(二)その価値③
「おお、そうそう、大事な事を忘れるところだった」
軍務大臣が合図をすると、職員が大事そうに大きな箱を持ってきた。それを受け取ると、大臣が手ずから差し出す。
「シルネラの大使館で預かっていた品だ。そのままの返却のはずだが、念のため不足分が無いかを確認して欲しい。……これで今日のところは終わりとなるが、他に何かあるかね?」
大臣は穏やかな表情を浮かべ、苦労を重ねた若者達を労るように見つめる。
「大臣……その……」
ラーソルバールが言い辛そうに、小さな声を出す。
「何かね?」
「先日のお怪我は……もうよろしいのでしょうか?」
うつむき加減で問うた言葉が想定外だったのか、大臣は一瞬驚いた様子を見せたものの、すぐに笑い出した。
「なんと、私の怪我のことを気にしていたのか? この通り、手当ても早かったし、治癒魔法のおかげでもう万全だ。後遺症も無い。そもそもラーソルバール嬢は、私の怪我とは一切関係が無いのだから、気に病む必要はないのだよ。それどころか、貴女に命を救われたと言っていいくらいだし、私はとても感謝しているのだよ」
それを聞いていたエラゼルが隣で微笑む。
「良かったではないか。少し……」
言いかけた所で、自身を見つめるラーソルバールのやや曇った表情を見て、はっとする。
「よ……良かったではないですか。少しは気が楽になったのではありませんか。それに、これで何か有っても大臣が味方になって下さるでしょうし」
気を抜いていて、仲間に対しての口調のままで話すところだった。
「……う、うむ、確約は出来ぬが、何かあれば役に立とう」
半ばエラゼルに乗せられる形で、大臣は言質を与えると、右手を差し出した。
エラゼルのおかげで、ばつが悪くなったものの、相手が大臣だけに無視も出来ない。ラーソルバールはゆっくりと右手を差し出すと、大臣の大きな手を握った。
「……ああ、このような小さく華奢な手で、幾多の大事を成してくれたのか。感謝のしようも無いな……。皆も国の為とはいえ、この度の事で苦労をかけ、本当に申し訳なかった」
大臣の目に涙が浮かぶ。そのまま何度も「有難う」と繰り返し、ラーソルバールの手を強く握った。
大臣はその後、多くを語らなかった。全員と握手を交わし、最後に「またお会いしましょう」と短く言い残す。また、とは報償の事をさすのだろう。
大臣達が出ていくのを敬礼で見送った直後、待っていたかのように背後から声がした。
「報告、お疲れ様でした」
いつの間にか室内に居た校長が、微笑みを湛え全員を見回す。
「魔法学院と、救護学園にも帰還の連絡を入れてもらいました。今日は遅くなったので、夕食は近くの店を手配しておきました。お代は軍務省が全額持ってくれるそうなので、皆さんで好きなだけ食べてきて下さい」
意外な配慮に驚くが、素直に受け止める。今は色々とあった出来事を、仲間とゆっくりと語り合う時間が欲しかった。
そして校長に言われるがままに向かった食堂だったが、貴族が利用してもおかしく無いようなものだった。それだけに旅帰りの冒険者という格好は、どうにも場違いであるような気になる。
軍務省から事情を聞いているからだろうか、店員達はそれでも態度を変える事無く、応対してくれている。
エラゼルはだけは何度か訪れた事があるらしく、店員は彼女を見るなり襟を正し、恭しく頭を下げて出迎えられた。
「さすがだね」
シェラが感心したように言う。だが、エラゼルは表情を変えない。
「今までは父の力で来ていただけ。私が偉いわけでも何でもない。ただ、今回だけは、自分の働きで来たのだ。どのような格好であろうと、胸を張って入れる」
言い終わると、エラゼルは誇らしげに微笑を浮かべた。
「変なところが律儀というか……」
「何か?」
「なんでもないでーす」
ラーソルバールはシェラと顔を見合わせつつ、笑いを堪えた。
この後、豪華な夕食に舌鼓を打ちつつ、旅での出来事に話が及んだ。誰もがアシェルタートに触れることは無く、和やかに楽しく語り合った。
ラーソルバールはこの旅で仲間と良い思い出が出来たが、中でも良かったと思える出来事がある。
それは王都に無事に戻ってきて「大変な事に巻き込んで申し訳なかった」とラーソルバールが仲間に頭を下げた直後。
「ラーソルバールに巻き込まれたのでは無く、望んで行ったのであって、決して後悔などしていない。むしろ誇らしいと言える旅だった」というエラゼルの言葉を、誰もが笑顔で肯定した事だった。
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