと、軍務大臣のナスターク侯爵が二人を迎えた。

「大臣まで残っておられるとは思いもしませんでした」

 表彰式で顔を合わせたが、もう既に帰った後で、ジャハネートと三人での話になるものだと、ラーソルバールは考えていた。今思えば、部屋の外に控えている騎士二人は大臣の護衛ということなのだろう。

「まあ、用件が用件ですから……」

 書面で済ませる事のできない話という意味だろうか。直接、どちらかの家に足を運べば、見咎められて痛くも無い腹を探られる事になる。だからわざわざこの機会を選んだということなのだろうか。

 やや緊張しつつ、大臣らとテーブルを挟む形で、二人は椅子に腰を下ろした。

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