(一)ひとつの区切り③

 夕食という名の宴を終え、就寝時間を迎えると、一行は盗賊達の小屋を元虜囚の人々に譲り、屋外で野宿することとなった。

 開けた場所にある遺跡とはいえ、常闇の森の中に位置するだけに、寝ている間は交代で見張り番を立てなければならない。話し合いで揉める事も無く、最初の見張り番は、ラーソルバールとディナレスが勤める事になった。

 皆が寝静まった頃、誰も起こさないようラーソルバールはディナレスの近くに座りなおし、小さな声で語りかける。

「ディナレス、色々と有難う。貴女が居たから、みんな怪我をしてもここまでの事ができたんだと思う」

 ラーソルバールは深々と頭を下げた。

「何言ってるの、仲間でしょう? 私はね、この旅の仲間が生涯ずっと、楽しく語り合える友達で居られたらいいな、って思ってる。辛い事もあったけど、私は楽しかったよ。だからもうすぐ旅も終わりだと思うと、少し寂しい。みんなの事が大好きだからね」

「そう言って貰えると嬉しいな。私のやるべき事に巻き込んでしまったみたいで、申し訳ないなって、ずっと思ってた」

「申し訳ないなんて事無いよ。今回の事は国のため、人々のためにした事でしょう? 私も志願して来たの。誰かがやらなければならないだけで、貴女が全部背負い込む必要なんてないじゃない。嫌だって断っても良かったはずなのに」

「そうだね……。でも、私にはできなかった。実際は国のため、人のためというのは建前で、私は個人的な恨みで動いていただけなのかもしれないけどね」

「うん、それは何となくエラゼルから聞いたよ。でも、いつも貴女は誰かの為に戦ってた。私は貴女とだから、挫けること無く一緒にやってこられた。貴女は……強くて優しくて、太陽の女神サラール様みたい」

「それは言いすぎでしょ……。……っ!」

 談笑していたラーソルバールの顔が、一瞬で厳しいものに変わる。

 跳ねるように立ち上がると、背後に振り向ざまに剣を抜き、下から上へと宙を一閃した。

「え、なに?」

 驚いたように、ディナレスがラーソルバールの横顔を見る。焚き火に照らされ、冷や汗のようなものが額に浮かんでいるのが分かる。

「もの凄い嫌な殺気のようなものを感じて……。気のせい……かな……?」

 周囲を見渡すが、それらしい姿は無い。ふと、ディナレスは視線を落とした時に、地面に何かが落ちているのを見つけた。

「蛾……?」

 それはラーソルバールの剣によって真っ二つにされた蛾の屍骸だった。

「殺気の正体はこれ、なんてことないよね?」

 ラーソルバールが苦笑いする。だが、殺気はもう感じない。

「毒蛾だね……鱗粉をある程度吸うと死ぬ可能性もあるやつだから、実際危なかったかもね。鱗粉が飛ばないよう布を濡らして包んで捨ててくるね。剣も良く洗っておいてね」

「あ……、ごめんね。ありがとう……」

 そう答えながらも、ラーソルバールは手に残る震えに戸惑っていた。


 朝を迎えるとすぐに、助けた人々の手を借りて調査を始め、早期にファタンダールの部屋を発見する。

 部屋は土壁の隆起によって半壊していたが、幸いにも書物や実験結果を記した書類などは無事だったので、皆が胸を撫で下ろした。その部屋で隠された下り階段を発見したが、地下室内に有ったのは、ガーゴイルに関するメモと、崩れて原型を留めていない残骸だけで、収穫といえる物は無かった。


 盗賊の小屋や、ファタンダールの部屋からはいくつか門石が発見され、そのうちいくつかは行き先と思われる街の名前が書かれた紙が添えられていた。

 回収した書類には作成方法と使用方法が書かれており、モルアールに手渡された。

「奴の良し悪しは置くとして、俺も一人の魔術師だけに、他人の研究結果を奪ったり、無かった事にするっていうのは抵抗が有るな」

 そう言ってモルアールは、ばつが悪そうに頭を掻く。この一件が終われば、石は処分され、研究資料も焼却される。過去の遺産は謎として歴史の中に埋没していき、ファタンダールの努力は燃やされ、消える。モルアールはやるせなさを感じた。

「とは言え、やる事はやらなきゃな……」

 門石の起動は古代語の知識が必要で、モルアールだけが魔法習得の過程で学んでいたこともあり、全ては彼に託された。

「ウロアール・デア・ボスタ」

 書面に記されていた古代語を唱え、同時に印を切る。人々が見守る中、起動は見事に成功し、闇の門が音もなく口を開いた。

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