(二)宴のあと③

「今日は、色々と申し訳なかった。危ない事までさせてしまって……」

 公爵は頭を下げた。

「あ、頭をお上げください、公爵閣下に頭を下げられては私はどうしたら良いやら……」

 突然頭を下げられたので、ラーソルバールは慌てた。

「イリアナの一件から始まった件、巻き込んでしまって本当に申し訳なかったと思っていたのでね。これで話が終われば良かったのだが……」

 公爵はため息をつくと、ソファに寄りかかった。隣で公爵夫人が表情を曇らせる。

「思いも寄らぬ事態になってしまいましたね」

「全くだ。このような事が無いよう、例の人選には細心の注意を払っていたのだろうと、思っていたのだがな。取調べの結果、どうやら間違いないらしい」

 暗殺者が簡単に依頼主の情報を漏らすとは思えないので、魔法か薬品でも使って聞き出したのだろう。

「どこかの貴族の執事らしい男に話を持ちかけられたそうだ。婚約者候補の居る家か、その家が婚約者を出すことで利する家の者、派閥のようなものが関与しているかもしれない」

「その件については、他家に漏らすような真似は禁止されているのでは……?」

「表向きは、だ。関係者の誰かが漏らしたのかもしれないし、別の経路で入手した情報かもしれない。他の候補も標的になるのか、それとも狙いは二人だけだったのか、今の時点では何とも言えないな。ただ早急に陛下に御報告することで、敵も動きづらくなるだろう」

 公爵の言葉に、ラーソルバールは無言でうなずいた。醜い権力闘争が裏で始まりつつあるのなら、早急に潰すべきだろう。

 公爵の言う「別の経路」とは候補者選定にあたった大臣や、その部下達を意味している。人の口には戸は立てられなもの、ジャハネートでさえ何処かから聞いて知っているのだから、漏れる可能性は十分にあるというのは間違いない。今後とも注意だろう。


「話が変わって申し訳ないが、もう一点。貴女にお聞きしたかったのだが、ミルエルシ男爵は貴女が候補に選ばれた事について、どのようにお考えなのかな?」

 公爵は興味深げに身を乗り出すと、ラーソルバールの目を見た。

「先程の一件があったので、信じていただけるかどうかは分かりませんが、父は私が候補に選ばれた事にも驚いておりましたし、最終的に婚約者の座を勝ち取るなどとは、全く思っていない様子です。そこは私も同じなのですが……。それを踏まえた上で父は、殿下の剣術指南役で居る事は公平では無い、ということで殿下に直接辞意を伝えたそうです」

「ほう……で、殿下は何と?」

「その程度で公平性を欠くことにはならないから、そのまま続けるように、と仰ったそうです。そのお言葉に対し父は『娘が選ばれることは無いとはいえ、その選定が終わってから再度雇って頂ければ良い』と申し出たらしいのですが、殿下と側近の方に大笑いされたそうです」

「何とまあ、清々しい御仁よ……」

 半ば呆れたように、笑いを浮かべつつ公爵は膝を叩いた。

「恥ずかしながら、良く言えば武人、悪く言えば堅物。娘の口から言うのもなんですが、清廉なのだと思いますが、それ故に融通が利きませんので……」

「だからこそ、殿下に敬愛されるのだろうし、貴女のような良い娘さんが育つのだろうな」

 友の両親から向けられた眼差しは優しかった。父が褒められたという嬉しさと、気恥ずかしさが重なり、ラーソルバールは黙ったまま二人に頭を下げた。

「さて、エラゼルが待っているな。皆で会場に戻ろうか」

 公爵は席を立つと、優しく微笑んだ。



 同じ頃、帝都城内の一室で、将軍ゼオラグリオは書類の確認に追われていた。新たに手にとった書類を見て眉間にしわを寄せると、大きくため息をつく。直後にドアをノックする音が響くと、視線も上げずに「入れ」と応えた。

「閣下、何やら御不満げではありませんか」

 入室してきた部下は、開口一番そう言って苦笑いをする。ゼラグリオは微動だにせず、視線だけを部下に向け、表情は変えない。

「何だ、カディアか。レンドバールの立て直しに時間がかかっているようでな、西方にばかり気を向けておれんのだ。お前こそどうした、神妙な顔をして」

「……恥ずかしながら失敗いたしまして、そのご報告に参りました」

 上司の前であるにも関わらず、カディアは苦笑いを浮かべながら頭を掻く。

「失敗?」

「ファタンダールの一件に絡んでいた娘なのですが、以前に私の使い魔を一匹殺されまして、復讐と様子見を兼ねて、裏の稼業の連中に手を貸したのですが……」

「……返り討ちにでもあったのか?」

 部下の報告を鼻で笑うと、視線を書類に戻した。

「お察しの通りです。ですが、尻尾を掴まれるようなことは御座いませんので御安心を。ただ、少々経費を使って研究させていた物の試作品を渡したのですが、無駄にしてしまいました……申し訳ありません。私の想定以上に厄介な相手のようです」

「一度ならず、二度までも……か。とりあえず刺激せず、面倒な事になる前に止めておけ。まあ、監視は続けておいた方が良さそうだな」

 カディアは黙して頭を下げると、静かに退室していった。

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