(四)諍いの種②

 負けるはずのない勝負。

 ここで勝って、公爵家令嬢として同格のエラゼルに対し、優位を示すはずだった。

 ファルデリアナにとって大きな誤算、それはただのエラゼルの取り巻きだと思っていた娘。予想すらしていなかった状況に、声も出なかった。

 戦いに出た三人を罵って済む話ではない。あれは、三人が敵う相手ではない事は見れば分かる。修学院側から誰を出したとて勝てる見込みは無いのではないか。そう思えるほどの実力差だった。


 ファルデリアナは数年前に聞いた、エラゼルの一言を思い出した。

 自然と足が歓喜に沸く騎士学校の生徒達の方へ向く。修学院の生徒達は倒れた三人が助け起こされるのを横目で見つつ、ファルデリアナが何をするつもりなのか、と注目した。

「エラゼル……」

 エラゼルの横まで来て足を止めると、声をかける。

「なんです?」

「貴女が以前言っていた、宿敵とはひょっとして彼女ですか?」

 当時公の場で数度相対した自分の事は眼中には無く、エラゼルは違う相手を追いかけていた。その事に強い衝撃を受け、誰とも知らぬ者に嫉妬した覚えがある。

「ん、ファルデリアナにも話したことがありましたか……? そうです。彼女が私がどれだけ追いかけても敵わない相手であり、今は最も信頼する友です」

 自分よりも上の者が居る、そう素直に認めて友になるというのは、自尊心の高い貴族出身の者には簡単な事ではない。それをあっさりと言ってのけるあたり、エラゼルに大きな心境の変化が有ったという事なのだろうか。それが公爵家の品位にどう影響するのかは分からないが、自然体でいるような姿には清々しさも感じる。

「ふふ……」

 エラゼルの言葉を聞き、ファルデリアナは自嘲するように笑った。

 ファルデリアナ自身が模擬戦闘に出ないと言えば、気位の高いエラゼルも出ないと言うに違いないと読んだ。この世代では剣の腕は随一と聞くエラゼルを封じ込めれば、絶対に勝てると思っていた。

 だが、その上を行く人間が居り、しかもエラゼルの傍らに居るなどとは想像だにしていなかった。ファルデリアナは己の甘さを痛感した。

「彼女は一体何者なのですか……?」

 生徒達に揉みくちゃにされている娘を見やると、エラゼルに尋ねる。

「ラーソルバール・ミルエルシ。男爵家の娘ですが、ファルデリアナも名前くらいは耳にしたことが有ると思いますが?」

「……え?」

 ファルデリアナは記憶の糸を手繰り寄せる。確かにその名に聞き覚えはある。だが、男爵家の娘など自分の取り巻き以外は気にかけたことも無かったし、間違いなく古くから知る名ではない。果たして何であったか。しばし考えた後、思い出したように目を見開いた。

「……! 宰相閣下を暗殺者の手から守ったという……?」

「そう公表されていると思います」

「あれは、偶然居合わせただけで、何もせずに幸運を手にしただけのお飾りだと聞いていましたが、違うのですか?」

「現場に居合わせただけというなら、私も他の者達もそうです。ですが、彼女は迫り来る相手と実際に剣を交え、寄せる波を抑え、切り倒し、弾き飛ばし、必死で宰相閣下を守り抜きました。それが虚実で無いことは、先程貴女も目にしたはずです」

 ああ、と嘆息しファルデリアナは天を仰いだ。最初から勝てるはずの無い相手を自ら指名していたのか、と。

 しばしの沈黙の後、ファルデリアナは目を伏せた。

「分かりました。確かに私達は勝負に負けました。当面、貴女との約束を守り、言われた通りに致しますわ。修学院の皆さんにも私が責任を持って約束を守らせます」

 授業を妨害する格好になった事を教師に謝罪すると、ファルデリアナは騎士学校の生徒に背を向け、修学院の人々の輪に戻っていった。

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