(四)得たもの①

(四)


 エラゼルは寝台の横にあった椅子に腰掛けると、溜まっていたものを吐き出すように大きく深呼吸をする。

「申し訳ありません、私が一緒に居ながら……」

 そう言いつつ、エラゼルはラーソルバールの右手にそっと自らの手を添えた。馬車でここに来る間も、そして治癒が始まってからもそうしていたように。自身が不安で一杯になる事が分かっていたから。

「いえ、今回の事は娘自身の問題です。貴方は何も悪くないので、気にされる必要はありません。お疲れでしょうから、湯浴みでもして少し気持ちを落ち着けてこられるといい」

「しかし……」

「娘なら大丈夫。私が見ています。私とて、元は騎士です。多少は魔法の心得もあります。娘と違ってね……」

 娘の友に、穏やかな笑顔を向ける。

 最後の一言は、気持ちを和ませる冗談のつもりだろうか、とエラゼルは心の内で苦笑いする。

 それでも躊躇する様子を見せるエラゼルに、クレストは言葉を続ける。

「エラゼルさんが戻られたら、その後に私が行かせて貰うつもりですから、余計な気遣いは無用ですよ。私も殿下との稽古で多少汗をかきましたからね」

「……はい。では、そうさせて頂きます」

 ようやく納得したように、エラゼルは少し疲れた表情でゆらりと立ち上がる。

「着替えはお持ちですか?」

「ええ、ファルデリアナ……先程一緒に居た娘、ファルデリアナ・ラシェ・コルドオール公爵令嬢が、使用人をやって食事中に買って来させた物を、無理矢理押し付けられました」

 苦笑いしながら頭を下げ、ややふらつく足取りで部屋を出て行った。

「同じようなものか」

 王太子に無理矢理渡された着替えの入った鞄を見つめて、クレストはひとりつぶやいた。


 鞄の中には、着替えの他に一冊の歴史書が入っていた。クレストはそれを手に取ると、ゆったりと腰掛け、頁をめくり始めた。

 しばらくすると、僅かに元気を取り戻したような様子でエラゼルが戻ってきた。

 髪を下ろし、制服から普段着に着替えて現れたので、クレストは一瞬彼女だと分からなかった。

 ラーソルバールを気遣ってか、エラゼルは静かに椅子に腰を下ろす。

「……少し、お話させて頂いてもよろしいでしょうか?」

 改まった申し出に、クレストは少し驚いた。

「何でしょう?」

「お詫びをしなければならない事があります。ですが、その前に今回の事件の経緯を私の聞き及んだ限りでお話させて頂きます」

 そう言うと、エラゼルはファルデリアナから聞いた話と、目の前で起きた事件の様子をクレストに語った。

 元子爵家の令嬢の暴走から始まった今回の事件、静かに勤めて冷静を装いつつ語るエラゼルの様子が、クレストの目には少し哀しげに映った。

「事件の経緯は良く分かりました。親としては止むを得ない事件、とまでは割り切れませんが、その動機も分からないでも無い……」

 手にしていた本を閉じ、エラゼルの瞳を見つめると、言葉を続きを待った。

「そして、ここからがお詫びです。先程、私は勝手な判断で今回の事件を『逆恨みから起きた生徒同士の個人的な諍い』として収めて頂くよう、殿下にお願いをして参りました」

「何故です?」

 クレストの言葉は問い詰めるようでもなく、静かであり温和な口調だが、どこか試しているような雰囲気を感じさせるものだった。

「ラーソルバールを守る為です」

 エラゼルは迷うことなく言い切った。その言葉に嘘がない事は、クレスト分かっている。当然信頼もしている。それに、ラーソルバールの名を出して嘘をつくような人物であれば、あれほど狼狽した姿を晒すはずも無い。そして娘があれほど心を許すはずが無い。

「もし、反乱貴族の子女による襲撃だと世に広まれば、第二第三の加害者が現れます。動乱を鎮めた国や騎士団には刃を向けられないが、一人の娘にならと思う者は数多居りましょう。反乱貴族の子女達は今、波風に晒されぬよう息を潜めておりますが、世間の人々は彼等を今回の加害者と同一視し、追い詰めていくに違いありません。結果、抑圧され、責められた彼らはやがて暴発することになります」

 追い詰められた者達が剣を手にした時、その切っ先が向けられるのは国か、ラーソルバールか。少しでも可能性あるのなら、それを排除したいというのがエラゼルの願いなのだろう。

 ただの個人の諍いであれば、事件は広く知られる事にはならない。後に続く者を出さないという事が一番の狙い。そして……

「もうひとつ、反乱貴族の子女を守る事にもなる。彼らとていずれは国を支える人物になる可能性だってある。そういう事ですかな」

 最後の問いにエラゼルが頷くと、納得したようにクレストは穏やかな表情を浮かべた。

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